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天使の姿が消えさってしばらくしてから、ようやく確信した。
「勝った……。勝ったぞ。俺たちが、勝ったァー! いーやっほーぃ!」
死闘の果ての勝利。現実と錯覚してしまう程の感動に、心がこれ以上ないほどに弾む。
「お疲れ様っ! やったね、ハル君!」
ネイが手を振りながら、満面の笑顔で駆け寄って来る。
「ああ、ネイもお疲れ! うー、ナイスアシストだったぞぉう!」
最後の一撃を決められたのは、ネイが逃げずに魔防壁で補助してくれたおかげだった。なので、全霊を込めた感謝のハグをする。メロン的に大きい胸に顔をうずめ、思いっきりモフる。
「きゃあっ⁉ ハ、ハル君、あ、あ、そ、そういうのはダメぇ!」
普段出さないような大声で叫び、顔を真っ赤にして背を向けてしまった。
「さて、ようやく全部終わったことだし、帰るか。帰る方法は……っと、あ、その前に」
ルシファーが消え去る際、煌きがあった。間違いなく、アイテムの煌きだった。回収せねば。
「んーっと、お? おお⁉ あ、アビリティだ! こいつはまさか……、ええと、なになに?」
アビリティ概要《暁の子(戦闘中、自身の全能力値が大幅に上昇、いかなる弱体効果も受けず、任意のタイミングで全ての攻撃を七度まで無効にすることが出来る)》と書いてある。
「おおぅ! これはまさしくぶっ壊れアビリティ! ほら、ネイも見てみ、て……?」
いない。辺りを見回すが、どこにもいない。……しまった。ハグされたのがそんなにショックだったか。もう少し自重して、腰に手を回すくらいにしておくべきだった。
「ネイー、ネイちゃーん……。ごめんよー、謝るから出て来てくださいなー」
「彼女なら、もう帰ったよ」
ピタリ、と体が止まる。背後から聞こえたその声は、明らかにネイのものではない。かといって、全く知らない声でもなかった。確かに聞き覚えのあるその声に、ゆっくりと振り向く。
「だけど君には、帰る前にもう少し付き合って欲しいな」
思った通り、見覚えのある男だった。ゲームセンターで出会った、あの男だ。
「数時間ぶりですね、リュゾソフさん。なんでこんなところに……?」
言いかけて思い出す。例のコードを俺に渡したのはこの人だった。なら、この人も謎を解いてここに来たのだろう。確か試せるのは一回だけと言ってた気がするが、まあ伝言ゲームをしているうちに情報がこんがらがるのはよくあること。それより、こんなに早く再会するとは。
「――あ、そうだ。リュゾソフさん、今さっきネイがもう帰ったって言いましたけど、あ、あとついでに俺に用があるみたいなことも……」
「八神総一郎」
「へ?」
疑問を思い出して尋ねようとすると、誰かも分からない人の名前を言われた。
「どこかで聞き覚えはないかい? 八神総一郎という名前に」
「え、はあ、そうですね。言われてみればどこかで聞いたような気が……、しませんね」
誰ぞ有名人の名前だろうか。申し訳ないが、俺の知っている有名人なんて、野球&サッカー選手の他にはグラドルと女優と女子アナと声優ぐらいのもんだからな。ゴミみたいな知識だ。
「ははは! そうか。結構名前は売れた方だと思ってたんだけど、まだまだみたいだね」
リュゾソフさんが破顔する。その反応で、察しがついた。
「あ、あー、じゃあつまり、八神総一郎っていうのは……?」
「うん、僕の事だね」
やっぱり。でも、本当に聞いたことないな。誰だ、この人。
「ちなみに、何をしている人間かと言うとだね、この世界を作ったり、この世界に入るための技術を生み出したりといったことをしている会社の……、責任者、かな」
この世界、つまりはこのゲームのこと。会社の責任者、つまりは社長ということ。【Eosphorus】とCVギアを作った会社の、社長。クソ運営のトップか。
「え、マジで⁉」
「うん、マジで」
軽く微笑みながら言う。俺の方は頭に疑問符が山のように浮かび、戸惑いを隠せない。
「え、なんで製作者がこんな所に? あ、っていうか、あのコードは最初から本物だと……?」
疑問が勝手に口から出る。そんな俺を見て、リュゾソフさん、いや、八神さんが苦笑する。
「ああ、すまない。混乱させてしまったみたいだね。でも実は、そんな深い理由があるわけじゃないんだ。まあ、そうだね。強いて言うなら、遊び心だよ」
「遊び心?」
「そう。ハル君がここまでやって来られるかどうか、試してみたくなってね。何故かは、僕自身にも分からないかな。何となく、閃きのようなものを感じたとしか言えない」
困惑する俺に、よく分からない説明をする。社長が遊び心でそんなことしていいのかよ。
「そして、君は見事期待に応えてくれた。問題を解き、ルシファーを倒してね。素晴らしいよ」
「は、はあ、それはどうも。――あ、いやでも、謎を解けたのも、ルシファーを倒せたのも、パーティメンバーと協力したからで、俺一人でやったことじゃないんですけど」
「ふふ、優秀な人間を味方につけるのも実力の内だよ。――ただ、本当は君一人に来て欲しかったというのも本音ではある。だから、彼女さんには先にログアウトしてもらったんだ」
「はあ、そうなんですか」
理解が追いつかず、よく分からないままに生返事をする。
「じゃあ、俺だけを残したのは、俺一人と話をするためだったんですか?」
「そういうことだね。ま、あとは一緒に見てもらいたいものもあったからさ」
「見るって、何を?」
「君がここにたどり着いたことへの報酬。僕が勝手に決めたものだけどね」
そう言うと、八神さんは指を鳴らす。すると、周囲に大量のパネルが展開される。百、二百、どんどん増えて、千は超えたように思う。画面は縦に二分割されており、全てのパネルに誰かも分からない人たちの顔写真が左右に一枚ずつ映し出されている。
いや、左右で同じ人の写真を映し出している物もある。むしろ、そっちの方が多いかもしれない。
「これはね、皆【Eosphorus】のプレイヤーさ。一つのパネルに一人の人物。向かって左側が現実の顔写真、右側がゲームで使用されているアバターの顔写真だ」
八神さんがつらつらと説明する。「なぜ俺にそんなものを?」 と、口に出そうとした時だった。俺は、大量にあるパネルの中で見覚えのある顔を見つけた。昌明だ。
「実は、ここに映し出している人達には共通点があってね。それは――」
七大悪魔に所縁のある物を手にし、使用した者。俺の耳が確かなら、間違いなくそう言った。
「ハル君も、ゲームをプレイしていて聞いたことがあるんじゃないかな。七大悪魔の武具やアビリティを使用すると、呪われるとか何とか言う、つまらない噂を」
心当たりがある。旅館で中二病患者たちが口にしていた話だ。
「あれを流したのも僕でね。何故かは先程と同じ理由。遊び心、そう、全ては遊び心なんだけどね。僕は、遊びにもスリルを求める方だから――」
パチン、と、もう一度指を鳴らす。するとパネル上に、赤色で文字が大きく表示される。それは、罪名だった。窃盗、暴行、その他数々の罪名。そして、昌明のパネルにも。
「……おい、これは一体どういうことだ?」
声を低くして尋ねると、八神さんはその表情を大きく歪める。
「スリルだよ。但し、楽しんでいるのは僕だけなのだけれど。七大悪魔に由来するものを手にし、使用した者をCVギアを通して洗脳し、七つの大罪にまつわる罪を犯させる。どんな人物がどんな風に変貌するのかを見るのは、余興としては中々に楽しめた」
何一つ悪びれることも無く、己が所業を口にする。
「そうか。で、俺にこれを見せた理由は?」
「飽きてしまったんだ。ただ眺めるだけの行為にね。だから、僕自身も参加できる遊びを考えた。――ここまで言えば、もう分かるんじゃないかな」
試すように視線を投げかけてくる。それを逸らすことなく睨みつけると、ヤツはまた笑った。
「そう、君に渡したコードだよ。君がここにたどり着けるかどうかのゲーム。たどり着けたなら、この秘密を明かそう、とね。そのために、実装前のルシファーまで持ち出したんだ」
「それで? 俺が勝ったってことは、お前が社会から締め出されて終わりか?」
「いいや、まだまだ。むしろ、ここからが本番だ。今から、君にはもう一つゲームに付き合ってもらう。なに、単純なことだ。この場で僕と一対一で戦う。それがラストゲームだ」
おどけるような口調、しかし、冗談だと思わせない雰囲気をまとっている。
「そんなもんに付き合うと思ってんのか。今すぐログアウトして警察にでも連絡すれば――」
「ログアウトすれば、君もパネルに映っている連中と同じことになるだろうね」
まるで、独り言を呟くかのように言い放つ。それを聞いて、俺の動きは止まった。
「それに、君が告発したところで誰も信じはしない。話していなかったけどね、僕はいつでも全てのプレイヤーを洗脳できる。六千万人以上の人間を、ね。その中には、世界に名だたる人物たちもいる。富と名声を築き上げ、世界を動かせるだけの力を持った人物たちがね」
「テメェ……!」
「どの道、君は付き合うしかないということさ。なに、案ずることはない。勝てばいいんだ。そうだな、勝てば君の望みを叶えよう。何でもだ。何でも構わない。必ず叶えると約束しよう。但し、君が負けた場合、僕は六千万の人間を洗脳するよ。延いては世界中の人間をね。世界征服、陳腐な言葉だが、今の僕にはそれを為すだけの力がある」
八神が両腕を大きく広げて宣言する。背後に輝く星々を背負うかのように断言する。ハッタリではないのだろう。ヤツは本気で、俺と世界を賭けたゲームをする気なのだ。
「はっ、世界、世界か。まあ、それもいいが――」
脳裏に、人の姿が浮かび上がる。多くの人の姿だ。ゲームを通して出会い、知り合って、友達になった人たちの姿。ルーナやネイ、イナコー、そして、昌明の姿も。
「そうだな、その前に、お前には落とし前をつけてもらわねえとな。特に、あのバカの分はしっかりとよ。NPCに入れ込むような間抜けでも、長いこと組んできた俺の連れなんだ。そいつに手を出した以上、絶対にただじゃ済まさねえ。俺が直々にぶちのめしてやるよ!」
八神の顔を真っ向から見据え、指差し、高々に叫ぶ。
「ふ、いいね。是非、やって見せてくれ」
八神が笑う。ゲームセンターで戦った時と同じ武器、身の丈を超える太刀を手にする。
「見ての通り、僕は以前と同じ装備だ。だが、君がそれに付き合う必要はない。使えるものがあるなら、何であろうと使うべきだ。今持ちうる最高戦力で、挑んでくると良い」
挑発、だろうか。確実に言えることは、ヤツは俺がアスモデウスの大剣と、そして、ルシファーのアビリティを手にしていることを知っている。さっきからの口ぶりで、それは明らかだ。
「言っておくが、俺はそんなことを言われて躊躇する人間じゃねえ。どんな力を使ってでも徹底的にボコボコにして、テメエのその余裕面、二度と見られなくしてやるよ」
宣言通り、アスモデウスの大剣を構え、ルシファーのアビリティをセットする。
「君のそういう所、とても好ましいよ」
それきり、お互いに言うことは無くなった。そして、初手。互いの剣と刀が交錯する。剣戟を鳴り響かせ、つかず離れず、最適な間合いをはかる。いわば、攻める前の様子見の時間。身長が百九十センチはある男の身の丈よりも長い太刀、二メートルは優に超えているだろう。それを両手で、時には片手で軽々と振るっている。
だが、リーチがあるというのも利点ばかりではない。深く踏み込めれば、より小回りの利く俺の方が有利に戦える。
一歩を、踏み出した時だった。頭蓋を貫かれた。風切り音が遅れて聞こえてきた時、理解できていたのは結果だけだった。過程である刀の動きは、まるで見えなかった。反応を許さないアーツ、そんな類のものを使ったのだろう。などという考えは、すぐに改めさせられた。技術だ。単純に、刀を振るう技術がずば抜けている。
さらに、それを活かす腕力や敏捷性も尋常ではない。気づいた時には刃は目の前にあり、体に突き刺さり、そしてまた、次の斬撃が放たれている。音を超え、剣をすり抜け、刀身が的確に急所へと迫る。細い光の筋が無数に奔っているようにしか見えないそれは、満足に防ぐことすらままならない。
「二、三、四、五……」
八神が呟く。数えているのだ。俺がルシファーの攻撃無効能力を何度使ったのかを。そう、俺はルシファーのアビリティを使用している。全ての能力が大幅に上昇しているはずなのに、まるで、初めて対戦したときのように一方的な戦いを強いられている。
――負ける。頭の奥で、自分が倒れ伏す姿が浮かぶ。
「調子に、乗ってんじゃねえッ!」
だが、そんなことは認めない。今回だけは、断じて認めるわけにはいかない。アーツを第三から、第四、第五、第一、第二の順で全て解放する。
「――六」
その一撃を受けると同時、剣身が紅く、黒く染まる。オーラのバリアが展開され、自らの影が六つに分かれ実体となる。なおも繰り出される太刀の連撃、閃光があらゆる方向より迫る。アーツ1、絶対回避。及び、必中会心付与。跳躍、上方より、カウンターバーストを放ちながらの紅黒の斬撃波。そして、背後への瞬間移動、即座に放つ絶命の突き――!
「最後だ。――燕返し」
男が、見下ろしている。両手に握られた太刀が、切っ先を向けている。必中のはずの攻撃は、どうしてか届いていない。時間が、静かに流れていく。最初に、身を護る防壁が裂かれた。もはや、目に映ることすらない刃だが、どこからか迫っていることだけは、感じていた……。
「――これで、使い切ったね」
男が、余裕の表情で笑う。その佇まいは、死にこそしなかったものの、手痛い損傷を受けた俺とは対照的だ。だが、俺の心も折れていない。両手に武器を構え直し、真っ向から対峙する。
「それは、何のつもりだい?」
「さあな。知りたきゃあ、――自分で考えろッ!」
太刀の間合いへと飛び込む。アスモデウスの大剣ではなく、打刀と長剣を手にして。踏み込む直前、打刀の第五番目のアーツを起動する。――《明鏡止水》、一定時間、敵の動きを先読みし、行動予測を行う。効果時間は十五秒。十五秒で決着を付ける。
流れるように迫る刃閃、さっきまでは対応できなかった流麗な太刀筋を、読む。左に刀、右に剣、両手を素早く交錯させて凶刃を弾き飛ばす。舞い散る火花、激しく打ち鳴らされる鋼の衝突音、その狭間で死力を尽くす。長剣第三アーツ解放、太刀の流れに鋼の鞭を合わせる。四方八方でほとんど同時に衝突が起こり、右腕に痺れが走る。だが、ようやく止められた。
「斬鉄剣!」
左手で横薙ぎの一刀を放つ。直撃、だが破壊には至らず反撃の袈裟斬りが迫る。即座に打刀の第二アーツを解放。自動反撃によって一刀を掻い潜り、体を回転させての交差斬り。当たった感触が無い。躱されたことを理解し、すぐに動きを追う。背後に回り、距離を空けている。
「逃がすかァッ!」
長剣第四アーツ解放、百を超える剣の真影を乱射する。次いで、打刀第三アーツ解放、神速を以てただ一人の敵を無尽に斬り刻む。躱され弾かれる剣影、スピードを極めた世界で、互いの刃を容赦なく交わらせる。苛烈に、鮮烈に、酷烈に、生命と鋼を削り合う。ひたすらに全力で振るわれる刀剣たちが奏でる旋律は、彼らの身を削られる悲痛な叫びを体現しているかのようだ。
しかし、奏者である俺と八神の表情は、哀しみを湛えるものとは程遠い。俺はきっと鬼気迫る顔をしているし、八神は狂気をはらんだ笑みを浮かべている。
「楽しいよ、ハル君。これ以上は無い程に!」
刀剣と太刀による鍔迫り合い。足を止めての押し合いと相成る。
「ああ、そうかい。俺は全然だ、――よッ!」
互いの体が弾け飛ぶ。後方に着地。対して、八神は遥か上方へと跳躍し、そのまま静止する。
「……本当に、楽しかった」
八神の背に、黒い太陽が生まれる。こぼれ出た雫が、太刀や体へ伸び、纏わりつく。やがて、太陽は原形を失い、宙空へと染み渡っていく。感じる。決着の時が、迫っている。
「――勝つのは、俺だ」
長剣を握りしめる。酷く刃こぼれしたそれを、逆手に握りしめて掲げる。
黒き波濤が、星の海を覆い尽くす。何もかもを侵食しようと、激流となって落ちてくる。
長剣第五アーツ解放、沸き上がる黄金の光が足元を覆う。真上に迫る闇を見据え、力の限りを以て光剣を投擲する。打ち上げ花火のように真っ直ぐに伸びていく剣、撒かれる光は一粒一粒が星の瞬きのように儚く煌めいている。
――そして、二つは接触した。
光と闇の激突、両者は互いを食い合い、やがて混ざりあう。一つの色が、落ちてくる。
手元には、一振りの刀が残るのみ。左手に握りしめ、ただ仰ぎ見る。
剣は砕けた。光は闇に呑まれた。秒針は十五を刻み、漆黒は止まることなく迫り来る。
体を闇に貫かれる。疑う余地もなく致命傷だ。視界が真っ黒に染まっていく。男を見つけた。笑っているらしい。だが、狂気の笑みではなく、どこか、満ち足りた笑顔のようだ。
……そして、俺はこの時を待っていた。ヤツが勝利を確信したこの一瞬の時を、ヤツの臨終の時へと変える。そのための、一閃。刃は男を切り裂き、男は驚愕の色を見せる。だが――
「浅いかッ!」
一歩を踏み込む。勝利を託した最後の一突きを撃つ。それは、確かに刺さった。八神総一郎の心臓へと突き刺さった。そして、俺の心臓もまた、太刀の一刀に貫かれていた。
体が透けていく。少しずつ消え始める。俺も、八神もだ。
「くそ、相討ちか。――おい、この場合はどうするんだ? 再戦か?」
八神に問いかける。手の平を見つめ、物思いに耽っている様だ。
「ん? ああ、勝敗か……。それなら、ハル君の勝ちでいいよ」
もはや興味も無さげに答える。訝しむ俺に、微笑みを向けてくる。
「十二分に楽しませてもらったし、それに、最後の攻撃を先に当てたのは君の方だった。約束通り、君の願いを叶えてゲームは終わり――なんだけれど、その前に、一つだけ聞いておきたい。最終の一歩手前、僕の攻撃を耐えきれたのは、どうしてなんだい?」
素朴な疑問だ。だが、俺があの黒き波濤を受けて生き延びられる理由など、一つしかない。
「俺は一度も、能力を七回使い切ったなんて言ってないだろ」
答えると、八神が苦笑する。得心がいったようで、晴れやかな顔を見せる。
「なるほどね。それは確かにそうだ。ああ、読み違えてしまったな。本当に、僕もまだまだだ」
そこには既に狂気はなく、さっきまで世界が云々の話をしていたのが嘘のようだ。
「俺からも、一つ聞きたい。もし、俺が負けていた場合、お前は本気で――」
「実行したよ。そうでなければ、真の緊迫感を味わうことなどできないからね。それに、僕はゲームの上での約束事は必ず守る。必ずね。……さあ、そろそろ時間切れだ。体が消える前に、君の願い事を聞いておこうか。前は確か、偉大な人間になりたいと言っていたけど?」
俺の意図を察し、八神は真顔で答えた。そして、俺が望みを口にするの笑みを浮かべて待っている。どんな望みでも、どんな願いでも、か。一瞬、この世の全てを手中に収めた自分の姿が思い浮かぶ。だが、それは当然のように、振り払うまでもなく泡の如く消え去った。
「願いは、お前が善人になりきることだ。今この時から、生涯を終えた後も永遠にな!」
つまらない願いを、口にした。八神に背を向け、歩き出す。もう、体は透けきっている。
「分かった。確かに、聞き届けたよ」
どんな顔で言ったのかは、もう分からない。ただ、その言葉に迷いは感じなかった。
視界が霞んでいく。星の輝きも、宇宙の黒も、白に染まっていく。これで、ゲームオーバーだ。
そして、俺はこの日がゲーム人生最後の日であることを、予感した。




