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Eosphorus-イオスフォロス-  作者: 白雪 蛍
2/25

序章の次なので一章

 どんなに強力な攻撃であろうと当たらなければ問題はない、それはそうだと思う。でも、実際はそんなに上手くいかないよね、ということを今まさに俺の友人が教えてくれている。


「――ちょちょちょ、マジ死ぬマジ死ぬ、マジ死にそう! 回復弾、回復弾を早よ!」


 今無様に叫んでいる人、キマイラのネコパンチ一発で瀕死に追い込まれてるヤツがそうだ。

 実名は(まさ)(あき)、プレイヤー名はミラ(ます)という。ハルバードを振り回して突撃するのが仕事だ。


「お前さっきから何回死にかけてんだよ! もう、弾丸(たま)これで最後だぞ!」


 そう言って、二丁拳銃をぶっぱなしているのがもう一人の友人(リアルフレンド)。呼び名はイナコーだ。

 一応、プレイヤー名はGuy(ガイ)というが、誰も呼ばないので名前の意味をなしていない。味方をサポートする手段を有しつつ、十分な火力も備えている男だ。俺たちの中で一番忙しい役目を担っている。いやほんと、こいつがいなかったらゴリ押しの脳筋パーティになるとこだった。


「おい、ハル! そっちの蛇、早く斬り落とせよ! 毒ブレスがクソうざい!」


 おっと、そのイナコー君から仕事の催促がきたようだ。


「分かってるよ! けど、尻尾が高すぎて剣が届かないの! 根本的にリーチが不足中なの!」


 しかも、飛び乗ろうとすれば、山羊が雷を飛ばしてきたり、蛇が咬み付いてきた上に毒までプレゼントしてくれたりするんだから、厄介極まりない。


「昌明、ここはお前の出番だぞ。回復が終わったんなら、俺の代わりに尻尾を斬ってくれ」


 と、ハルバードを振るう男に呼びかけてはみたものの、無理そうだな。


「こっちの相手するので手一杯どす! 自分で何とかしてくれい!」


 キマイラは二頭。論理的に考えると、俺と昌明で一頭ずつ引き受け、イナコーに遊撃してもらうという今の状態がベストなはずだ。……ベストなはず、だよね。


「なあ、これもう無理ゲーくさいんだけど、やめにしない?」


「却下だ! 何が何でもクリアする!」


 昌明のヤツ、自分が受けたクエストだからって意固地になってやがるな。……いや、別の理由があったか。ああ、面倒くさい。まともな防具があれば、キマイラなんざ五秒なのに。


「仕方ない、例のヤツでいくか。昌明、イナコー、聞け!」


「なんだよ、今忙しいって言ったはずなんだけれども!」「作戦があるなら聞く。早く言え!」


 二人とも戦場を駆け回りつつ、必死な形相で叫んでいる。ま、俺自身も全力疾走中だが。


「いいか。まず、俺と昌明は《逆境(ぎゃっきょう)》のアビリティ効果を最大まで引き出す。その後、イナコーは俺たちに攻バフを盛る&ヘイト弾でキマイラ二頭の注意を一人で引き付ける。最後、俺と昌明で一頭ずつ集中砲火を浴びせて討伐完了! どうだ、完璧だろう?」


 息を切らして説明する。男三人パンツ一丁で討ち死に、そんな事態を避けるための一手を。


「分かった、ワイはそれで構わんぞ」

「俺も別にいいけど、俺が殺される前にキッチリ仕留めてくれよ」


 昌明が賛成し、イナコーが続く。話は決まった。後は実行に移すだけだ。

 第一関門、体力が少ないほどに攻撃力を増加させる《逆境》の効果を最大限に活かす。それには、《HP》を限りなく「1」に近づける必要がある。緻密(ちみつ)な体力調整だ。ミスったら死ぬ。


「昌明、ミスるなよ?」

「ああ、ハルの方こそな」


 ――ふ、昌明、いや昌明、いやいや昌明よ。信じてるからな。


「じゃあ、始めるか!」


 キマイラはそれぞれ左右に分かれている。俺が相手をするのは左だ。距離を詰めつつ、正面には立たないように動き回る。神経を張り詰めさせていると、イナコーの声が聞こえてくる。


「バフのタイミングはちゃんと合わせてやるから、二人とも焦るなよー!」


 まったく、心配性なヤツだ。お前の方こそ、出番が来るまでちゃんと後ろで待ってろよ。


「すう、はあ……」


 今の俺の残り体力は四分の三程度。ここから体力調整をするに当たって、食らってはいけない攻撃その一、ネコパンチ及び火炎ブレス。防御力が皆無の状態でそれらを食らえば、例え体力が完全であっても瀕死に追い込まれる。つまり、今食らえば確実に死ぬ。加えて、回復薬はとっくに使い切っている。よって、正面に立たないことで回避という手段を選ぶ。


 その二、山羊が放つ雷撃。これは食らっても死にはしないだろうが、雷耐性が無いため、高確率でマヒ状態にされるだろう。そうなれば、追撃で死ぬ。回避手段は、予備動作である山羊の動き――標的を見定めた後に鳴き声を上げる――を見た瞬間にその場から飛び退くこと。雷は真上から降り、追尾性能はないため、それで躱せる。


 となると、利用すべきは蛇。猛毒のブレスを敢えて浴びることで毒状態となり、体力を限界まで減らしたところで最後の解毒薬を使用する。


「さっき、尻尾を斬れなかったのは幸運だったかな」


 だが、そうなると心配なのは昌明の方だ。あっちのキマイラは、昌明が蛇を斬り落としてるからこの方法が使えない。俺の体力調整が終わった後に、こっちと代わってやろうか。それまで、あいつには回避に専念してもらって――


「あああああ! ブレスかすった! 燃える、燃える! 俺のライフが真っ赤に染まる!」


 もう、死にかけか。まあ、そのまま燃え尽きないことを祈ろう。

 毒を浴びること自体は簡単だ。問題はその後、一撃たりとも攻撃を受けずに、三十秒ほどの間逃げ回らなければならないということ。霧のせいで、あまり離れすぎると敵の挙動が確認できない。近距離での回避運動になるだろう。そして、最も気を付けるべきは解毒薬のタイミング。回避に専念しすぎてタイミングを見失えば、毒で死ぬことになる。


 ――さて、ブレスを誘うか。


 敵の動きに合わせつつ、右側面に回り込む。振り向きざまの左前脚による攻撃、ステップで回避、っと、山羊が鳴いた。ここだ。雷を避け、そのまま背後、つまりは蛇の正面に移動。


「うっわ、凶悪な面。おら、さっさと毒を吐け! 見下ろしてんじゃねえぞ!」

 一瞬の溜めの後、蛇が真上から毒を吐きちらす。これで、俺は毒状態となったわけだ。


 ――でも、やっぱこれだけは慣れないな。普通に感覚があるせいで、毒がベタベタする。


「蛇の体液でローションプレイかー? さすが、変態レベルが高いなー!」

「やかましいわ!」


 イナコーの野郎、暢気(のんき)なこと言いやがって。

 解毒するまでは全身が黄緑色に染まったままだが、まあいい。あとは、体力が減り切るまで逃げ続けるだけだ。けど、《スタミナ》が不安要素だな。ローリングやダイブに類する回避行動は論外だが、ステップも連続使用すると地味に消費する。無駄のない動きで躱さないと。


「クソ、スタミナなんて余計なシステムなくていいのに……」


 そして、無限に走り続けたい。なんて、愚痴が出るのはPSが未熟だと認めるようなものだな。HPが減り切るまで、残り二十秒程。……ま、今だけは精々スマートに立ち回るとしよう。


 十九。立ち回りは変わらない。とにかく側面に回り込み、そのポジションを保つ――


「んだけど、後ろに行き過ぎたァ!」


 尻尾による薙ぎ払いをしゃがんで躱す、が、そこで山羊の鳴き声が響き、加えて毒ブレスまでもが迫ってくる。こうなったら、頭側に転がるしかない。


 十五。山羊と蛇の波状攻撃は回避できた。次は――


「っぶねぇ!」


 左脚が飛んできた。あと一瞬立ち上がるのが遅かったら、ネコパンチの餌食だったぞ。


 十三。だが、危機的状況なのは変わらない。何と言っても、キマイラの真正面に立つという愚行を冒したのだから。さあ、何が来る? ブレスかパンチか噛み付きか、何でも構わないぞ。…………でもやっぱり、ブレスはやめて欲しいかな。この立ち位置だと躱せないと思うし。


「――って、タックルかよ!」


 やむを得ん、ダイブだ。猛烈な勢いで迫るキマイラを横目に、霧で濡れた芝生に飛び込む。


「……ふう、なんとか」


 八。グダグダだったが、まあ結果オーライだ。いい具合に距離も開いたことだし、今のうちに解毒薬を飲んでおこう。アイテムバッグという名の四次元ポケットをごそごそ、と。あった。


「ハル、後ろだ!」

「え? ――ってふォォオオーーウ!」


 再びダイブイン・ザ・芝生。――あ、背中かすったかも。


「じゃなくて、おい昌明! お前何やってんだ! ちゃんと、引き付けとけよ!」

「すまーん! ワザとじゃないんだ!」


 当たり前だ。ワザとだったら、キマイラの前にお前を八つ裂きにするところだ。


 四。マズイ。端的に言ってクソヤバい。二頭のキマイラにロックオンされた。一頭目とはまだ距離があるが、あのバカが寄越した方とはブレスやタックルの射程内だ。攻撃自体は何とか回避できるだろうが、問題はその後、体力が尽きる前に解毒薬を飲むことが出来るかどうかだ。


「――やるしかねえ! 南無三!」


 来たのはブレス。即座に反転し、そのまま芝生へ勢いよく飛び込み前転をかまして回避完了。炎を背にして片膝立ち、解毒薬の蓋へと手を伸ばす。――大丈夫だ、間に合う。


「と、思ったんだけどなあ……」


 一。山羊が鳴いている。標的は俺だろう。毒か雷、どちらにしても、これは死んだ。


「何やってんだ! さっさと立って避けろ!」


 怒号が耳に届いた。ああでも、きっとそれよりも早く、一発の弾丸が俺を貫いた。


「解毒弾、間に合ったな⁉」


――ああ、もちろんだとも。イナコーの弾丸による解毒、すぐさま身を起こした。


 零。さあ、逆襲を始めようか。


「祈れ。この雷鳴が、貴様ら二匹の晩鐘(ばんしょう)となる」


 魔獣の雷が、轟音とともに俺の眼前に降り注ぐ。――ふ、決まった。


「……パンツ姿で中二全開発言か。新しいというかイタイタしいな」

「ていうか、俺がいなきゃ死んでたことをお忘れなく」


 そこ、うるさいぞ。中二病は正義だ。でも、助けてくれたことは本当にありがとうございます。おかげで、ベタベタしてた毒も解消されました。


「で、昌明。お前の方は体力調整終わってるんだろうな?」

「何とかね。途中、死にかけたけど」


 知ってる。それとついでに、俺たちは現在進行形で死にかけてる。


「それじゃ、イナコー。バフとヘイト集め頼んだぞ」

「了解、任された」


 第二関門。イナコーが照準を合わせやすいように、昌明と動きを合わせつつ一定の距離を取っておく。ヘイトはまだ俺に集中している。それが切り替わるまで、回避を続行する。


 一頭が距離を詰める突進、それに合わせて奥のヤツが雷を乱打。突進を半身で逸らし、落雷に対して即座に前後左右へ連続ステップ。――全弾回避成功。それと同時に、イナコーの仕事が一つ終わったらしい。キマイラどもが俺から視線を外している。


「おら、次はお前らだ。受け取れ!」


 言うが早いか、俺と昌明に物理的な攻撃力を上昇させる弾丸を撃ち込んでくる。……これで、第二工程終了。次が最後、敵を殲滅する。


「昌明、準備はいいな?」

「オーライ、火力全開でぶち込みましょう!」


 二頭のキマイラが、イナコーを狙って駆け出す。イナコーの立ち位置は、俺たちの直線上約十メートル前方の森側。よって、瀕死に追い込んでも水中に逃げ込まれる可能性は潰せたと言える。水中戦となればキマイラ側が圧倒的に有利なため、当然に避けておきたい。


「よし、行くぞ!」


 昌明と共に駆け出す。まずは尻尾が切れている方、ダメージを負っているヤツを狙う。俺の長剣と昌明のハルバード、背後からの体重を乗せた跳躍の一撃。


「――よし!」


 クリーンヒット。キマイラが怯む。その機を逃さず、続けて二、三、四撃。火力を最高まで上げた攻撃を叩きこむ。すると、一気にチャンスが巡って来る。連撃の長剣と一打が重いハルバート、それらが合わさり、キマイラをよろめかせたのだ。


「こけるぞ! お前の《アーツ》でとどめを刺せ!」


 そのままキマイラは転倒し、昌明は《アーツ》の準備に入る。


「おーし、まかせな! 一番重いので決めてやるぜ!」


 武器種ごとにそれぞれ約二十程度存在する《アーツ》、必殺技とも言えるが、セットできるのは五つまで、使った後にはクールタイムが発生する。どうしても使うのは躊躇いがちになるが、今は別だ。念のため、昌明に合わせ俺も一つ使って確実に息の根を――


「ォオオオオオイ、ヘルプ! ハル、昌明! ヘルプミー!」

「は? って――」


 んもう、なんでこのタイミングでがぶがぶ捕食されるかな。


「昌明、俺が行くから、コイツ倒しといてくれよ」

「オーケー、行ってらっしゃい」


 まったく、遊撃兵が敵に捕まってどうするんだ。でも、これでさっきの借りは返せるな。


「少しだけ待ってろ。すぐに開放してやる」


 キマイラの背後に立つが、ヤツは依然としてイナコーに食いついたまま、俺の方に注意を向けようとはしない。それが、命取りになるとも知らずに。


「頭が三つもあるのに、一方向に集中しちゃ意味ねえだろ」


 剣を構える。ここに、全ての力を出し尽くそう。


「――セットアーツ、第一から第五までを連続発動」


 お前には苦しめられたけど、嗚呼、でもこれでチャラにしてやる。こんなにいい条件が揃うことは滅多にない。アビリティの効果を限界まで引き出し、味方からの支援を受けた状態で、選び抜いた五つのアーツを全て打ち込むことが出来るんだからな。


「《トランスファー(彼の地にて決着)ディバイド(をつけよう)》」

 

一定時間、対象の敵一体と自身を異空間へと転送する。向かう先は、味方の援護を放棄する代わりに、対象以外の敵やフィールドギミック等による戦闘妨害を全て遮断する絶対空間――。

……ここには、何もない。空も、海も、大地さえもない無描(むびょう)の空間、ただひたすらに無機質な空間が広がっている。在るのは俺自身と、獲物を見失って困惑しているキマイラだけだ。


「《ソード(魔法は)・エクソシズム(剣の前に敗れ去る)》」

 

ようやく、キマイラが俺の方を向く。だが、もう手遅れだ。剣先は目標を捉えている。相手の魔力が高いほどに威力を増す、対魔導用アーツが、キマイラの全身を爆撃する――!


 ……獣の悲鳴とともに、心地よい炸裂音が響いた。頭、脚、胴体、尻尾、それぞれを焼いた爆炎の残滓(ざんし)が宙を舞う。しかし、流石に体力が余っているだけあって、多少のけぞった程度だ。


「《アブレーション(鋼の鞭よ)・ウィップ(我がもとで嵐となれ)》」

 

 だが、反撃の機会は与えない。右腕で長剣を、いや、アーツによって十倍の剣身を得た白銀の鞭をしならせる。一手でキマイラの周囲を囲み、二手目で一気に切り裂く。……これで、蛇は落とした。キマイラが尻尾から黄緑色の液体をぶちまけながら悶絶する。


……あと二つだ。


「《フェイト(数多の)・ディザイア(刃が)・コンヴィクション(墓標を突き立てる)》」

 

 元の姿に戻った長剣を上方へと無造作に放り投げる。これは本来、多数の敵を相手にするときに使うアーツなんだが、まあ遠慮なく食らっていけ。

 

 放り投げた剣を起点にして、空間全体を包囲するように剣影が量産されていく。実際に数えたことはないが、総数は百を超えるだろう。その全てが、キマイラ一頭だけに降り注いでいく。

 ……耳に響いた。剣戟が、悲鳴が、肉を抉り四肢を串刺しにする音が。そして、それらの音が途絶えた頃、俺の手には剣が戻り、山羊の眼からは光が消えていた。それでも、残った獅子が俺を見据えながら立ち上がる。既に死に体であろうに、まだ足掻こうとしている。

 

……本当に、お前らには苦戦したよ。正直、諦めかけた。けど――


「これでクリアだ。《オウス・トゥ・トライアム(誓いは果たされた)》」

 

 空間の底から、淡い光が立ち上り始める。(こうべ)を垂れる稲穂の様に、黄金の光が静かに俺たちを包んでいく。両手で剣を振りかざすと、その光の全てが剣身に収束する。同時に、ふらついたキマイラが大口を開けて飛び掛かってくる。だが、それが俺に届くことはない。最後の一振りが、光の奔流(ほんりゅう)が、この戦いに幕を下ろした。


「……ふう、終わった」


 まさか、こんなにキレイに決まるとは。さすが《逆境》、圧倒的強アビだ。


「さて、ドロップ品はなんでしょうか」


 えっと、素材とアビリティポイントと……、ザコ武器か。


「――っと、移動が始まったな」


 事切れたキマイラと共に、再び空間を転移する。その先は当然――


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