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Eosphorus-イオスフォロス-  作者: 白雪 蛍
18/25

三度目のBOSS

「――で、これまた随分とド田舎だな」


 都市部から遠く離れた山村地域、それも廃村らしい。俺が到着したとき、既にネイちゃんとルーナ、ついでにイナコーも来ていた。電気街から帰る際にメールしておいたんだが、もう一人、呼んでおいたはずのヤツの姿が見えない。


「やっぱり、昌明は今日は来ないのか。呼んだのに来てもらえないってのは、寂しいもんだな」

「……そ、そういうセリフって、こんな体勢で言うことじゃ、なく、ないかな?」


 後ろから首を締め上げられて、イナコーはとても苦しそうだ。締め上げているのは俺だが。


「昌明め、来てりゃコイツと同じ目に遭わせてやったものを。……さては、俺の意図に勘付いて逃げたかあの食い逃げ野郎がぁぁぁっ!」

「あーがががががっ! 締まる、締まってるって、ハル! ギブ、ギーブッ!」


 ま、こんなもんで十分だろう。離してやるかな。


「……はあ、はあ、はあ。あー、死ぬかと思った」

「いやー、スッキリした。ところで、ここにいる悪魔についてまだ聞いてなかったな」


 膝をついて息を切らすイナコーを余所に、ルーナへ視線を向けて問いかける。


「色欲のアスモデウスよ」

 無愛想に答えてくれた。アスモデウス。そんな有名どころが、こんな廃村にいるもんなのか。


「えっと、アスモデウスは東方の悪魔の首座で、その姿は牛・人・羊の頭とガチョウの足、毒蛇の尻尾を持ったものとか、逆に、美しい少女として描かれることも多いんだって」


 ネイが古ぼけた本のページをめくりながら補足する。何の本かと言うと、海底神殿で俺達がバフォメットと戦っている間に、ルーナが土産として漁ってきた魔物関係の蔵書だ。


「ずいぶんと極端だな。ルーナ、このゲームではどっちなんだ?」

「さあね。見れば分かることでしょ」


 歩き出し、素っ気なく答える。教える気はない、か。ケチ臭い女だな。


「ただ、アレの専有能力には精々気をつけなさい。……気を付けてどうなるものでもないか」


 振り向いて助言のようなことを言ったかと思うと、すぐにそれを撤回するようなことを言う。


「まどろっこしいヤツだな。気を付けてもしょうがないって、要はどういう能力なんだ?」

「パーティメンバーのうち、一人を操る能力よ。無作為なのか法則があるのかは知らないけど、とにかく、今のところは防ぐ手段も分かってないわ。ベルゼブブの精神攻撃と違ってね」


 精神攻撃ってのは、イナコーと昌明がやられた強烈な臭いの事だ。あれは精神異常に耐性のある防具やアビリティを装備していると気絶せずに済むらしい。俺は意図せず装備してた。


「――なるほど。それは厄介だ。で、ルーナちゃん、操られると具体的にどうなるのかな?」


 呼吸が整って復活したイナコーが問いかける。


「敵に回って、容赦なく攻撃してくる。会話もできなくなる。一度操られると、アスモデウスを倒すまでは目を覚ますことも無い。あんまり邪魔なら、潰すしかないでしょうね」


 何故そこで俺を見るんだ、コイツは。なんだ、やろうってのか。


「あ、えっと、じゃあつまり、操られる前に倒しちゃうのが一番ってことだよね!」


 ルーナの視線を逸らさずにいると、睨み合いと勘違いしたか、ネイが慌てて間に入ってきた。


「ふふ、その通りよ、ネイ。でも、安心して? コイツらが操られたら消し飛ばすけど、もしもネイが操られたときは、アスモデウスを五秒でミンチにして解放してあげるから」


 満面の笑顔で何一つ安心できない物騒なことを言われ、可哀想にネイが若干引いている。


「お前、自分が操られたときはどうするんだよ? 容赦なく攻撃するってことは、ネイちゃんにもフォースぶっ放したり、使い魔けしかけたりするってことだろ?」


 指摘すると、ルーナがネイの両肩を力強く掴んだ。


「ネイ、そのときはサルとキジを盾にしていいから全力で逃げるの! いい? 分かった?」

「え、ええと……。それは、分かっちゃいけないんじゃ……」


 まったくだ。


「……はあ。あ、そういや、一昨日に続いて今回も俺たちの他にパーティはいないんだな。七大悪魔って意外と人気ないのか? 一応、最強クラスに強い連中なんだろ?」

「いや、昨日中東に行った時は他のパーティも山ほどいたぞ。知り合いもな」

「え?」

「ハルがたまに仲良くしてる小学生の子たちとか、ガチムチなオッサン連中、エリート騎士団や現代装備の軍人とか。当然、知らない人達もたくさんいたけどな。ま、楽しかったけど、あの悪魔ども、こっちの人数が増えれば増えるほど強くなるもんだから、苦労させられたよ」


 イナコーが苦笑しながら話す。そうか。昨日行ってれば、フレンド達に会えたのか。そういや、ちびっこ達とは一昨日会ったけど、他の人らとはしばらく会ってないな。また連絡しよ。


「なるほどな。で、勝ったのか?」

「当然でしょ。私の戦場に敗北の二文字はないわ」


 お前には聞いてないし、しかも、お前ベルゼブブから逃げだそうとしたじゃねえか。


「言っておくけど、撤退と敗北は別物だから」


 コイツの前世は、サトリの妖怪だったに違いない。心を読む下衆(げす)妖怪(ようかい)だ。うん、よく似合う。


 ――と、そうこう話している間に、村の中心に建てられたかつては荘厳な館だったのであろう廃墟にまでやって来ていた。(つた)が絡みつき、半端に閉じられた門の前で立ち止まって辺りを見回す。

 この廃村周辺は特別地域で、永遠に夜のままだそうだ。当然に来るべき太陽という名の明日を迎えることのない村、時が止まったこの村には、人はおろか、生き物の気配さえない。


 星の灯だけが頼りの中、風のささやきが聞こえ始め、満月が(むら)(くも)から顔をのぞかせる。


「来るわよ」


 ルーナが言った瞬間だ。一陣の風が吹き抜け、民家の扉が次々と開け放たれていく。そして、既に廃墟となった館の二階、大きなベランダの中心に、虚空より一つの影が降り立つ。


「……よかったな、イナコー。美少女の方だったみたいだぞ?」

「ああ。周りのアンデッドさえいなきゃ、中々のシチュエーションだな」


 廃墟に降臨したのは、純白のワンピースに身を包んだ十代中盤程の少女だった。肩まで伸びた金色の髪が月下に揺らめき、碧き双眸(そうぼう)がこちらを見下ろしている。さらに、民家から這い出した大量のアンデッドが地鳴りのような呻き声を響かせている。


「頭を速攻で落とすか、ザコを先に殲滅するかだが……」


 俺が考えている間に、うちのリーダー様は後者を選択した。芝生が一瞬で凍り付き、氷の柱がアンデッド全てを民家もろとも容赦なく打ち抜く。


「――さて、あとは本命だけね。サル、キジ、構えなさい」


 言われて、イナコーは双銃を、俺は大剣を抜く。しかし、俺たちが臨戦態勢を取ったにもかかわらず、アスモデウスはベランダの欄干に腰かけて動こうとしない。余裕の表れだろうか。


「直したばっかのコイツの切れ味を試したい。まずは俺から行くぞ。ぶった斬ってやる!」


 微笑を浮かべるアスモデウスに大剣の切っ先を向け――た、つもりだった。しかし、そこには既にヤツの姿はなかった。それどころか、完全に視界から消え――


『うん、やってみて?』


 耳元で、聞き慣れない声が聞こえた。同時に、白くか細い腕が俺の首に巻き付き、横目に金糸のような髪が流れ、背中には温かくやわらかな感触が伝わってくる。


 ――後ろか⁉ 直感し、反射的に大剣を振り上げる。背後の敵を叩き切ろうと振り向いた瞬間、俺は見た。可憐な微笑みを浮かべて俺を見つめる少女――アスモデウス――と、その後ろで邪悪な微笑みを浮かべ、巨大な光球を放とうとするルーナの姿を。


「え、いや、ちょ――」


 困惑の声が口をついた時にはもう遅く、強烈な光の爆発が俺を包みこんだ。


「――ち、躱されたわね」


 爆発が収まってから最初に聞こえたのは、そんな言葉だった。


「……て、てめえ、フレンドリーファイア上等か、ゴラァ!」


 戦闘開始一分と経たずに満身創痍、HPゲージが真っ赤になってピーピー鳴っている。


「何言ってるのよ。せっかくの攻撃のチャンスを逃すわけにはいかないでしょ」

「外してんじゃねえか! それどころか、危うく俺が死ぬところだ! しかもお前、アイツの瞬間移動について何も説明しなかったよなぁ⁉」

「あー、そこまで気が回らなかったわ。悪かったわね」


 もんのすごい棒読み。全く悪びれた様子がない。こいつ、最初から俺を囮にする算段だったんじゃないだろうな。ざけやがって。無駄に回復薬を使うことになっちまったじゃねえか。


「ハル君、大丈夫? 待ってて、回復のフォースだったら昨日習得したから」


 使う前に、ネイちゃんが駆け寄って来た。何故この子とルーナが友達なのか理解不能。


「ありがとう! 心の底から感謝するよ、ネイちゃん」


 ネイちゃんが掲げた錫杖が輝き、エメラルドグリーンの光が俺に降り注ぐ。赤一色だったゲージが黄色に、やがて緑色にまで回復したところで止まった。


『ふふ、いきなり全力なんだね』


 再びベランダへと戻ったアスモデウスが無邪気に微笑んでいる。……喋る敵って珍しいな。


「間髪入れずに攻めたてるわよ!」


 イナコーがアスモデウスへと発砲、ルーナも使い魔を召喚して攻勢の準備を整える。二人に後れを取らないように大剣を構え、遠距離用アーツを発動する。しかし、発動しようとした矢先、ルーナの使い魔――妖精三姉妹――が俺に向かって襲い掛かってきた。


「どぅわ⁉ ――っと、おいこらルーナ! 今度は何のつもりだ!」


 間一髪躱したところでルーナに文句を言う。だが、当のルーナは様子がおかしかった。顔をしかめ、体を震わせながら、二階のベランダを睨みつけている。つられて目をやると、アスモデウスが欄干に腰かけて俺たちを見下ろしている。加えて言うなら、その視線は俺たちの中の一人、ルーナに注がれている。それを見て、悟った。


 ……しかし、マジかよ。発動の予備動作も無ければ、発動後に反動を受けた様子もない。完全にノーモーションだった。避けるとか気を付けるとかいう次元の問題じゃないだろ、アレ。


「よりにもよって、本当にお前が敵に回るとはな」


 動揺していられる時間はなかった。俺の方を向いたルーナが、リヴァイアサンを貫いた光の大剣を精製している。まともに受ければおそらくゲームオーバー、よくて瀕死だろう。可能な限りダメージを減らすため、大剣にセットした一つ目のアーツ、《防御陣》を展開する。

 蒼い三角の巨大な盾、それが三重に重なり、煌きを帯びていく。その隙間から覗くアイツは、無表情に無言のまま、立ち尽くしている。


 ――そして、衝突があった。しかして、光の剣は光の盾を容易く打ち砕き、盾の欠片が舞い散る中を俺へと向かってくる。目の前に、迫ってくる。


「ハルッ、何してる! 防げないなら躱せぇっ!」


 イナコーの叫びが耳を打つ。いくらかの選択肢が頭に浮かび上がったその時、凛とした鈴の音が聞こえた。同時に、半透明の防壁が俺の眼前に出現する。それすらも貫通した大剣だが、わずかに、ほんのわずかに軌道を変え、俺のそばを通り過ぎる。そして大地を抉り、四散した。


「……ありがとう、ネイちゃん。二度も助けてくれて」


 鈴の音は、ネイの持つ錫杖から放たれたものだった。防壁のフォースを展開したのも同じだ。


「ううん、役に立ててよかった。でも、ルーナちゃんが……」


 心配そうな目でルーナを見つめる。俺も――恐らくネイとは別の理由で――ルーナに意識を向ける。ルーナは五つのうち三つのフォースを使った。四つ目は例のカウンター技だろうが、五つ目の情報はない。三つのクールタイムが終了するにはまだ時間が掛かると仮定して、その間にアスモデウスを倒すのが上策だろう。逆に、倒せなければそれだけで状況は悪化する。

 今もなお、ベランダから悠々と此方を見下ろしているヤツを倒せなければ。


 ――速攻で勝負を決めにいくべきだ。大剣から打刀へと、武器を変更する。


「アーツ1、解放」


 打刀にセットした第一アーツ、《縮地(しゅくち)》。アスモデウスのそれと同じように、瞬間的に空間を移動する。地上から二階のベランダへと空を駆け抜け、即座に抜刀。


「終わりだ」


 有無を言わさず、アスモデウスの首を飛ばす一太刀を放った。だが――


『そんなに早く、決着をつけたいの?』


 ヤツは笑い、ヤツの首の代わりに、ひとひらの羽が舞う。俺の渾身の一刀を防いだのは、翼。蝙蝠のように黒く、鋼のように硬い、悪魔の翼だった。


「ちっ!」


 いったん窓際まで下がり、態勢を整える。しかし、その間にアスモデウスに異変が生じる。


『それじゃあ、貴方の希望に応えるね』


 その弾んだ声が皮切りとなった。碧い瞳が真紅に染まる。それと呼応するようにして、金色の髪が逆立ち始め、赤みを帯びていく。清楚な純白のワンピースは妖艶極まる漆黒の鎧ドレスへと変貌し、その右手には、幾何学文様の軍旗槍が握られている。


 今までとは打って変わって攻撃的な姿となったアスモデウスに対し、攻めるべきか様子を見るべきか迷いが浮かんでしまう。しかし、その間に階下ではいくつもの鳴き声や咆哮が響き始める。ルーナの使い魔だ。妖精の他にも、追加で何かを召喚したのだろう。おそらくはドラゴン辺りだ。非常に不味い状況と言う他ない。ネイはもちろん、イナコーでも対処しきるのは厳しいだろう。


 ――攻めるしかない。


 この戦力差で守りに入るのは悪手だと判断し、攻めの一歩を踏み出す。それに反応したアスモデウスが、口元に笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間には消失。瞬きの暇さえなく、軍旗槍の穂先が目の前に現れ、俺の頭蓋を貫かんとする。間一髪しゃがんで回避し、即座に左手に握った刀で切り上げる、が、目の前にいたはずの敵の姿はどこにもなく、刃は空を切った。


 一瞬の空白。呆気にとられると同時に背筋に悪寒が走る。思考より速く、体が反応した。後方に振り向きざま、打刀二つ目のアーツを解放する――。


 旗が、燃えている。槍全体が紅蓮に包まれている。赤ではなく、真紅の炎がうねりをあげ、その傍で悪魔が嗤っている。無邪気な笑みではなく、残酷に染まった笑みを浮かべている。


 ――刀が、鞘へと収まる。右手は鞘に、左手は柄へと添えられる。悪魔は右手に握った槍を振るう。繰り出される真紅の突きは陽炎の揺らめき。一撃に見えたそれは、その実、目にも止まらぬ連続の突き。だが、躱す。その全てを、薄皮一枚の所で躱し続ける。俺の動体視力では追い付けない連撃を掻い潜り、悪魔の懐へと踏み込む。


 ――《自動(フルオート)反撃(アベンジ)》。このアーツは、自らの操作無しに攻撃を回避し、反撃の一打を放つ。


 抜刀。がら空きの胴体へと刀身が走る。――しかし、防がれた。悪魔が腰に差していた剣、飾りと思い気にも止めていなかったそれが、悪魔の左手に引き抜かれ、刀を止めたのだ。


『残念。でも、惜しかったよ?』


 余裕の表情で宣いながら、細身の剣を此方へと向けてくる。剣先から、旗に描かれているものと同じ紋様の魔方陣が宙に浮かび上がる。それを上に向けたかと思うと、ヤツは言った。


『じゃあ、終わりにするね』


 空間がひび割れていく。まるで、ルーナが使い魔を召喚するときのように。そして、現れる。千を下らぬ魔物の軍勢が、怒濤となって現れる。星屑を侵食する無数の黒い影、その中でも一際目立つ存在、地獄の巨竜の背にアスモデウスは転移し、遥か上空から俺を見下ろしている。


 圧巻だった。だが、その威容さに気圧されてはいられなかった。階下から響く戦闘音が、その苛烈さを先程にも増して伝えてくるのだ。アスモデウスを瞬殺する目が無くなった以上、とにかく二人と合流すべきだろう。判断を下し、急ぎベランダから飛び降りようとする。しかし、待ち構えていたかのようにルーナの黒竜が目の前に現れた。容赦なく放たれるブレス、それを縮地を再発動して回避、地上へと降り立つ。状況把握、召喚されている使い魔は四体。一体は黒竜、三体の妖精はイナコーと交戦中。更に目を走らせると、ルーナとネイが対峙している。


「ち、やらせるかよ!」


 イナコーは大丈夫だ。人としてはアレだが、実力だけは確かだからな。それよりもネイだ。ルーナ相手に戦えるわけがない。一直線に駆け出す。だが、当然の如く邪魔が入る。黒竜が雄叫びを上げて、背後から迫ってくる。相手をせずに済ますのは、不可能だろう。


「……はあ。昌明のヤツ、今ここに来ればヒーロー扱いしてやるんだけどな」


『他人に頼っちゃうの? 意外と、弱い人なんだね』


 ……あー、もう来たのか。いや勿論、来るなってわけじゃないんだけどさあ。


「どうして、お前はそんなに後ろを取るのが好きかなァッ!」


 小憎たらしい笑顔に向かって刀を振るう。しかし、それを細身の剣一本で止められる。まるでビクともしない。腕の細さからは考えられない力だ。しかし、そんなことよりも――


『こんなに弱いと、私に勝つのは無理かな』


 くっそムカつく! 笑顔なのが余計にムカつく。下手したらルーナ以上にムカつく。


「上等だよ、テメェ! 今の言葉、すぐに後悔させてやる!」


 負け惜しみだと思ったのか、アスモデウスが鼻で笑う。そして、空に視線を傾けて、言った。


『今から貴方を終わらせるけど、もし終わらなかったら、誉めてあげるね』


 消えた。直後、俺の周りが黒一色に埋め尽くされる。千の軍勢、おまけに黒竜も追いついてきた。まあまあ、最悪な戦場だ。せめて、軍勢の方が有象無象の寄せ集めならまだマシだったんだが、生憎、それなりに強い顔ぶれな上に、全員が飛行能力を有している。


 ――打刀を左手に、長剣を右手に装備する。打刀アーツ3、長剣アーツ4、同時解放。肉体が動き出す。標的を固定できない代わりに無敵状態となり、地上・空中を問わず、かまいたちの様に駆け抜け、数多の敵を切り裂く。剣は無数の影となり、やがて実体となる。全方位に放たれたそれらは、鳥や馬、虎や獅子、人間などの姿を模った魔物どもを容赦なく貫く。


 ――だが、ここで真に潰しておくべきはルーナの黒竜。アーツ終了とともに大剣を手に取る。


「アーツ2、解放!」


 黒竜の頭上から、圧縮された蒼い闘気を纏う大剣を振り下ろす。威力、切れ味を大幅に増した鋼は厚い鱗を裂断し、竜の首筋から胸元までを血に染めた。


 ――しかし、だ。これで勝てるのならば最初から苦労はしない。


「うぉぉぉぉぉい! きたきたきたきたきたー!」


 半端に傷を負わされた黒竜はブチ切れ状態、アスモデウスの軍勢に関しても、仕留めた数など全体の二割か精々三割だ。武器を再び打刀と長剣に変更し、一斉に迫り来る敵の攻撃を防ぎ、いなし、チャンスがあれば反撃しながら逃げ回る。もとい、立ち回る。


「くっそ、コイツらを一人で相手にするのは流石にキツイな。他の二人は……」


 イナコーに目をやると、なんと三体の妖精のうち二体を倒していた。頼もしい限りだ、が、ドラゴンが

四体増えていた。熾天の九世竜に属する四体だ。


「ありゃ助けに行かないと、いくらイナコーでも死ぬかもしれんな。……ネイちゃんは?」


 変わらず、ルーナと対峙していた。しかし、二人の間にはルーナが召喚したと思われるエルフの女騎士が二体、剣を抜いて構えている。ネイも錫杖を構えてはいるが、まず勝負にならないだろう。ルーナが使役しているような使い魔に、初心者が勝てるわけがない。


「いよいよ、あっちこっちヤバいな。俺もヤバいけど、さて――」

『どうするの?』

「お前の首をもらうんだよッ!」


 突然目の前に現れたアスモデウスに対し、条件反射的に刀剣二振りで薙ぐ。


『――ちょっとだけ、惜しかったかな。ちょっとだけだよ?』


 攻撃を背面宙返りで躱してそのまま空中に立ち、俺に微笑みかけるクソ悪魔。


「テメェ、俺の前をちょろちょろしやがって! 八つ裂きにすんぞ!」


 ちょろちょろしなくても裂くがな。キレる俺を見て、アスモデウスは溜息を吐いた。


『後ろからは嫌みたいだから前からにしてあげたのに、どっちも嫌なんてワガママだなぁ』


 困ったように笑うが、すぐにまた嬉々とした笑みを浮かべて、俺を見下ろす。


『でも、まだ終わってないのは立派だね。約束通り、誉めてあげる! いいこいいこ』


 ――コロス。このクソガキ、人をどこまでもナメくさりやがって、絶対にぶち殺す。決意を新たにした時、機関銃のような、いや、まさしく機関銃の銃撃音が轟く。弾丸が周囲の魔物を強襲し、アスモデウスも尻尾を撒いて転移した。


「ふははははは! よし、よくやったイナコー! 流石は、マイフレン――ド」


 振り向くと、二丁拳銃が撃鉄を嵐の如く打ち鳴らしていた。装弾数の限界を遥かに超えて乱射される銃弾は、俺の窮地を逆転させるだろう。イナコーの後ろに、竜や妖精がいなければ。


「よっ、ハル。大丈夫か? 助けに来たぞ?」

「助けに来てねェェェ! 敵、増やしてるし! バッカお前、そいつら倒してから来いよ!」


 妖精は傷を負っているが、ドラゴン四体はほぼ無傷だ。


「いや、無理無理。余裕で無理。無理過ぎて笑えるわ、ハハッ」


 わーらえねえ。二人して全力で逃げ回り、時折、並列したり背中合わせにして迎撃する。、


「それにしても、まさか本当にルーナちゃんが敵になるとはなー。困ったなぁ。フラグ立てちゃってたかぁ。――で、ハル。実際どうよ。戦ってみた感じ、倒せそうなのかアスモデウスは?」


「そうだな、強い以上に腹の立つ相手って感じだ。だから、何が何でも倒す。倒すが、その前にネイちゃんを助けないと、あのままじゃマズい。手伝ってくれ」


 走りながらネイの方を指差すと、女騎士二人にボコボコにされる修道女の図ができていた。


「あっちゃー、アレは痛々しい。了解だ。作戦はあるんだな? 俺はなにをすればいい?」

「簡単だ。今、俺達の周りにいる敵を全部引き付けておいてくれればいい。じゃ、頼んだぞ」


 言うが早いか、縮地を発動してこの場を離脱する。瞬きの間にルーナの頭上へと到達し、長剣の第三アーツを発動、鋼の鞭がうねり、ヤツの首を自慢の銀髪ごと刈り取る。


「――とはいかなかったか。さすがは騎士、忠犬だな」


 ネイをボコるのに夢中になっていたから、絶対に気づかないと思っていた。しかし、際どい所で女騎士が二体とも戻って来て、身を挺してルーナを庇ったのだ。致死量の赤い雨を降らせて消えゆく使い魔、その狭間で、ルーナが無表情のままに立ち尽くしている。


「よう、相手しに来てやったぞ。積年の恨み、百倍にして返してやるからかかって来いやぁ!」


(えー、私を助けに来てくれたんじゃないのー?)

 という心の声が後ろから聞こえた気がする。しかぁし、俺も無意識のままに言ってしまったことなのだ。若干反省している。すると、不意に服の袖を引かれた。


「……ありがとう、ハル君。ごめんね、迷惑かけて」


 ボロボロになり、瞳を潤ませて俺を見上げる美少女が一人。儚げに微笑むその目元から、一筋の雫が流れていく。尊い。漢として、ここはカッコいい台詞の一つも言わねばなるまい。


「一人でよく頑張ったね。俺が来たからには、もう大丈夫だよ。もう、傷つかなくていい。あとのことは俺に任せて、ネイちゃんは少し休んでて。俺のそばにいれば安全だか――」

「ハァァルゥゥゥッ! お前、後でおぉぼえとけよォォォッ!」


 遠くで野獣が叫んでいる。およそ拳銃から放たれるはずのないレーザーや爆炎を巻き上げて、アスモデウスの軍勢やルーナの使い魔と死闘を演じている。肝心のその姿は敵に囲まれてよく見えないが、度々聞こえてくる魔物の断末魔の叫びが、音花火の様にヤツの奮闘を伝えてくる。すまん、そうだよなイナコー。

 俺達、ラブロマンスよりデッドオアアライブだよな。


「――さて、さっさと終わらせるか」


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