そういや最近ゲーセン行ってないなあ
放課後、俺は電気街にいた。理由は、「ゲーセン行こうぜ」とイナコーに誘われたからなのだが、肝心のヤツは本命の彼女に呼び出されて急いで帰って行った。連絡を受けた時の様子からして、何か不味いことがバレたのだろう。普段の俺ならドタキャンなんて耐えられないのだが、アイツの冷や汗だらだら垂れ流した顔がクソうけたので、笑って見送ってやった。
――で、わざわざ電車に乗ってきた以上、このまま帰るのはもったいないので、予定通りゲーセンにでも繰り出そうというわけだ。
この街の空気はわりと独特で、メイドがチラシ配りをしていたり、コスプレをした連中がそこらを普通に歩いている。といっても、既に世間に周知されているし、俺自身見慣れてしまったので何とも思わない。ゲーセンはいくつもあるが俺の行きつけのゲーセンは駅から出て二分ほどの所にある。地下一階・地上五階建ての建物で、各種のゲームが揃っている。俺のお目当ては四階、オンラインゲームのコーナーだ。
「――お、いるいる」
学生やら社会人やらで活気に溢れているこの階のメインポジションには、【Eosphorus】の2D対戦格闘ゲーム【EosphorusーArcade】がある。このゲームは、開始時に【Eosphorus】本編とデータの連携が出来るようになっており、使っているアバターや武具なども、それらが反映される。さらに、システムとしてプレイヤーランクが存在し、店内対戦や全国対戦でランクマッチに勝利することで上げることが出来る。
本編でもプレイヤー間の対戦はできるが、あちらは3D対戦である上に、戦闘好きなプレイヤーばかりではないので、コロッセウム等にわざわざ足を運ばなければ相手は見つからないことが多い。
また、データの連携について、本編で強いデータを所持している者が有利すぎるのではと危惧されていたのだが、そこは調整されていた。ランクマッチの場合、フラットルールと言って、全能力値の合計を一定の数値に収めなければならず、超えた分は自動的に差し引かれるのだ。
ただ、俺はもっぱら、制限無しのフリーマッチをプレイしている。ランクに影響しない代わりに、情け容赦のない闘争を楽しめるのだ。まあ、勝率は五割を切っているのだが。
「――さて、やるか」
十六台設置されているうちの四台は埋まっていなかったので、すぐに座ることが出来た。コインを投入し、専用のカードをかざす。これで認証は完了。
とりあえず、ウォーミングアップにCPU対戦でもしましょうかね。CPU対戦は、勝ち続ければ最高十二回戦うことが出来る。ま、難易度は自分では設定できないんで慣れてなかったらやられるだろうし、逆に慣れていると一方的にボコるだけになってしまう。とはいえ、それでもコマンドの練習にはなる。
――プレイ開始。通常攻撃に加え、アーツやフォースも複数のコマンド入力によって発動させるため、それぞれの感覚を忘れないように一通りの操作方法を確認しながら、CPUどもを長剣片手にばったばったとなぎ倒していく。すると、途中で「Warning」の表記が出てきた。他のプレイヤーからの挑戦、どうやら、店内の他のプレイヤーらしい。周りを見ると、さっきまで空いていた向かいの席に誰か座っている。多分、そいつだろう。ちなみに、挑まれる方には拒否権があるので、戦いたくなければ戦わなくてもいい。ま、丁度ウォーミングアップも終わろうとしてたところだし、軽くのしてやるとしよう。
――と、思っていた。戦いのゴングが鳴る前までは。
「つ、つえぇ……」
二ラウンド先取制でストレート負け。相手のアバターは長身の男で武器は長物、リーチの差があったとはいえ、反撃の隙すらなかった。が、このまま引き下がるわけにはいかん。リベンジだ。今度は俺が挑戦する。装備を打刀に変更、もしかしたら断られるんじゃないかと思ったが、そんなことはなく再戦開始となる。
…………で、再びストレート負け。
「く、こ、この野郎」
もう一度だ。コインを突っ込み、リベンジの申し込み。受諾、今度は大剣での挑戦を行う。
……が、またもやストレート負け。強い。本当に、シャレにならないくらい強い。だが、三度の戦いで少しずつ慣れ始めてもいた。相手の武器は太刀、それを変える様子はない。アビリティやアーツ、後の先を取るという戦闘スタイルも一貫している。
泣きの四度目。今回で勝利を見出す。いい加減断られるかとも思ったが、無言の承諾を得る。武器を長剣と打刀の二刀流へと変更し、挑む。初動の読み合い、フェイントの掛け合い、一挙手一投足への集中、無駄な動きを許されないピリピリとした緊張感、格上の敵が発する威圧感との戦い、熱狂だ。ギリギリの綱を渡って、持てる技術を尽くして、勝利への道を征く。
……で、苦戦の末、何とか一ラウンドだけは取ることが出来たが、結局は負けた。
「だぁーっ! つっえぇー……! これは勝てんわ」
戦いの度に武器や戦闘スタイルを変えたのに、ほとんど完璧に対応された。完敗だ。こりゃ、アーケードの方ももっと練習がいるな。……小遣いの値上げを交渉するか。
「いやいや。君、けっこう強い方だと思うよ」
「え?」
声のした方を見てみると、いつの間にか、そばに一人の男が立っていた。
「――あ、えっと、もしかして対戦してくれた人?」
向かいの席が空いているのと、アバターと同じ姿ということからそれを察した。
「まあね。まさか、四回連続で同じ人と対戦することになるとは思わなかったけれど、でも楽しかったよ。戦う度に手強くなっていくのは、実に興味深かった」
長身痩躯の男が嫌味のない爽やかな笑顔を浮かべ、人当たりの良い口調で答える。見た感じ、歳は二十代後半ってところか。学生というのは考えにくいから、スーツは着ていないしやたら髪も長いが社会人なんだろう。ニートやフリーターという雰囲気ではないしな。
「ありがとうございます。でも、結局は一度も勝てませんでしたよ」
俺も立ち上がり、男と向かい合う。……でかいな。百九十は超えてるんじゃないか。
「ははは。ま、僕もこのゲームはそれなりに自信があるからね。……あ、そうだ。君、名前はハル君でいいのかい? アバターの名前だけれど」
「あ、はい。えっと、貴方の方は『Reusosoph』さん、でいいんですか?」
「うん、その読み方で合っているよ」
よかった。間違えていたら、横文字が読めない無知をさらすところだった。
「それで、出来ればもう少しハル君と対戦していたかったんだけれど……、会社から呼び出しを受けてしまってね。今から戻らなくてはいけなくなったんだ」
「あ、そうなんですか。それは残念です」
携帯電話を見せながら言うリュゾソフさんに、社交辞令で返す。今のまま、あれ以上戦い続けたところで勝つのは難しい、というか無理だろうからな。
「僕もだよ。でも、暇が出来るとこの辺りのゲームセンターに出入りするようにしているから、見かけたら是非気軽に声を掛けて欲しいな。構わないかい?」
「はい、勿論ですよ。また、挑戦させてもらいます」
勝てるようになったら、だけどな。
「楽しみにしているよ。それじゃ……」
言いかけて、リュゾソフさんは俺の方を振り返った。
「そうだ。ハル君は、将来の夢というものはあるのかな?」
加えて、いきなり小学生に聞くようなことを聞いてきた。将来の夢だと?
「ああいや、仕事柄、十代の子たちの未来像を出来るだけ多く知っておきたくてね」
「あ、なるほど。うーん、未来像、俺の未来像ですか……」
世界の覇者とか? 裏社会の支配者や宇宙の帝王みたいな? なんかそんな感じのがいいな。
「ま、とりあえず、一般人の枠を飛び越してビッグになるのが目標ですね」
という頭の悪い回答をすると、リュゾソフさんが笑顔(その意味は分からんが)を見せる。
「ははは、それはいいね! じゃあ、そうだな。大きな夢を追うハル君にこれをあげよう」
それは、一枚の紙切れ。数字の羅列が手書きで記された紙片を手渡される。
「これは……、なんです?」
パッと考えてみたが、さっぱり分からない。
「【Eosphorus】で使えるコード、らしいよ」
ああ、ゲームのコードか。でも、「らしい」って言ったな。どういうことだ。
「そのコードをゲーム内のとある場所で使うと、秘密の扉が開く。面白い話だろう?」
なんだなんだ、都市伝説の類か? 似たような話はどこにでもあるもんだな。
「ただし、試すことができるのは一度だけ。一度失敗すると仮に正しい場所で入力しても何も起こらず、加えてヒントは、『二番目の星が砕けた場所』ということのみ」
無理ゲーくせえ。まあ、都市伝説って得てしてそういうものなのだろうけど。
「ちなみに、リュゾソフさんは……?」
紙切れから視線を上げると、リュゾソフさんが片手を上げて首を横に振っている。
「お手上げさ。一応試してはみたものの、何も起こらなかったよ」
やっぱりか。ま、ただの悪戯だろうが、こういうものに踊らされてみるのも楽しみ方としてありっちゃありか。無いものを探す不毛な旅なんて、ゲームでしかやろうと思えないしな。
「分かりました。じゃあ、俺も試してみますよ」
「うん。成功したなら、次会ったときにでも聞かせてくれ。――それじゃ今度こそ、また」
「はい、それじゃ。お仕事頑張ってください」
リュゾソフさんが背を向けて去っていくのを見届けてから、椅子に座り直す。
――さて、俺の方はどうするか。もう少しここに居てもいいんだが、家に帰ってこのコードを試すというのもありだな。幸いなことに、おふくろは近所のおばさん方と出掛けているし。
「……そうだな。帰るか」
エレベーターで一階まで降り、出口へと向かう。そのまま駅に向かおうとしたとき、ふと、気になる話し声が聞こえた。その声の主はゲーセン入り口の前に立つ二人組だったのだが、俺が気になったのは会話の内容ではなく、二人が放つ「声」そのものだ。
「えっと、四階にあるみたいだね」
「ええ。じゃあ、行きましょうか」
入り口に設置された案内板を見ながら会話する女子高生二人組。その後ろ姿を注視して、俺はハッとした。一人はウェーブのかかった肩まである銀髪、もう一人は腰まで届く黒く長い髪の女の子だ。意を決し、どこか余所余所しい感じで声を掛けてみる。
「ごほんっ。ごほっ、ごほっ、あ、ル、ルーナー、ネイー」
その名を口にした途端、二人組が即座に俺の方を振り向いた。……まさかと思ったが、やっぱりそうだったか。今、ゲーム内で見たものと寸分違わぬ顔が二つ、俺の目の前に並んでいる。
「よっ。二人とも、ここら辺の人間だったのか」
時間が凍結した。目を丸くした二人が、俺の顔を凝視している。幾何かの間、その様子を眺めていると、やがて、止まっていた画が堰を切ったように動き出した。
「あ、あー! アンタ、もしかしてサル⁉」
「うそ、ハル君⁉ どうしてここに⁉」
まあまあ予想通りの反応を見せてくれる二人。けどルーナ、人前でサル呼ばわりはやめろよ。
「その通り。HALこと、人見貴治さんですよ。驚いたか?」
「驚いたっていうか……、なにアンタ、ストーカー? 私のこと調べてここまで来たわけ?」
「んなわけあるか! 偶然だ、偶然!」
本気でドン引きしてそうなルーナに全力で釘を刺しておく。
「あ、わ、私、加隈寧です。初めまして、……じゃなくて、えと、よろしくお願いします!」
全力でお辞儀をするネイちゃん。うんうん、やはりこの子は礼儀正しい。若干、変なところもあるが、基本的にはまともで可愛い子だ。――ルーナと違ってな。
「ちょっと、寧! なに、本名教えちゃってるの! こんな変態ストーカー野郎に!」
「だから、変態でもなければ、ストーカーでもねぇっつってんだろうが!」
銀髪が俺を指差して人聞きの悪いことをぬかす。コイツとはベルゼブブ戦を通して、「少しは上手くやっていけそうかも」とか思ったが、どうやら俺の気のせいだったらしい。
「どんないけ好かねえ顔してやがるのかと思ったら、まさか本当にそのままだったとはな。この見てくれだけ女め。その分じゃあ、ルーナってのも本名か?」
聞いてやると、少し逡巡してから機嫌悪そうに口を開いた。
「ふんっ、そうよ。ルナ=アンジェリーク・ヴィジェ=ルブラン。それでルーナ。文句ある?」
長い。どこまでが名前で、どこからが苗字なのか分からん。
「ていうかアンタ、私のこと見てくれだけ女って言ったけど、つまりアレ? 私の見た目は好みってこと? ふっ、やめてよね。私はアンタみたいなサル、全然好みじゃないんだから」
目の前の自意識過剰女が、侮蔑を含んだ笑顔を伴って、これ以上は無いものすごい勢いで見下してくる。うわぁ、この女今すぐぶん殴りたいわぁ。
「もう、ルーナちゃん! いくら仲が良いからって、言いすぎだよ?」
「いや、全然仲良くないから。ネイの勘違いだから」
真顔での返答。全く以てその通りなんだが、コイツの言い方は実に俺をムカつかせてくれる。
「ごめんね、ハル君。ルーナちゃんって、結構照れ屋さんなところがあるから。――あ、そういえば、今日はゲームできるの? 昨日は忙しかったって聞いたけど」
「え、ああ、昨日はちょっとね。……あれ、ていうか、昨日ヤツらとつるんでたの?」
問い返すと、ネイの代わりに照れ屋さん(とは全く思えない)ルーナが口を開いた。
「まあね。昨日はイヌとキジ、あとそいつらの彼女を連れて中東の方に行ってたわよ。元々、他の七大悪魔をネイに見せてあげようと思ってたのと、イヌが中東に行きたいって言うからね」
「うん、強欲のマモンと怠惰のベルフェゴールを見てきたんだ。どっちも凄い迫力だったよ~」
思い出したようにネイが目を輝かせている。……マジか、なんてこった。俺がババアと舌戦を繰り広げている間に、みんなで中東旅行。オー、ジーザス。この世にゃ神も仏もいねえ。
「……そういえば、俺が忙しいってのは二人から聞いたんだろうけど、もしかして無駄に待たせたか? だとしたら、悪かったな。連絡をする間がなかったんだ」
謝ると、二人が顔を見合わせて不思議そうな顔をする。俺が謝るのはそんなに意外なのか。
「何言ってんの? 誰一人として、少しも待ったりしなかったわよ」
「へ?」
「イヌとキジが言ってたもの。アンタは忙しくて絶対に来られない。だから待つ必要ないって」
あんのボケナスどもがぁっ! 確かにヤツらには行けないかもと伝えておいたし、実際行けなかったわけだが、最初から待つ気が無かったというのはどういうことだ。今すぐ呼び出してスリーパーホールドでもかましてやろうか。いや、そうすべきだ。そうしよう。
「あ、でも今日も残りの七大悪魔を見に行くつもりだから、よかったら、ハル君も一緒に」
「え、マジで? 行く行く! 勿論、行くって! で、どこに何時集合?」
こいつぁ重畳。降りかかった突然のラッキー、飛びつかずにはいられねえ。
「ちょっとアンタ、社交辞令って言うものを……!」
ネイちゃんの隣で外国人のお嬢さんが何か喚いているが、俺には聞こえない。
「なんだったらー、もうこれから行く? 行っちゃう? 二人で。あ、すいませんね、隣の外国の方。僕、外国語はさっぱりなんですよ」
「さっきから日本語でしか喋ってねえでしょーが!」
公共の場でがたつきやがって、非常識なヤツだ。
「あはは。じゃあ、そうだね。これから行こっか。場所はメッセージで送っておくね」
「ちょっと、寧! 私はこのサルがいると無性に気に障るって言うか……」
「オーケーオーケー! これで話は決まりだ。じゃあ、早速帰ってスタンバっとくから。ネイちゃん、あとついでにルーナ、また後でなー!」
とても楽しそうな黒髪の子と、とてもストレスを溜めこんでそうな銀髪の子。対照的な二人を置いて、家路を急ぐ。本当に、本当にあのババアが出掛けていて良かったと思いながら。
自宅に戻りゲームにログインすると、既にネイからメッセージが届いていた。そこには集合場所の地図が添付されており、確認するとどうやら東南ヨーロッパ辺りらしかった。
といっても、地中海沿岸のような観光地帯ではなく、山奥の山村地域のようだ。また、ついでにルーナからも「遅れたら置いていく」などと書かれたメッセが届いていた。
意訳すると「絶対に遅れないでね、ハル♪」ってところだろう。……うぉえ、想像したら気持ち悪くなった。早く行こ。




