カフェインでドーピングしながらの第三章
太陽は、いつだって世界を照らしている。自らの立つ場所が暗闇に包まれていたとしても、それは、太陽がどこかで別の誰かを照らしているということだ。けれど、それを羨むことはない。暗い時間が永遠のように感じられたとしても、必ず、自分が照らされる時はくるのだから。
――しかし、「いや太陽昇らなくていいから」と思う時がある。それは、日曜日というネバータイムが終わり、月曜日というナイトメアが始まる時だ。そう、太陽がナイトメアを運んでくるのだ。朝が夜を運んでくるというのはこれ如何にという感じだが、まあそれはそれとして、今日も今日とて例によって例の如く、俺は気怠さ全開で高校に向かっていた。
「ふわぁ~あ……。はよーっす」
俺は真面目な生徒なので、朝の読書時間が始まる十分前には、学校の三階にある一年四組の教室、窓側一番後ろの自分の椅子に着席している。教室内では、朝っぱらから元気な高校生たちがワイワイガヤガザワザワと、まさしくモブに相応しい騒音を出してくれている。なぜ彼らは朝からあんなにエネルギッシュなのか。この世の不可解な事象の一つだ。
「あれが若いということなのかねぇ」
俺には一生かかっても真似できそうにない。特に今日は。何故か、今から語ろう。
全ては昨日おとといの出来事が原因だ。そうだな、とりあえずは土曜日の事から話そう。あの蠅野郎を苦労して倒したにもかかわらず金銀財宝が溶けて消えてしまったのは言うまでもないが、加えて、あの蠅が俺に武器も防具も素材も寄越さなかったことが一つだ。
ちなみに、「俺に」と言ったことには意味がある。俺とルーナが苦労して戦っている間、クソまみれになって尚且つ防具が溶かされマッパにされていただけの昌明が、ベルゼブブの《暴食の王(攻撃をヒットさせる度に自身のHPとスタミナを回復、敵の強化状態を解除し、解除した効果を自身に移す)》という壊れアビリティを手に入れやがったのだ。
いや、おかしいだろ。俺かルーナが手に入れるべきだろ。まだある。陸に戻った後、俺の剣やマッパ状態のイナコーと昌明の防具を直すために、リヨブールの鍛冶屋のオッサンの所まで戻ったのだ。
「よう大将、修理はできてるか?」
「ん? なんだ、今からヨコハマに配達するところだったのに、戻ってきたのか」
「用事が片付いたんでな。それはそうと、長剣が壊れたから直して欲しいんだが」
「なにぃ? また、折りやがったのか。……ちっ、しょうがねえ野郎だ。おら、早く寄越しな! ったく、あれほど大事にしろって言ったばっか――、テ、テメェェ! これ、折れてるっつーか、剣身丸ごと無くなってんじゃねえか! 一体、何してくれやがった!」
別にヨコハマで直してもよかったのに、行きつけの店だからってことでわざわざ戻ってやったんだ。それなのにあのオヤジ、客に対してしこたま拳骨くらわしやがって。そして、極めつけはログアウトしたときの事だ。俺が疲労と失意の中でCVギアを外すと、なんとそこには、おふくろの顔があったんだ。俺がゲームをやめるか確認をしに来たらしいが、冗談じゃない。ネイみたいに可愛い子ならともかく、起きぬけに母親の顔が目の前にあるなんて、出来の悪いB級ホラーでしかない。
まったく、息子の気持ちも考えて欲しいもんだ。
そして翌日、つまり日曜日だ。B級ホラー顔をした母親の説教を聞きながら、なんとかゲームを続けられるように説得してたんだ。一日かけて。何が悲しくて、しわだらけのババアのために日曜日を潰さなければならんのか。という訳で、俺のテンションはいつにも増して低い。
「おーっす、ハル。おはよう。今日もダルそうだけど、昨日はお袋さん説得できたのか?」
ちなみに、俺の隣の席の人間は可愛い女の子などではなく、一昨日の夜に昌明と一緒にクソまみれ&マッパになってた稲葉浩輔という男子生徒だ。
「とりあえず、ゲームを捨てられずには済んだ」
俺の机の上に腰掛けるイナコーに、ぶっきらぼうに答える。
「お、よかったじゃん。けど、ハルも大変だな。成績が悪いわけでもないのに」
そう、大変なのだ。なんせ、あのババアの説得はまだ終わっていないんだからな。
「……ところで、昌明は? 今日は一緒じゃないのか?」
通学路が同じ二人は大抵一緒に来ているのだが、片割れの姿が見当たらない。
「え? なんだ、ハルは聞いてないのか?」
「ん、なにを?」
聞き返すと、イナコーは少し躊躇った後、口を開いた。
「俺も親父から聞いただけなんだけど、ミラ枡のヤツ、昨日、詐欺で捕まったらしいぜ」
「はあ?」
何だって? 捕まった? 誰が? 昌明が? 何で? 詐欺で? おい、マジか。
「なんだそれ、アメリカンジョークか?」
「いや、マジな話で。昨日も一緒にゲームしてたけど、どうも、その後にやらかしたらしい」
にわかには信じられない話だ。しかし、情報源が警察官であるイナコーの父親となると、嘘ってこともないだろう。だが、あのアホに犯罪なんて大層なことが出来るのか?
「詐欺って、具体的には何をやったんだよ?」
結婚詐欺、は無理だろうから、オレオレ詐欺とか? ジジババから金を巻き上げたか。
「……無銭飲食」
――は? 聞き違いかと思ってイナコーを見上げると、非常に苦々しい顔をしている。
「なに、今、無銭飲食って言った? つまり、食い逃げって言ったのか?」
「そっ。財布持たずに店に入って、食い終わった後、事情も話さず逃げ出したんだって」
イナコーが呆れたように話す。当然だ。あの野郎、何してやがるんだ。バカだバカだとは思っていたが、まさかそこまでバカだったとは。ここは一発、煽りの電話でもくれてやろうか。
「ま、ちょっと説教される程度で済んだらしいけどな。今日は休むんじゃないか? ――っと、先生がきたぞ。さてさて、朝の読書を始めますか」
朝のチャイムとともに教室に入って来た担任、それを見てイナコーが椅子に座る。なんだ、豚箱にぶちこまれたわけじゃないのか。つまらん。心配して損した。
俺も読書に勤しもう。




