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Eosphorus-イオスフォロス-  作者: 白雪 蛍
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二章終わりりす

「とりあえずは、アレを何とかしないとな。おい、頼めるか?」


 気付けば、ベルゼブブの周囲には大小様々な黄土色の物体が大量に浮遊している。考えなしに突っ込んだなら、間違いなく蜂の巣にされるだろう。


「いちいち確認しなくたってやってあげるわよ。いいからさっさと斬り込みなさい!」


 両腕の袖をまくり、一歩前に出ながら、険しい顔で急かしてくる。


「よし、なら遠慮なく。――行くぞッ!」


 床を蹴り、一息にベルゼブブを目指す。俺が疾走し始めると同時、夥しい量の黄土色の飛礫が高速で飛来する。が、着弾寸前、前方の床から氷の柱が出現し、飛礫を防いだ。それだけにとどまらず、氷の柱は瞬く間にフィールド全域を埋め尽くしていく。


 針の筵の如く咲いた氷の華、その隙間を縫うようにすり抜け駆け抜けながら、次々と飛来する飛礫をやり過ごす。氷の結晶が砕け散っていく中、やがてたどり着いた蠅の王の足元、即座にアーツを解放する。


 ――標的補足。紅蓮の炎による強襲、爆裂音が轟く。


「……ちっ、ダメか」


 爆炎が過ぎ去った後には、ほとんど傷を負っていない蠅の王の姿があった。複眼を俺に向けたかと思うと、六本の脚を擦り合わせ始める。すると、一瞬のうちに巨大な火球が発生した。じりじりと身を焦がすそれは、放たれた際の威力が如何ほどかを物語っている。一際分厚い氷の影へ身を隠すと同時、火球はその大きさとは裏腹に凄まじい速度で着弾、爆炎が広がり、圧倒的な熱が視界を奪う。氷が蒸発していく音が耳に響き、厚い霧が広がるのを感じた。


「どぁっつ⁉ あち、あちちちちちち! ……くっそ、でたらめな攻撃しやがって」


 余波によるダメージが発生。しかし、それよりも、ここからどうするべきかの方が重要だ。霧に紛れて思考する。すると突然、後方から猛々しい嘶きが響いた。驚き振り向くと、強い風が流れてくる。一部分だけが払われた霧、そこでは、二匹の巨竜が宙空に佇んでいた。


「魔神竜と財抱竜、ルーナの使い魔か」


 一匹が空中に魔法陣を敷き、一匹が剣や斧、槍を周囲に展開する。それに気を取られていると、頭上で耳障りな羽音が響く。ベルゼブブ。ヤツの目は既に俺を見ておらず、二匹の竜を見据えている。四枚の翅が紫色の光を帯び、そこから鱗粉の様に光の粉が漏れ出していく。


 先に仕掛けたのは竜だ。魔法の光と兵器の刃が一斉にベルゼブブへと掃射される。瞬きの内に迫る幾百の閃光、だが、その一切は防がれた。翅から漏れ出した紫光が生きているかのように動き出し、盾へと形を成したのだ。次々に弾かれる攻撃、それらが辺りへと飛び散る。


「うぉうっと! おう、おーおおおお! アイツめ、俺がここにいるって分かってんのか⁉」


 濃霧の中、雨の如く降り注ぐ光や槍が、壁や床を抉りながら俺にまで迫ってくる。あたふたと走り回っていると、どこからともなくアイツの声が聞こえてきた。


「サル、飛び乗りなさい!」


 嘶きと共に霧を吹き飛ばし、床すれすれを滑空して接近してくる黒竜、その背にはルーナが乗っている。黒竜が傍を差し掛かる瞬間を見計らい、華麗に飛び乗る。途端、黒竜は急速に舞い上がり、ベルゼブブ後方の上空で滞空する。一方、ドラゴン二匹は攻撃の勢いを緩めることなく、しかし、ベルゼブブはその全てを難なく防ぎ続ける。


「……あれだけの猛攻が通じてない。となると、真正面からじゃ駄目ってことか?」

「もしくは、単純に火力が足りていないってことでしょうね。けど、部屋の広さからして、これ以上使い魔を増やすとこっちが戦いにくいし……」

「ああ、どうするか――と、どうやら、あんまり悩んでいる時間もなさそうだぜ」


 二匹の攻撃を防いでいる間にも増加を続けた王の燐光が、盾を維持しつつ矛を形成する。次の瞬間だった。しなるように伸びた紫光の刃が、ドラゴン二匹を一撃で切り裂いた。


「……なるほどね。時間が経てば経つほど不利になるってわけ――って、サル⁉」


 忌々し気に呟くルーナを余所に、俺は行動を起こしていた。ベルゼブブの頭部目掛けて黒竜から飛び降りたのだ。体重を乗せ、勢いのままに長剣を突き立てる。――が、届かなかった。


「ち、大した反応速度だな」


 溢れる燐光によって、すんでの所で防がれたのだ。しかし、悪態をついている暇もない。既に光は刃となって牙をむいているのだ。先の当てもなく、すぐさま飛び降りる――。


「……ナイスキャッチ。ありがとよ、るな太郎」

「太郎じゃない! アンタねえ、やるんならキッチリ仕留めなさいよ! この無能!」


 飛び降りた俺を即座にカバーしてくれたルーナだが、今にも噛み付いてきそうな勢いだ。


「はいはい、ソーリーソーリー。でも、今は怒るよりも、アレから逃げることに集中してくれ」


 燐光が、激しい津波となり迫り来る。盾を形作っていた分も攻撃に回されたことで、その猛威は竜を襲った時の比ではない。縦横無尽、こちらも戦場を所狭しと飛び回り、逃げ続ける。だが、増加し続ける燐光は、やがて空間全てを覆い始める。上も下も、右も左も燐光だらけだ。


「――あ、そういや、倒れてるアイツら大丈夫かな。死なないといいけど」

「人のこと心配してる場合⁉ 今、殺されそうなのは私たちの方――だっての!」


 叫びながら、ルーナが新たな使い魔を召喚する。呼び出された存在は守護竜、現れると同時に魔防壁を完全展開。激しい衝突が続くが、何とか燐光を押し止める。


「ち、守護竜が反射できる攻撃レベルを越えてるわ。これが破られたら、いよいよ不味いわね」

「決壊まで時間もなさそうだしな。だが、どうするよ? 悪いが俺に手はないぞ」


 もしかしたら、それはルーナも同じかもしれない。せめて、他の二つの武器が手元にあればまだ何とかなったんだが。そんな、何の意味もないことを考えていると、ルーナが答えた。


「アンタと一緒にするんじゃないわよ。……勝つ方法くらい、いくらでもある!」


 強気な姿勢をどこまでも崩さず、言い放った。ま、そうでないとコイツじゃない。


「そうか。なら、戦いはお前に任せて、俺は観戦でもしていようかな?」


 自然と顔がほころぶのを感じながら問いかけると、ルーナが顔をそむけて答える。


「……それでもいいけど、今回はアンタを働かせてあげるわ。感謝しなさい」


 ふ、素直に協力してくれと言えばいいものを。思いっきり笑顔を向けてやると、渋い顔をして睨んできた。ククク、勝った。が、いつまでも遊んではいられない。魔防壁がひび割れ、ついに崩壊し始めたのだ。守護竜が吠え、力を尽くして粘るが、もう猶予がないのは明らかだ。


「サル、もう一度だけ、アイツに近づくチャンスをあげるわ。それで何とかしなさい」


 少しずつ砕けていく防壁を見つめながら、ルーナは俺に言った。


「一度、か……。ま、どの道、長剣の耐久値も限界だしな。――分かった。任せておけ!」


 強く言い切ると、一瞬、ルーナが微笑んだような気がした。けど、きっと、気のせいだな。


「それじゃ、この子を貸してあげる。上手く乗りこなしなさいよ」


 そう言って、ルーナは黒竜の背後に不死鳥を召喚した。意図を探る間もなく、ただ飛び移る。


「突破されるわ!」


 そして、防壁が破られた。瞬間、分厚い燐光の壁が一気に押し寄せてくる。守護竜は一瞬のうちに蒸発、だが、ルーナは狼狽えることなく、魔法印が刻まれた右手を突き出す。


「邪魔ァ!」


 四つ目のフォース、放たれるは白銀の閃光。王の燐光と衝突するかに思われたそれが、あろうことか、燐光を巻き込み魔力の渦と化す。紫光の壁の中に生まれた、荒れ狂う白銀のトルネード。それが、玉座へと続くただ一筋の道となる。


「サル、今よ! 行きなさい!」


 言われずともだ。ルーナが切り開いた道を不死鳥と共に突き抜ける。


「いい加減、ミスるわけにはいかねえんだ。もう少しだけ、もってくれよ」


 アーツ5、開放。白銀の渦の中、黄金色の光の粒が舞う。一足先に白銀がベルゼブブへと到達し、暴力的な魔力の奔流が巻き起こる。それに晒されながらも、不死鳥は揺らぐことなく突き進む。そして、接敵。視界は閃光に包まれている。爆裂音のせいで耳は聞こえず、鼻なんてとっくに使い物にならない。だが、それでも、ようやく届いた。


 ――黄金の光を纏った剣は、王の貌を突き刺した。


「……まだ、終わりじゃないぜ」


 アーツ4、解放。纏った光を放出すると同時に、数多の剣影を複製。影は実体となり、幾百の剣が蠅の王を串刺しにする。――だが、まだ届いていないだろう。致命傷には。


「分かってる。任せろって言ったんだからな。ちゃんと、終わらせるさ。――ラストォ!」


 力を失い、跡形もなく砕けた剣を握りしめ、叫ぶ。不死鳥の背を蹴り飛ばし、空中に身を放り出す。それは、不死鳥への攻撃の合図。聖なる炎を司り、永遠を生きる存在が放つ業。紅蓮の業火に身を焦がし、自らをあらゆる障害を撃ち貫く必殺の一矢とする。


 ――ゆっくりと、俺の体が落ちていく。だが、それを忘れて見惚れてしまう。それほどに、宙を舞う炎の化身の姿は美しく、神々しい。


 ――不死鳥が嘶く、燃え盛る炎に身を包みながら。そして、羽ばたく。貫く、敵を。焼き尽くす、邪悪を。彼の一撃は、間違いなく、悪魔の王を葬り去った――。


「……ナイスキャッチ、二度目」


 宙に放り出されていた俺の体は、床に激突することなく、黒竜の背に拾われた。


「世話焼かせるんじゃないわよ! って、言いたいところだけど……。まあ、今回は言わないでおいてあげるわ。アンタも、それなりに働いてくれたわけだしね」


 今、ルーナがどんな表情をしているのか。後ろからでは確認できないが、きっと、不機嫌な表情はしていないだろう。弾んだ口調が、それを教えてくれているようだった。


「まったく、どこまでも口の減らない女だ」


 しかし、なにはともあれ、これで一件落着だ。剣は駄目になったが、それはまた直せばいい。あとは、倒れてる二人を起こして、肝心の財宝をいただいて、引き上げるだけだ。


「どれだけの金になるかは分からんが、まあ、あんなにあるんだ。五人で割っても十分……」


 頭の中で金勘定をしながら、ウキウキ気分でお宝に目を向けてみた。同時に、目を疑った。崩壊するベルゼブブ。その内から噴き出した体液が、余すことなく財宝に降り注ぎ――


「う、嘘だろォォォォォォォッ⁉」

「……はあ。まさに、骨折り損のくたびれもうけね」


 山のような金銀財宝、その全てが、雪の様に解け出していた。


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