Q.「こらぁ、ニンジンも食べろ!」ー「おかあさん、大目に見て?」「お、おねえちゃんの言う通りです」
「――で、これを上ればいいわけだな」
神殿の足元へとたどり着き、これから上るべき階段を目の当たりにして、俺が最初に思ったこと。――長い。な・が・い。見た感じ、軽く三千段はある。
「うへぇ~、マジでこれ歩いて上んの? 今、心を打ちのめされてダウナー状態なのに……」
イナコーが愚痴をこぼすが、他の二人は平然とした顔をしている。
「ま、これ上らないと、リゼちゃんへのプレゼントを買う軍資金が手に入らないわけだしね」
昌明が先陣を切る。一気に駆け出し、祭壇へとまっしぐらに登って行く。
「……まさにイヌね。よくもまあ、こんな長い階段をまともに上ろうなんて思えるもんだわ」
「なんだ、裏技でもあんのか? だったら、教えてくれてもいいぜ?」
俺の言葉を自然にスルーし、銀髪は左手を掲げた。
「あ、お前、まさか――」
予想通り、空間がひび割れ、そこから一匹の狼が現れる。
「私はこの子に乗っていくけど、アンタらも早くね。あんまり待たすんじゃないわよ」
それだけ言うと、一人だけ使い魔に乗って上りはじめた。
「はあ、仕方ない。とりあえず、俺たちも上るか、イナコー」
項垂れしゃがみこんでいるイナコーに目を向ける。
「――なあ、ハル」
「なんだ?」
イナコーは俯いていた顔を上げた。そして、子犬のような目を向けて、言った。
「おんぶしてくれない?」
「お・ま・え・は、腐れ銀髪女より先に八つ裂きにされてえってのか! ああん⁉」
「だぁーッ! 冗談冗談! 自分で上るって!」
胴体を持ち上げて全力で振り回してやると、目を回して観念した。さ、早く上ろう。
実際に上り始めて気付いたが、階段はかなりしっかりしている。遠目から見ていた時には、あちこちガタがきていて上っているうちに崩れるかもしれないと思ったが、そうはならなそうだ。しかし、本当は神秘的とか歴史がありそうと言うべきなのかもしれないが、瓦礫だらけの周りや空間の薄暗さと相まって、正直、神殿と言うよりただの廃墟と表現した方が相応しく感じる。もしくは、魔物や山賊の住処といったところか。
「ほら、イナコー。もう少しだから頑張れよ」
三分の二ほどを超えた辺りでヘタり出したイナコーに声を掛ける。
「あー、足が、もう、動きたくないと言ってる」
情けないことを言って俯いているが、一応階段は上り続けている。
下を見れば既に底は暗く、上を見れば遥か遠くに感じていた頂上がもうすぐそこにある。自然と少し駆け足気味になり、息を切らしながら二段三段と階段を飛ばしてぐんぐん上って行く。すると、先に登頂していた二人の下へとようやくたどり着いた。
「だぁー! やっと、着いたぁー!」
床に身を投げ出し、労苦から解放された喜びの叫びを上げる。
「おつかれ~」
足を伸ばして床に座り込んでいる昌明が、顔だけを俺に向けて労う。
「おう、お前もな」
そう返す俺の隣に、遅れて到着したイナコーが顔面から倒れこむ。
「あー、あー、もう、疲れた」
床に顔を埋めながら、ゾンビのように呻くイナコー。
そんな風に入口にたどり着くだけで疲れている俺たちを、唯一自分の足で上らなかったヤツが呆れた様に仁王立ちで見下ろしている。
「だらしないわね。下僕の分際で遅れた上に休憩なんて」
無感情かつ相変わらずの尊大な口ぶり。だがそれに対する反撃の材料を、俺は見てしまった。
「……ふ、白か。口の割にはずいぶん幼いパン――へぶっ⁉」
言い切る前に顔面を踏みつぶされてしまった。地味にHPも減ってる。
「見物料よ。今日は特別に安くしておいてあげる」
そう言って、ぐりぐりと靴を動かして顔面への攻撃を続けてくる。その間も、スカートからすらりと伸びた白い脚と太腿、その奥に潜む白い布がチラチラと見え隠れしている。こんな状態での顔面踏みつけは、人によっては喜びを見出せるのだろう。しかし、俺には無理だ。
「ざっけんなよ、このクソ女! なんで、お前の汚いパンツを見たくらいで顔を踏みつけられなきゃならねえんだ! むしろ精神的苦痛に対する損害賠償を請求したいわッ!」
飛び起き、ゼロ距離から見下ろして叫ぶ。しかし、銀髪は冷めた目をしてさらっと流した。
「うるさいわよ、このヘンタイザル。起きたなら早く来なさい」
そう言うと、祭壇の中央へと向かって歩いていく。改めて周りを見ると、頂上の面積は広く、何を意味しているのか分からない柱が多数ある。それ以外に目立つものと言えば、やはり祭壇の中央に目が行く。四つの柱によって支えられた天井の下にあるそれは、大きな棺のようだ。更にその後ろには、ラテン語っぽい言語で文字が刻まれた石碑がある。しかし、当然読めん。
「ま、何かしら意味はあるんだろうがな。さて、と。二人とも行くぞ」
声を掛けると、昌明とイナコーが順々に立ち上がる。
「はいよ、休憩は終わりってことね。オーケーオーケー」
「よーやっと本番か。いい加減、そろそろやる気出さないとな」
気合いを入れ直した様子の二人と共に、銀髪の立つ中央祭壇へと足を運ぶ。
「ここから、中に入れるわ」
銀髪がこれといった装飾の無い棺を開き、内へと続く階段を見せる。中は灯り一つなく、薄気味悪い空気が漂っている。しかし、この中にこそ目的の物がある。いよいよだ。長かったような、短かったような。けど、それももうすぐ終わりかと思うと少し名残惜しいな……。
「…………? おい、なんで入らない?」
棺を開いておいて、何故かぼうっと突っ立ったままの銀髪。
「アンタ、先頭行きなさいよ」
「は、なんで? お前、どうせここも来たことあるんだろ。だったら――」
「中は基本的に一本道よ。細かく分岐もしてるけど、一番大きな道に沿って進めば迷うことはないわ。だからほら、行きなさい。先導するの面倒くさいんだから」
顎で入口の方を示して急かしてくる。迷う必要がないなら別に構わないが、その態度は何だ。
反感は覚えたものの、俺も先を急ぐので言われるままに階段に足を踏み入れる。途端、左右に炎が広がる。暗くて見えなかったが、どうやら中に設置されていた燭台の蝋燭に火が灯ったらしい。これで、灯りの心配はいらないわけだ。
「次、イヌとキジね」
「「イエス、サー!」」
調子よく返事をした二人が俺に続き、殿を銀髪が務める形になる。階段の幅は人が二、三人通れるかどうかという広さで、床や壁面に水気はなく、傾斜はかなり急だ。加えて、階段の終わりは見えず、途方もなく続いているように見える。エネミーの出現を警戒して慎重に歩を進めるが、しばらく経っても俺達の乾いた靴音以外には何の音もしない。
「面倒だな。走って下りるか」
後ろの三人に聞こえるように呟く。振り向いてみると、昌明とイナコーは「任せる」というジェスチャーをし、銀髪は沈黙している。よし、全員異論はないようだ。
弾かれたように前傾姿勢で一気に駆け下りる。勢いが増してくると、「下りる」よりも「落ちる」と言った方が正しい体勢と速力へと変わっていく。その状態で、どれほど走っただろうか。ようやく、蝋燭の先に階段の終わりを見る。
流れるように着地すると、四方が開け、広い礼拝堂のような光景が視界に入ってきた。二列に分けてずらりと並べられた木製の長椅子、左右それぞれに大きな柱の列が等間隔で奥まで続いており、柱の数に比例するかのように扉が設置されている。天井に蝋燭の灯が揺らめく五つのシャンデリアがあるため、室内は明るい。
「かなり広いな。……ま、関係ないか。それで、どの扉が正解なんだ?」
手当たり次第に調べるにはやや多い左右の扉を見回してから、最後尾にいる銀髪に問いかける。しかし返事はなく、ヤツはメッセージウィンドウを開いて鼻歌を歌っている。
「おいこらドチビ。どの扉が宝まで続いてるのかって聞いてんだよ」
再度尋ねると、銀髪は一瞬だけ視線を上げて面倒くさそうな顔を見せる。
「うっさいわね、正面よ正面。一番奥の階段上った所にも、大きな扉があんでしょうが」
そう言って奥を指差すと、すぐにウィンドウに視線を戻した。恐らくは、ネイと連絡でも取っているのだろう。まあ、行先さえ聞ければ俺の方にも用は無いので、周囲を警戒する昌明とイナコーを連れて一直線に奥へと進む。空間は静寂に満ちており、ここでもエネミーが出てくる気配はない。
それどころか、教会や聖堂に似た厳かな重みある雰囲気を感じる。いや、実際にここはそういった類の場所なのだろう。
「と言っても、祀ってるものは碌なもんじゃなさそうだが」
長椅子の列の終わり、その先には左右正面の三方からつながる階段があるが、階段の手前に置かれた等身大の銅像の所で俺達は立ち止まる。
「たしか、バフォメットだっけ? よく悪魔崇拝に使われる偶像だね」
昌明がハルバードで黒山羊の頭をつつきながら話す。俺もつられて、長剣で翼の部分をガンガン叩いてみた。何か仕掛けがあるなら反応しそうなものだが、何も起こらない。念のために、今度は股間を切り落としてみる。
……反応がない、やはりただの銅像のようだ。
「なにやってんだよ。壊したいんなら俺が二、三発ぶっ放そうか?」
「いや、もう飽きた。先を行こう」
銃を構えるイナコーを制し、階段、それを上った先にある大扉へと向かう。階段には赤い絨毯が敷かれているが、埃が積もっていたり、何かのシミがついていたりと、管理がまるでなっていない。特に、大扉の前は酷いもので、何かを思いっきりブチまけたようなシミがある。それを踏みつけ、扉の取っ手に手を掛ける。
「……よし、鍵はかかってないみたいだ。行くか」
前方を見据え、取っ手に掛けた両手をそのまま引く。すると、扉がゆっくりと開き始める。
「ま、鍵がかかっていたところで壊すんだけ――ハルッ! イナコー!」
不意を衝かれたような、昌明の突然の叫び。それとほぼ同時に銃声が響く。振り向こうとして扉から手を離すと、突然、扉が勢いよく向こう側から押し開かれた。
「――ッ! なんだ⁉」
濁流のように流れ込んでくる大量の黒い物体、同時に聞こえてくる耳障りな羽音。目の前のそれらに視界を覆われた瞬間、左脇腹に衝撃が走った。
「がはッ⁉」
そのまま吹き飛ばされ床に転されるが、即座に視線を上げる。すると、俺が立っていた場所に炎が上がっており、加えて、扉から流れ込む昆虫型のエネミーと、ハルバードの柄の部分を俺の方に突き出した昌明が視界に入る。それだけじゃない。更に視線を走らせると、空中に向かって走り回りながら銃撃するイナコーの姿が目に映った。
――見えない敵、最初はそう思った。だが、実際はそうではない。ソイツは、凄まじいスピードで、瞬間移動とさえ思える速度でイナコーの銃弾を躱している。また、ソイツが反撃として放つ火球の速度も尋常ではなく、イナコーは薄皮一枚でなんとか回避している。その攻防の合間に見えるソイツの姿に、俺は見覚えがあった。
頭は角の生えた黒山羊で、カラスのような黒い翼を持ち、上半身は人間の女、下半身は膝までが人間の男、膝から下は馬の脚を有している。
……そう、その姿はまさしく、先程見た銅像の悪魔、邪教の化身・バフォメットだ。
「ボーっとしてんなよ、ハル! 早く起きろ!」
「分かってる! 今行くっての!」
昌明の呼びかけに応じて飛び起き、同時に目の目に迫る虫共へと剣を走らせる。緑色の体液をまき散らしながら四散していくそれらの中を駆け抜け、昌明の背後に降り立つ。
「やっと来たか。ハル、さっきのは貸しにしとくからな」
ハルバードを豪快に振り回して虫を蹴散らす昌明が、肩越しに笑顔を見せる。
「バカ言うなよ。リゼの好感度上げるの手伝ってやったろ」
俺も負けじと、襲い掛かってくる虫を素早く捌きながら笑ってみせる。そこに、辺りを駆けまわっていたイナコーが息を切らして戻って来た。
「よう、苦戦してるみたいだな、イナコー。手伝ってやろうか?」
茶化すように問うと、イナコーは一つ深呼吸をして口を開いた。
「あの山羊、まともに撃っても弾丸が当たらない。何か工夫が要りそうだ」
空中に座り込むようにして俺たちを見下ろすバフォメットに視線を向け、冷静に分析する。剣を左手右手に持ち替えながら振り回しつつ、俺もヤツに、そして例の銅像に目を向けた。
「なあ二人とも。さっきの銅像が――」
「消えてるって言うんだろ? 知ってる。お前が、扉を開けようとした時に、アレに変わった!」
割って入ったのは昌明だ。虫を薙ぎ払いつつ、背を向けたまま叫ぶ。
「そうか。なら、これは知ってるか? 銅像の時に俺がぶった切った部分がそのままになってる。こんなことなら、イナコーの言う通り粉々にしておけばよかったな」
ただの銅像だと判断したのは間違いだったということだが、まあ、倒してしまえば結局は同じことだ。ただ、銅像を壊すよりは少しだけ骨が折れそうなのが難点だが。
「ところでイナコー、銀髪女の姿が見えないのは俺の気のせいか?」
「奇遇だな、俺にも見えない。だけど、今はそれより――」
バフォメットが予備動作無しで火球を放つ。一発ではなく、散弾銃を放つように俺たちの足場一帯を強襲する。俺とイナコーは昌明の肩を掴み、そのまま後方――大扉の向こう側――へと、膨大な虫の群れを押しのけて跳躍する。
下り階段を勢いのまま飛び越えて平坦な通路へと着地、視線を上げると、着弾した多量の火球が絨毯を焼いて燃え上がっている。また、燃えているのは絨毯だけではなく、辺りに群がっていた無数の虫も音を立てて灰となっていく。
「目障りなのが大分減ったな。さて、こっからどうするか、って昌明、お前何やってんだ?」
俺とイナコーの足元で何故かうつ伏せになっている昌明。
「……あのな、跳ぶなら跳ぶって言えよ! 思いっきり、すっ転んだじゃねえか!」
飛び起き、叫び、青筋立てて鼻息荒く、拳をわなわなと震わせている。
「なんだ、そんなことか。仕方ないだろ。言ってから避けてたら、今頃は真っ黒焦げだ」
俺に近づいて来る暑苦しい顔を片手で押さえ、言い聞かせる。
「それより、攻撃を当てる方法を考えないとな。やっぱり、素早さをいかに封じるかが――」
と言いかけて、俺は一つの事実に気づいた。それも、物事を根本から揺るがす重大事実だ。
「よく考えたら、あの山羊を倒す必要はないな。この通路を先に進めば宝はあるんだ」
蝋燭に照らされた一本道の先、俺達の目的はそこにある。あのオスだかメスだかも分からん家畜の相手を無理にしてやる義理などない。ふ、やはり天才。天才的な閃きだ。
「ナイスなアイディアだな。……ただ、相手さんの方はそれを許す気はなさそうだぜ」
イナコーの溜息混じりの声に振り向く。そこには、俺たちを追って扉を超えて来たバフォメットの姿があった。加えて、示し合わせたかのように、通路の奥から虫の羽音や何かが床を這う音が迫ってきている。
俺たちがそれに気づくと、ヤツはいやらしい笑みを浮かべるとともに、何かの呪文を唱え始めた。すると、詠唱に呼応して大扉がひとりでに閉じられ、ガチャリという鍵の閉まるような音が通路に大きく響いた。
「な? 黒山羊さんたら、やる気満々だろ?」
イナコーが困ったように笑い、俺と昌明も苦笑する。――クソ悪魔が。なめやがって。
「馬鹿が。せっかく、見逃してやろうと思ったのによ」
剣を構え直し、低い声で呟きながらバフォメットを見上げる。
「全くだ。退路が無くなって困るのはどっちか、身をもって教えてやろうじゃないか」
昌明もまたハルバードを構え直し、俺の隣に立つ。
「先行する。サポートは任せたぞ。――アーツ5、解放」
金色の光の粒が、床から昇り立つように発生する。その一部を剣に纏わせ、一気に標的へと駆ける。階段を駆け上がり、跳躍。バフォメットに向かって剣を振り下ろす――が、躱される。しかし、それは想定内。ヤツの移動先は当然、背後にしかない。
「オッラァァァ! 死にっ、さらせぇぇぇぇっ!」
確認することなく、振り向きざまに黄金のエネルギーを放出する。通路一帯を埋め尽くす逃げ場のない光線、味方すらも巻き込みかねない大爆発が起きる。――これで倒した。などとは最初から思っていない。だから、後ろの雑魚どもが消し飛んでいく中、ヤツだけがバリアを展開して己が身を包み光線を防いだことに、驚きはなかった。
「ま、もう終わるってことに変わりはないんだけどな」
バフォメットの背後で、二丁の拳銃が火を噴いた。それは、バリアを撃ち砕く特殊銃撃。欠片残さず吹き飛ぶ防壁、驚き振り向こうとするバフォメット、だが、その動きは止まる。
「くたばれ、クソ山羊」
ヤツの前面で闘気を纏い回転するハルバード、それが十字の軌跡を描き、裂いた。悲鳴を上げる間もなく、バフォメットの体が千切れ飛ぶ。
四散した肉塊は光の粒となり、ゆったりと空気中をさまよった後、音もなく消失した――。




