年頃の女の子の接し方は難しいですよね
「ねえ、私、港に帰りたいんだけど。寂しがってるネイを放っておけないんだけど」
戦いが終わった俺たちは、真の目的地である海底神殿へと向かい始めていた。戦いに夢中で忘れていたが、有難いことに船は沈まずにすんでいたようだ。レヴィアタンを倒せても、海底神殿に行けないんじゃ何をしてるか分からないからな。
「皆様、本当ニオ疲レ様デシタ。デハ、神殿ニ到着スルマデノ間、御歓談ヲオ楽シミ下サイ」
艦内放送の後、球状の魔防壁を展開した船が海中での航行を開始する。透き通った水が光を反射し、幻想的な風景を現出している。
「ねえ、帰りたいって言ってるんだけど」
魚の姿はあまり見かけないが、代わりに大量の鮫の群れが回遊しており、ちょっと怖い。ただ、その現実では目にしたことのない光景に、自然と心は弾んだ。だが、船の速度が速いせいか、あっという間に深度が増していき、光が薄くなる。それにつれて、生物の姿そのものを見かけることがなくなり、舷灯が示す行先を見つめる以外には何もすることが無くなってしまう。
「おい、サル。私の話を聞いているのか」
「聞いてない」
さっきから不愛想に「帰りたい」を連呼している銀髪、俺としては帰ってもらって結構なのだが、召喚印が絶賛クールタイム中なために、こいつを帰そうと思ったら船ごと港まで行かなければならない。そんな面倒なことはできないので渋々残らせた。
「……サル、アンタは誰のおかげであのクソ蛇を倒せたのか分かってるの? 私でしょ? この、ワ・タ・シ! なのに、その態度はどういうことなわけ?」
「はあ? なんだ、俺に礼でも言って欲しいのか? ――ったく、しょうがないな。よくやったぞ、るな太郎。ほめてあげよう。ご褒美は、ヒマワリの種でいいのかな?」
「ぶっ殺すわよ、このサル! この場で海の藻屑になりたいわけ⁉ 私はさっさと港に引き返せっつってんのよ!」
欄干に寄り掛かる俺のそばで、うるさく喚くるな太郎。海底に進むことは多数決で決まったことなのに、コイツは決まった直後から俺だけに文句を言い続けている。ちなみに、多数決にはメッセージを利用してネイも参加しており、海底神殿行きは四対一での決定だ。
「まあまあ、ルーナちゃん落ち着いて。どの道、海底神殿をクリアしたら帰るんだからさ。それにほら、ネイちゃんとはメッセージでやり取りできるんだし、さっきのやつには楽しんで来てって書いてあったんでしょ?」
るな太郎の相手に疲れていると、離れた所で昌明と会話していたイナコーが来てくれた。
「はあ? 楽しんで来てって書いてあっても、本当は寂しいに決まってんでしょ! そんなことも分からないなんて、流石はトリ頭ね。その小さな脳みそ、どこかで鍛え直してきたら?」
その言葉で、イナコーは一発撃沈。メンタルが弱いヤツだな。
ま、正直言うと、さっきレアイテムの一つでも手に入っていれば引き返しても良かったんだが、残念なことにあの海蛇からは何もドロップしなかった。つまり、ここまで来ておいて、俺はまだ何の収穫もないわけだ。そんな状況で帰るわけにはいかねえ。
「あ、じゃあこうしましょう。サルと私が戦って勝った方の意見を通すの。そうよ、最初からそうすればよかったんだわ!」
唐突に訳の分からないことを、さも名案であるかのように言い出すアホな女。
「お前な、もうここまで来たんだから諦めろよ」
「はあ? 諦められるわけないでしょ。大体、なんでネイがいないのに私がアンタらむさ苦しい男どもに我慢して付き合っておまけに探索済みのダンジョンまで行かなきゃいけないのよ! 有り得ないわ、理不尽だわ、陰謀としか思えないわ!」
誰のだよ。レヴィアタンを一人で倒したことに対して一応の敬意を表し、最低限度は友好的に接してやろうと思ったのに、無駄な心遣いだったか。そうか、よし分かった。
「やっぱり、お前はぶちのめさなきゃならんようだな」
「なに、やる気になったわけ? なら、早速始めましょうか!」
言い終わると同時に互いに臨戦態勢に入る、が、なぜかルーナはすぐにそれを解いた。
「おい、なんだ。どうした?」
「うるさいわね、ちょっと待ちなさい。ネイからメッセージが入ったわ」
その後、言われるがままに待つこと数十秒。どうやら、何通かやり取りをしているようだ。
「……おい、長いぞ。まだか」
問いかけるが無視。もう一度問いかけようとしたとき、銀髪が口を開いた。
「……はあ。仕方ないわね。気は乗らないけど、最後まで付き合ってあげるわよ」
「は?」
「『は?』じゃないわよ。最後まで付き合ってあげるって言ったのよ。感謝しなさい」
いきなり言うことが変わった銀髪。ついに頭がおかしくなったか。可哀想に。
「それじゃ、着くまで中で休んでるから。……まったく、ネイも物好きなんだから」
何だかぼそぼそと呟きながら、一人で船室へと消えていった。
「なんだったんだ、一体……」
「ネイちゃんに、なんか言われたんでしょ。協力しろとかなんとか。けどまあ、良かったじゃないの。ルーナちゃんと戦わずに済んでさ。遠くから見ててヒヤヒヤしたぞ」
銀髪が行った途端、今まで傍観していた昌明が陽気に話しかけてきた。
「昌明、それはどういう意味だ? まさかアイツと戦えば、俺が負けると言いたいのか?」
「まさかもなにも、実際に戦ったらそうなると思うよ? さっきの戦い、マジで半端ない強さだったじゃん。本当のSランク武具を扱うプレイヤーの実力、いやー、感動的な強さだったなあ。この分なら、財宝も楽勝でゲットできそうで何よりだよな! 待ってて―、リゼちゃん!」
相変わらず、正直にものをいうヤツだ。だが確かに、一部同意できる点はあるか。
「まあ実際、俺達だけだったら、制海権を握られた時点で苦戦は必至だったろうな」
「いや、どうせ認めるなら、戦っても勝てないってことの方を認めろよ」
それは無理。さて、俺も到着まで適当にくつろいでおくか。……と、思っていたら、航行を始めてから十分そこいらで、もうそれらしい建造物が見えてくる。
それほど深い場所にあるわけでもないのかと疑問を抱いたが、気づけば辺りは完全に真っ暗だ。日の光が届く有光層などとうに過ぎ去ったようで、見えるのは船灯の光が届く範囲だけだ。そして、そのわずかな光に照らされたそれが、徐々に全貌を露わにする。頂上に祭壇を有する、ピラミッド型の巨大神殿。
――そう、海底神殿だ。
「意外と早かったなー。じゃ、ちゃちゃっと財宝かっぱらって帰るか。おーい、チビロボ、降ろしてくれ! イナコー、お前はいつまで落ち込んでるんだ。さっさと起きろ」
寝転がっているイナコーを足でつついてやる。すると、重い動きで体を起こした。
「うーい。トリ頭はちゃんと起きてますよ~」
まだ引きずってる。まったく、女に冷たくされ慣れてない奴はこれだから。
「ハイハイ、少シオ待チヲ。神殿カラ間近ナ位置デナイト大気ガ発生シマセンノデ」
艦内放送が響く。そういや、酸素ボンベも無しにどうやって海底を探索するのかと思っていたが、空気が発生する仕組みがあるのか。親切なことだ、素晴らしい。
「……なに、もう着いたの? はっ、面倒だわ。つまらないわ。興が乗らないわ」
続いて、かったるそうな様子で銀髪が船室から出てきた。
「なんだ、呼ばなくても来たのか。殊勝な心掛けだな、ご苦労ご苦労」
俺が労ってやると、銀髪は眉を顰めて溜め息をついた。更にふるふると頭を横に振り、やれやれとばかりに両手を挙げた。なんだこいつ、ムカつく。
「ハイ、皆様降リテ頂イテ結構デスヨ。地ニ足ヲ着ケレバ、灯リト空気ガ発生スルハズデス」
チビロボに促され、俺達は思い思いに船を降りる。リゼへの贈り物を指折り数える昌明と、未だにトリ頭と言われたことを気にしているイナコー、そして、間の抜けた顔の銀髪だ。
「――デハ皆様、行ッテラッシャイマセ。無事ノオ帰リヲオ待チシテオリマス」
チビロボをその場に残し、薄明かりの中に佇む巨大な神殿へと目を向ける。……でかい、のはいいんだが、入り口が一体どこにあるのか分からんのが困るな。
「頂上の祭壇から中に入れるわ」
唐突に、銀髪が後ろから言ってきた。
「……お前、俺の心を読んだのか?」
「単純極まるアンタの頭で考えられることなんて、それくらいしかないでしょ」
コイツっ! ――いや、今は他にすることがある。神殿の中央にある石造りの階段、それを上り切ったところに見える祭壇、それが入口ということらしい。早速向かうとしよう。
神殿に向かう途中、周りには特に見るべきものは無く、元は何かも分からない瓦礫が山積している。また、魔物を含め、生物の気配も感じられず、俺たちの足音だけが重く響いている。
「なんか、思ったより陰気臭い場所だな。神殿って言うから、俺はもっとキラキラした荘厳な感じのを想像してたんだけど、雰囲気も建物自体もボロっちいな」
歩きながら、昌明が率直な感想をこぼす。昌明の神殿のイメージは不明だが、ここがボロくて陰気臭いという点には同意だ。神殿が発している青白く薄い光が瓦礫の道を照らしているが、いかんせん光量が少なすぎて神殿から離れた場所を探索することはできそうにない。
とはいえ、周囲に他の建築物は見当たらないため、元より神殿以外に行く先などないわけだ。上を見上げたところで海上は見えず、まるで星のない夜空を見ている気分だ。
何か気にすることと言ったら、まあせいぜい躓かないように精々慎重に足を踏み出すことくらいかな。




