ボス戦つづきぃです
「な、ん、だァッ⁉」
逆巻く波が船体を揺らす中、俺の目が捉えたソイツの姿は、巨大な海蛇か若しくは翼を持たない竜とでも表現するのが一番近い。見るからに頑強そうな鱗に覆われた胴体があちこちで海を割り、大渦を作り出していく。顔を拝んでやろうと思い忙しく首を動かしていると、腹の底に響く重低音が遥か頭上から降って来た。雲にさえ届きそうな高さから俺達を睥睨するソイツの相貌は、凶暴で残酷で冷酷で、見る者を畏怖させるに十分過ぎる程の悪辣さを備えている。
「ちっ、おい、お前がさっき言おうとしてたのは――」
言いかけてやめた。傍らにいたはずの銀髪チビの姿が無かったからだ。ざっと視線をさまよわせると、いつの間にか昌明たち三人と共に、左舷前方の欄干間際に移動していた。
「キャー! 見て見て、ルーナちゃん! レヴィアタンだよ⁉ すっごい迫力だね!」
「はいはい、分かってるから少し落ち着いて。もう、ネイは本当に無邪気なんだから」
しかも、さっきまでと打って変わって気色悪い満面の笑みを浮かべ、耳障りな甲高い声でくっちゃべっている。加えて、ヤツの相方はなぜか異常なテンションになっている。そして、さらに付け加えると、残りの二人もやけに楽しそうだ。
「おおー! あれが最強モンスターの一角、レヴィアタン! ミラ枡、写真撮って!」
「おっけー。はい、ピース。撮れたよー。レヴィちゃん、胴体しか映ってないけど」
……なんだ、この現状に全く似合わない雰囲気は。どいつもこいつも観光気分か。雷がドカドカ落ちて、風がビュービュー、雨がザーザー、警告音がビービー、大波で船がぐわんぐわん揺れてる上に、でかい化け物に襲われようとしてるんだぞ。空気読めよ。反応おかしいだろ。
「アア、ココハ何時来テモ嫌ナ天気デスネ。雨ガ冷タイデス」
心の中で叫んでいると、チビロボがいつの間にか隣にいた。
「……チビロボ、お前操縦は?」
「コノ嵐ノ中デハ操縦ハ不可能デス。因ミニ、嵐ハアレヲ倒サナイ限リ治マリマセン。コノ船ハ頑丈デハアリマスガ、可及的速ヤカナ対応ヲオ願イシマス。デハ、失礼シマス」
言いたいことだけ言って戻って行った。要するに、チンタラやってたら船が沈んで、海底神殿に行けなくなるから、さっさと怪物を倒せってことだな。理解した。じゃあ、本気出すか。
――本気を出す。つまり、取りうる手段全てを使って、必ず目的を達成する。……とりあえず、警告音はうるさいな。もう鳴らないようにオフにしておこう。さて――
「おいチビ、いつまでもアホ面さらしてないで、あのデカブツについて教えろ」
「はあ? アンタさっき、私の協力なんて死んでも受けないって言わなかった?」
満面の笑顔が、これ以上ない仏頂面に変わった。まったく、俺が話しかけた途端これだ。
「それを言うなら、お前の方こそ、俺たちへの協力を決めたんじゃなかったのか。それとも、ほんの五分前のことも覚えていられない貧しい頭をお持ちなのかな、ルーナちゃんは?」
「ああん⁉ 殺すぞテメェ!」
「お前が死ねやァ!」
ダメだ。売り言葉に買い言葉で、つい怒りが臨界点を突破してしまった。
「ル、ルーナちゃん、落ち着いて」
「まあまあ、ハルも落ち着けよ」
「もう、二人共さあ、今、喧嘩してどうするんだ――どぅおッ⁉」
船が大きく揺れ、昌明が無様に横転する。他の面子も、踏みとどまるのに必死だ。
「なあ、ハル。真面目な話、ここは協力した方がいいと思う、俺。空も飛べずに、どうやってアレ倒すんだよ。ルーナちゃんなら使い魔やフォース使えるんだろ? 助けてもらおうぜ」
はいはい、分かってますよ。イナコーの言う通り、銀髪があの頃から武器種を変えてないなら、左手に《召喚印》、右手に《魔法印》を刻んでいるはずだ。
召喚印は仲間にしたエネミーを戦闘用の使い魔として召喚でき、魔法印は予めセットしておいたフォース五つをクールタイム制で使用できる。そして恐らく、銀髪は両方とも練度S。味方に引き込んで利用すれば、役に立つのは確かだろう。ここは、俺が頭を下げるべきだろうな。
「おい、銀髪。今すぐ俺のパーティに入れ。で、人数分の使い魔を呼べ。飛べるヤツをな」
「は? アンタね、無礼なのは性根が腐ってるから仕方ないとして、それでも頼み方ってものはあるんじゃない? 目上の人間に対する、た・の・み・か・た・って・モ・ノ・が!」
何言ってるんだ、コイツ。精一杯丁寧に頼んでやったというのに、まだ足りないってか。
「分かったよ。じゃあ、頼む。力を貸してくれ」
頭を五度ほど下げて、誠心誠意頼み込む。すると、俺の熱意がようやく伝わった。
「ふん。ま、それで許してあげるわ。じゃあ早速、アンタらが私たちの軍門に下りなさい」
銀髪が根性の曲がった笑顔で言い放つ。要は、コイツのパーティに加入申請しろってことだ。
「分かった。二人とも、いいな?」
二人が頷く。俺のパーティを解散し、各々、銀髪にパーティ加入申請を出す。
「承認。承認。あ、手が滑ったわ」
「張り倒すぞ、てめえ!」
俺の加入申請だけを却下して、銀髪がわざとらしい笑みを浮かべる。
「仕方ないでしょ? 手が滑ったのよ。ほら、もう一度申請しなさい」
血管の何本かが切れそうになるのを感じながら、再度申請する。
「はい、承認。……でもこうなると、アンタたちにも呼び名が必要ね」
「は? 名前で呼べばいいだろうが」
俺の指摘をスルーして、しばし考えこむ。そして、思いついたかのように口を開いた。
「うん、決めた。鎧は忠犬ぽいからイヌ。顔がマシなのはキジ。残ったアンタは、サルね!」
「ああ⁉ 誰が三匹のおともだ、このクソ女! しかも、俺がサルだと⁉ ナメたことぬかしやがって、上等だよ! だったら、テメェは『るな太郎』とでも名乗るってか、オラァ!」
昌明、イナコー、俺を順々に指さしながら命名した銀髪に、俺も新名をくれてやる。
「はあ⁉ なにそのクソダサい呼び名。有り得ない! アンタ、ネーミングセンス皆無ね!」
「テメェに言われたかねえよ! あれだけ考えといて、動物の名前か⁉ ああ⁉」
「まあまあまあまあ! もう、何でもいいじゃん。このままだと戦う前に船が沈むって」
イナコーが俺を引っ張りながら、半ば呆れたように言う。
「イヌ、イヌか。まあ、警察って意味もあるし、リゼちゃんを護る俺には合ってるかも」
そして何故か気に入った様子の昌明。馬鹿にされてんの分かってるのか。
「みんな! レヴィアタンがこっち向いてるよ? もしかして、危ないんじゃないかな?」
ネイの指摘、目を輝かせ、かなり興奮気味な様子だが、レヴィアタンはそれ以上に憤激していた。無視されたのが気に障ったのか、一度大きく吠えた後、巨体を振り回して大波を起こし始める。揺れる船体、波が何度も何度も覆いかぶさってくる。
「いい加減、遊んでるわけにはいかなそうだな。野郎に、漁夫の利を取らせたくはねえ」
「そうね。その点についてだけは、同意せざるを得ないわ」
ようやく、全員の顔つきが変わる。反撃の初手、るな太郎が左手を掲げ、虚空の彼方より使い魔を招来する。空間がひび割れ、荒々しさと気高さと神々しさと可憐さが入り混じった名状しがたい鳴き声とともに、四つの影が圧倒的な光量を伴って降臨した。巨竜、大精霊、聖天馬、不死鳥。召喚された四体の使い魔は、いずれも其々の種の中において上位に位置する個体だ。これだけの戦力を用意できる点については、やはり流石としか言いようがない。気に入らない。すこぶる気に入らない。全く以て気に入らない。
「なに、ぼけっとしてんのよ? アンタも戦うんでしょ? だったら、さっさと乗りなさいよ」
「分かってる。だが、四体しかいないのは何故だ? 一体足りないだろ」
「アンタ、バカ? 戦闘経験のないネイを一人にさせられるわけないでしょ。ネイは私の後ろに乗せるから、アンタらは適当に好きなのに乗りなさい」
そう言うと、銀髪とネイは二人揃って巨大な黒竜の背に乗り込んだ。
「ほら、ネイ。ちゃんと私にしがみついててね」
「うん、よろしくね。ルーナちゃん」
黒竜。このゲームでその単語は、ただの黒い竜という意味ではない。《熾天の九世竜》と呼ばれる上位のドラゴンたち、その一角を担う存在を指すものだ。生息地が辺境かつ複雑な場所にあるため、訪問を躊躇うプレイヤーも多い。そんなのをわざわざ捕まえるとは、やはり廃人。
「んー、なら俺はやっぱり、風の精霊ちゃんにしようかな。それ以外は性に合わないし」
「俺は当然、天馬をもらう。リゼちゃんにとっての白馬の王子である、この俺がな」
気付けば、バカ二人が好みの使い魔を見つけて駆け寄っていた。必然、残るは一体。
「……はあ。コイツを引き受けるのか」
不死鳥、火の鳥。最も因縁深い使い魔だ。散々追いかけ回されて焼き殺されそうになった。とはいえ、この際だ。飛べれば文句は言うまい。何より、船が嵐に呑まれて転覆する前に、ヤツの息の根を止める必要がある。速攻を仕掛けるより他はない。
「行け、不死鳥! 全速力でな」
強烈な風雨の中、不死鳥が舞い上がる。俺の望む通り、真っ直ぐにヤツの眼前へ突き進む。しっかりと踏ん張らなければ振り落とされそうな勢いで、ひたすらに距離を縮めていく。
「アーツ3、解放!」
射程に捉えた瞬間、長剣を鋼の鞭へと変化させ、そのまま頭を狙って振り払う。――が、俺が鞭を振ろうとした瞬間、天空から雷が、眼下の海から水流の竜巻が高速度で迫って来た。
「おぅわっ⁉ ……あっぶねぇ!」
俺よりも早く危険を察知したのだろう。不死鳥の回避運動のおかげで、際どいながらも双撃を免れる。だが、安心している暇などなかった。今の攻撃を皮切りに、俺を目掛けて次々と雷が降り注ぎ、水流が怒涛の勢いで立ち昇る。
上下前後左右と、宙を高速で舞う不死鳥。その薄皮一枚で躱し続ける回避能力に若干感動しながら、振り落とされないように必死にしがみつく。一瞬が長い。途切れることなき音速の波状攻撃が幾度続いただろうか。突如、その時は訪れた。四方八方を埋め尽くす雷光と水流。瞬きの後、それらに貫かれるだろう。覚悟を余儀なくされ、俺は剣を握りしめた。アーツ1、自身と敵一体の空間転移。窮地を脱するための苦肉の一手を打とうとしたとき、不死鳥が吠える。
灼熱のバリアが展開され、全ての猛威を防ぐ。役目を果たしたバリアが消失したとき、俺の眼前にはレヴィアタンの相貌があった。無駄なアクションを挟む。咄嗟の事に目を見開き、息をのむという動作を。その間に敵は大口を開け迫り来る。頼みの不死鳥はバリアを展開した反動で数瞬の硬直を強いられている。
「――ッ、くそったれがァ!」
玉砕覚悟。不死鳥の背を蹴り、前に跳ぶ。剣を振り上げ、俺を飲み込まんとする口内へと振り下ろす。――だが、それは空を切った。代わりに、巨大な光の剣が海竜の頭を串刺しにし、俺の体は柔らかな風に包まれ、宙に浮かんでいた。レヴィアタンが巨体をのたうち回らせている間、俺はこの世で最も気に入らない女の顔を見上げていた。
「ちょっとアンタ、なにやってんのよ!」
「あ? 見て分からんか! 速攻しかけて返り討ちにあった挙句、お前に助けられたんだよ!」
ルーナを見ただけで条件反射的に喧嘩腰になってしまう俺。口に出してから、助けてもらったのにその返しはどうなんだという良心の呵責に苛まれる、なんてことはない。微塵もない。
「はあ⁉ このサル、逆切れしてんじゃねえわよ!」
黒竜に跨り、俺を見下ろすルーナがうるさく吠える。聞き苦しい声に耳をふさごうとした時、横からイナコーの声が聞こえてきた。
「いやハル、さすがにそこはお礼言おうよ。まさに死ぬとこだったじゃん」
俺と同じようにふわふわと宙に浮かんでいるイナコー。その隣には、翠緑の長髪をなびかせ、生足・肩出しワンピースを着た風の妖精がいる。俺の落下を防いでくれたのは彼女だろう。
「ありがとう。助かったぞ、緑の使い魔よ」
「いや、妖精ちゃんにじゃなくて」
イナコーは呆れ顔だが、妖精の方は微笑みと合わせて会釈で返してくれた。どうやら、礼節を弁えた使い魔のようだ。上でキーキー喚いている女が主人とはとても思えない。飼い犬が主人に似るとは限らないということだな。思考していると、硬直が解けた不死鳥が迎えに来た。
――さて、態勢を立て直したところで、アレをどうやって倒すかを考えよう。雷や竜巻はステージ演出の一つだと思ってたんだが、まさか攻撃手段だったとは。面倒な敵だ。えっと……、名前は何て言ったか。さっき、あいつらが何度も言ってた気がするが。
「イナコー、お前さっきアレの名前言ってたよな。なんつったっけ?」
「レヴィアタンだよ、ハル君! 別名・海神リヴァイアサン!」
予想外の方向から答えが返ってきた。頭上で羽ばたく黒竜に乗ったもう一人の女が、体と心をぴょんぴょん飛び跳ねさせながら叫んでいる。
「七つの大罪の中で嫉妬を司る七大悪魔の一体! 地獄の海軍提督を務める最強の存在! あー、写真で見るよりずっとコワイ! けどカッコイイ! これが冒険の醍醐味なんだね! 私の初冒険! うー、さっきからテンション上がりまくりだよー! うえへへへへへ!」
うわあ、類は友を呼ぶと言うが、いま確信した。アイツも銀髪に負けず劣らずの変人だ。だって、絵面からしてやばいもの。タイトルを付けるなら「嵐の中、凶悪なドラゴンの背で踊り笑い狂う修道女」 うん、RPGなら間違いなく敵キャラだ。こんなのを仲間にするなんて、俺には人を見る目がないのかもしれない。
「あーもう、ネイ。はしゃぎたいのは分かるけど、今は危ないんだから大人しくしとく!」
変なヤツが変なヤツに説教している。皮肉が効いていて、とてもシュールだ。
「清純系正統派ヒロインだと思った? 残念、実はイロモノでした~! ほらな、二人ともー。やっぱり三次元はクソだったろ? これで俺の正しさが証明された、なッ!」
イナコーに遅れてノコノコとやってきた昌明が、ドヤ顔で親指を立てている。
「いやいや、ああいうギャップがあったりするから楽しいんだって! なあ、ハル!」
楽しくない! もし街で見かけてもスルー安定だ。――いやでも、外見のアドバンテージがあるからなあ。確かに、アリっちゃアリ、かなあ……。いや、やっぱないわ。
「実に、『美』というのは難しいな」
特に意味もなく、それっぽいことを口にしてみた。すると、面倒なことに二人が食いついた。
「別に難しくはないだろうさ。自分が美しいと感じたなら、他の有象無象連中からどう見えていようと、それは美しい。そう、つまり『美』とは己の中に在るものなのさ」
というのは昌明の意見。
「違うな。真の『美』とは、万人の心を鷲掴みにするもの。つまり、より多くの人間に認められたものこそが、より美しいと考えるべきだ。そこに、個々人の価値観が入る余地はない」
というのはイナコーの意見。両者の意見は真っ向から対立している。もう、気の済むまで議論してろよ、と言いたいところだが、いい加減無駄話が過ぎるな。
「アンタたち、じゃれ合うのもその辺にしておきなさい」
いつから聞いていたのか知らんが、俺と似たようなことを思ったのだろう。銀髪が後方上空から口を出してくる。その一言でイナコーと昌明も話を止め、銀髪に傾注する。
「まったく、アンタたちはここがどこだか分かってるの? 戦場よ? 戦場! 一瞬の油断が命取りになる空間で、どうでもいいことをベラベラと。そんなド素人みたいな真似してて――」
なんだこいつ、いきなり説教マシーンと化したぞ。変なスイッチでも入ったのか? というか、プレイヤーキラーの分際で他人様に説教しようなんて百億年早いわ。
反発心から銀髪の話を聞き流し、なんとなしに黒髪の方に目を向ける。すると、キョロキョロと辺りを見回している。挙動不審だが、そういや冒険が初めてみたいなことを言っていたような気がする。何もかもが珍しいのだろう。そう思い軽く流そうとしたとき、異変に気付いた。
――レヴィアタンがいない。
厳密に言うと、胴体は依然として海上で荒れ狂っているのだが、頭部が見当たらない。さっきの銀髪の攻撃はかなり効いているようだったが、まさか、傷を癒すために海中にでも逃げ込んだのか。そうなると少々面倒だが、警戒を強めておいて、出てきたところを叩く待ちの構えが定石――という結論に達したとき、デッドエンドの気配が足元からせり上がって来た。
「あ」
その声が形になるよりも速く、灼熱の蒼い火柱が上がる。音速を超えたその業火は、俺やイナコー、昌明を掠めて天を貫いていく。もし直撃していれば、どうなっていたかは想像に難くない。空を焦がし、雨を蒸発させながら燃え続けるそれを見て、俺達は言葉を失っていた。
「……あ、ルーナちゃんたちは?」
突如発されたイナコーの言葉で我に返る。そして、その疑問の答えは俺達が考えるまでもなく、すぐに開示された。炎が溶けてなくなる頃、煙に包まれた竜の影が、そこにはあった。
「ちょっ、ルーナちゃん、ネイちゃん、二人とも大丈夫⁉」
「おいおいおい、モロ食らったんじゃないのか、アレ!」
イナコーと昌明が口々に声を荒げている。二人に遅れて、俺もようやく口を開いた。
「……あ、だ、アハハハハハハハ! ヒーヒヒヒヒヒッヒッヒッヒ! ダッサ! ダサすぎー! なになに、人に油断するなとか説教くれといてそのザマ⁉ マヌケ! MA☆NU☆KEだー! うひゃっふー、愉快愉快! ふわっははははははははは――」
大丈夫か、と言おうとしたつもりが、思わず本音が漏れ出てしまう。こらえきれない笑いが口をつき、不死鳥の背中で腹を抱えて笑い転げてしまう。
「……ちっ、うっさいわね。イヌ、キジ、その馬鹿笑いしてる下僕を黙らせ――」
どこぞのマヌケが何かをほざこうとして口籠った。
「ネイ、大丈夫⁉」
どこぞのマヌケがさっきより一オクターブ高い声で叫んでいるのが聞こえる。
「あ、あはは。ゲームオーバーみたい……」
「アハハハハ、それは可哀想に! 何もかもムァヌケな相方のせいだなー! フハハぎゃっ⁉」
どうやら、銃で撃たれたらしい。心のままに叫んでいただけなのに、解せない。
「ルーナちゃん、頑張ってね。みんなも、応援してるから……」
「ネイ、ごめん! 私のせいで……!」
「ううん、連れて来てくれただけで嬉しかったよ! ルーナちゃん、本当にありがとう」
「ネイ……」
「……それじゃあ、港で船長さんと一緒に待ってるから。また、あとでね」
気付けば湿っぽい空気になっていて、ネイがその姿を消していた。そこから間を置かず、今度は不穏な空気が辺りに漂い始める。
「……私が付いてたのに護れなかった。油断した。もっと気を配っていればこんなことにならなかった。あのクソ蛇ふざけやがって。私の親友に何してくれてやがんだ。地獄の七大悪魔だ? ドカスが! 地獄なんていう陰気くせえ場所しか支配できないゴミ共が調子に乗ってんじゃねえよ! ……殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺――」
ぶつぶつと独り言を呟く銀髪女。髪や服が焼け焦げているせいもあってか、余計不気味に感じざるを得ない。そして、ようやく本性を現した女に対して、イナコーと昌明はドン引きしているらしい。なにせ、顔が引きつっている。だが、俺は分かっていた。というか、最初に説明したはずだ。あの女はイカれていると。
「殺す、殺す、殺す! ぶっ殺してあげるわよ、キャハハハハハハハハハ!」
凶悪な笑い声を上げる女を見て、俺の脳裏に三か月前の出来事が思い浮かぶ。
――ああ、良かった。こいつが下手に改心なんてしていなくて。俺が決着を付けるべき宿敵は、あの頃の狂った本性を失ってはいなかった。
「ククク、実に喜ばしいぞ、女。では、この場でリベンジを果たさせてもらおうか!」
剣を取り、不死鳥に突撃の号令を出そうとした瞬間、天馬が俺の前に立ち塞がった。
「はいはい、ちょっと待ってねー! 今、君の中二病に付き合ってる暇はないからねー」
「は? おい、邪魔だどけ昌明! 俺は長きに渡る因縁に終止符を打つ!」
ああ、俺の魂が叫んでいる。あの女を倒して宿命を断ち切れと。
「いやいや、三か月前にゲームで負けたくらいで大げさだから。それに、今のルーナちゃんには近づかない方がいいと思うぜ? なんか危ないぞ、アレ」
精霊の力を借りて宙に浮く男が、いつの間にか俺の後ろに回り込んでいた。くっ、二人揃って俺の邪魔をする気か。なんて薄情な仲間だ。
そんな風に愚図愚図と問答をしていると、我が怨敵の声が聞こえてくる。
「下僕どもォ! コイツは私がやる。手ぇ、出すんじゃないわよ」
威圧的な口調。返答を待つことなく、ヤツは黒竜を駆って眼下に広がる大海へと急降下していく。それも丁度、火柱が放たれた地点へと。
「……行っちゃったぞ?」
「うん、行っちゃったな」
呆気に取られたように二人が呟く。俺も復讐の機会を失い、毒気を抜かれてしまう。
「あーあ、折角あの状態のアイツと戦うチャンスだったのに! お前らが邪魔するから……」
「すねるなよ。今は、レヴィアタンを倒すのが先だろ?」
「そうそう、いつまでもリゼちゃん待たせるわけにもいかないし」
まったく、他人ごとだと思って暢気な連中だ。
「それより、問題はルーナちゃんだ。一人で大丈夫なのか? ブチギレてるみたいだから近づくのはちょっと怖いけど、手助けした方が良くないか?」
イナコーが空中に座った状態で問いかけてくる。
「放っておけ。アイツが一人でやると言ったんだ。やらせておけばいい」
「……ハル、嫌いなのは分かるけどさ、ルーナちゃんが負けたら俺たちも困るんだぞ?」
昌明が説教臭い表情で諭してくる。しかし、そんなことは分かってる。
「構わないさ。銀髪が負けた相手を倒せば、俺がヤツより強いと証明されるだろう?」
ククク、ウハハハハハ。あの女が勝っても負けても、結局は俺の利益になるということだ。
「うわー、悪い顔してんなあ。引くわぁ」
「こんな男、リゼちゃんとの結婚式に呼びたくねえ」
……友人の顰蹙を買うという代価を払わされてしまったがな。




