その二
ソレイユは、ふわふわと頼りなくもどこか心地よい眠りの中で、ルチアの夢を見ていた。
夢の中のルチアは、しきりにソレイユに話しかけているようだ。
しかしなぜか声は聞こえない。
時に優しく頬笑みながら、時に険しい顔で怒りながら、一瞬ごとに表情が変わる彼女をぼんやりと見つめて、ああ変わらないなあ、と思わず口にした。
するとルチアは呆れ返った顔をした。
「相変わらず、ズレてるわねえ‥。こんなに酷い怪我して、何と戦ったのって聞いてるのよ?」
少し高めの、耳に柔らかい音楽みたいな声がやっと聞こえた。
ヒュドラだ、と答え、ちょっと考えて、あと騎士どもと国王だ、とつけ加えた。
ルチアは眉間に皺を寄せ、首を傾げる。
「ヒュドラは解るけど‥。他のは、何でわざわざ戦ってるのよ?」
相手にするまでもないだろうと言われた気がしたが、夢なので深く考えるまでもなく、ソレイユは正直に答えた―――子どもたちを護るためだ、と。
ルチアは何ともいえない切なそうな顔をして、ソレイユを見返した。
そこでソレイユは、彼女からすれば自分の子どもたちは裏切りの証しだったことを思い出し、思わずごめん、と謝った。
するとルチアはもっと泣きそうな顔になり、続けて言い訳を探していた彼に首を振った。そして泣き笑いみたいな顔で頬笑み、彼の髪を撫でた。
「‥お休みなさい、ソレイユ。」
何だかすごく安心して、ソレイユは夢の中なのに更に深い眠りに落ちていった。
白く光った小さな魔法陣が、寝ているソレイユの額にすうっと引き込まれて消えた。
回復系の眠りの魔法だ。これでそこそこ体が回復するまでは、深く眠り続けるだろう。
ルチアは十四年ぶりのソレイユをじっと眺めた。
昔は長かった輝くような金髪は、よくいる一般兵士みたいに短く刈ってあり、野生の獣みたいにしなやかで細かった体つきは、大きくて無駄のない筋肉質な、大人の男のそれに変貌している。細面で中性的な甘い顔立ちは、相変わらず隙のないほど整っているけれど、どこか骨太で男性的な、戦士っぽい精悍なイメージに変わった。
ルチアは小さく吐息をつくと、もう一度短くなった髪に指を入れて撫でた。
「苦労したのね、ソレイユ‥。何だかいろいろ‥‥ごめんね。」
体には無数の傷痕があった。真新しく血を流しているものだけではなく、古い傷痕もたくさん。
理由もなくカーッと頭にきて、最上級の治癒魔法を連発し、全部きれいに治した。
そして彼がひとりぼっちで死なずに彼女の元へと飛んできてくれた奇跡を、ご先祖さまに深く感謝した。そう―――瀕死のソレイユが最後の力で転移した草原は、ルチアの現在の家のすぐ近くだったのである。
この辺りは昔二人が育った場所、故郷の村の跡地だった。
国の西方、険しい山々の連なる辺境地域。ろくに人の通らぬ名ばかりの街道を外れて、山道を二日ほど上った中腹部分の小さな台地だ。
確かに村があったはずの場所は、今ではどこもかしこも深い森になってしまった。
大海嘯の後に残された無数の屍体はよほどいい肥料となったのだろう。
無惨な更地になったはずの台地には太い木々が生い茂り、森の大気は濃い魔力に充ち満ちている。新たな住民となった獣や魔獣も普通より大きく力が強かった。
ルチアがここに帰ってきたのは二年前だ。
森の中で、昔の集会場だった建物の土台跡を見つけ、その上に丸太小屋を建てて住んでいる。森の入口まで細い道も作った。
集会場の土台が残っていた理由は、唯一石造りの地下室があったからだ。
降り積もった土や落枝をかきわけて掘り出すと、石造りの地下室は無事で、そこにはたくさんの書物が残っていた。むろん彼女が欲しかった魔術書も。
で、家を構えて時折麓の町に買い出しにいく以外は、ひきこもって研究三昧ののんびりした暮らしをしていたのだけれど。
見つけた時のソレイユは、非常に危ない状態だった。
ルチアの魔法を以てしても助かるかどうか解らないくらいだったのだ。
いやソレイユでなければ、魔力枯渇と同時に死んでいただろう。そんな危険を冒してまで転移術を使った理由は―――最期はこの場所へ、と彼が無意識に思っていたからだ。たぶん。
「あの‥腐れ国王のヤツ、どうしてくれようか? ハゲの呪いくらいじゃ気がすまないわ、喋るたびにカエルが飛び出す呪いもまだ可愛すぎるし‥。何にせよ、一発二発はぶん殴ってやらなきゃ!」
怒れるルチアは、強く心に誓った。
翌朝ソレイユが目を覚まして最初にかみしめたのは、自分がまだ生きているという事実だった。
極限まで魔力と体力を失ったせいか、体がひどくだるい。
だが傷は、肩も含めてきれいに塞がっているようだ。
気がつけば、丸太造りの天井が見える。寝かされているのはどうやら、壁に造りつけられた丸太のベッドだ。
壁とは反対側に二歩分くらい離れて、古い扉戸を二枚並べて繋げたような衝立があった。衝立の向こうには、人の気配があり、スープの匂いが漂ってくる。
起き上がろうとして、激しい目眩に襲われ、ベッドから落っこちた。
どしん、と大きな音がする。
「なに‥? あ! 大丈夫?」
衝立の向こうから顔を出したのは、思いがけないことに少年だった。
十二、三くらいか。細身だがシャツの袖から見える筋肉は、かなり無駄なく鍛えられている。
少年は駆けよって体を支えてくれ、ベッドへとソレイユを戻した。
「酷い怪我だったから、まだ無理だよ。‥ちょっと待ってて、スープ持ってくるから。」
ありがとう、と口にすると、気の良さそうな少年はにっこり笑った。どこかで見たことのあるような、誰かに似ているような笑顔だ。
薄味のスープは、病人用の懐かしい味だった。
小麦と山芋をすりつぶしてたっぷりの水でとろとろに煮込み、塩で味付けをしただけの素朴なスープ。はるか昔、子どもの頃に食べたのと同じものだった。病人用はどこでもみな同じなのかと思う。
少年はなぜだか少し嬉しげな顔で、木のスプーンに少量ずつ冷ましながら、動けないソレイユの口へと運んでくれる。
木のお椀にちょうど一杯分、しっかり腹に収めると少し体に力が入るようになった。
ここはどこか、どんな次第で自分を助けてくれたのか、と少年に訊ねると、彼は少し困ったような顔をして首を傾げた。
「えっと‥。あなたを見つけたのは俺。ちょうど三つ首の竜を探しに行こうとして、森を出たところで、草の中で倒れているのを見つけたんだ。たぶんあなたは転移魔法であそこへ来たんだと思う、いきなりぼうっと草が光って現れたから‥。とにかく酷い怪我だったから、軽く血止めだけして家まで連れてきた。それが三日前で、あなたはずっと意識を失ったままで、治療は母さんがしたんだ。後は母さんに聞いて。ここがどこかってのも。母さんは今は、町に出かけてるけど、たぶんもうすぐ戻るよ。」
「そうなんだね。じゃあ、後はお母さんに訊くよ。‥助けてくれてありがとう。えっと‥?」
あ、と気づいた顔で、少年はちょっと気恥ずかしそうに、セシル、と名乗った。
「ありがとう、セシル。俺は‥‥ソレイユ。」
少し躊躇った後に名を告げると、少年はやけに嬉しそうに顔を輝かせた。
「うん、知ってる。母さんがそう言ってたから。でも教えてくれて嬉しいよ。」
王都でもないこんな森の中で―――『森を出たところで』と少年が言ったので、森の中に住む狩人か何かの家だと勝手に思っているが、名はともかく顔までが知られていたとは驚いた。となれば『勇者』だと既に知られているのだろう。
体が動くようになり次第、迷惑をかける前にここを出なくてはいけない、とぼんやり考える。
目の前の少年は何だかわくわくした様子で自分を見ている。
ちょうどルーシエと同じくらいかと思うと、王都にいる子どもたちを思い出した。
―――何とかして戻らなければ‥。フリットをサディルなんかに利用されてたまるか!
サディルの捨て台詞ははっきり覚えている。
ロレッタは本人も望んでいるのだから、むしろさっさと引き取ってほしいが、フリットは―――冗談ではない。汚れるから触るな、見るなと言ってやりたい。
それに後ろ盾のないミーシア。母はアレだし、領主は代替わりして無縁を貫きたがっている。女の子だから、『勇者』の血を欲しがる外道な貴族どもにオークションにかけられるかもしれない。
あり得る限りで最悪な想像をすれば、怒りがまた全身に噴きだしそうになった。
「‥‥大丈夫?」
セシルの声にはっと我に返る。少年は心配そうにこちらを覗きこんでいた。
「あのさ、俺にできる事があれば言って?」
濃い金髪に透きとおるようなアイスブルーの瞳。やはりどこかで見た気がする。
そこへバタン、と扉を開ける大きな音がした。
「母さん‥? 何慌ててるんだろ。」
セシルが振り向くと同時に、衝立の後ろから息せき切って走ってきたような女性の姿が現れた。
その姿を見てソレイユはびっくりした。
「ルチア?!」
振り乱した髪を整えながら、ルチアはにやり、と照れくさそうに微笑った。
「えっと‥ソレイユ。何て言うか、その‥久しぶり?」
驚き過ぎてそれ以上声の出ないソレイユをよそに、セシルはルチアに向かって母さん、と呼びかけた。
「何で息切らしてるの? 家の前まで転移してきたんだろう? 」
「う‥! だって、転移してきたら、その‥ソレイユの起きている気配がしたから、それで‥」
「‥? それで?」
「き、気を落ち着かせるために、ちょっと、そのう‥跳ねてみたのよ‥五十回くらい?」
「‥‥何やってんの。」
「‥‥うう。」
やれやれと大きく溜息をつくと、セシルはこちらを振り向いてにこっと笑った。
「うるさくてごめんね。えっと‥言いそびれてたけど、俺はあなたの息子です。初めまして、父さん。」
「息子‥。俺とルチアの‥?」
うん、とうなずいたセシルは、母さん、と衝立の陰でもじもじしているルチアに呼びかけた。
「俺は薬草を採りに行ってくるから。母さんは父さんの側についてて。十四年前の仲直りをするんでしょ? ちゃんと謝るんだよ。」
そう言うと、突然出現した新たな『息子』は、衝立の陰へと歩き去っていく。
しばらくして扉の閉まる音がした。不意にちょっぴり緊張した静寂が部屋の中に漂う。
いろいろな意味で動けないソレイユは、衝立の端から覗く、日に透けるような虹色がかった白金の髪を見つめていた。
この国で、たった一人しか持っていないはずの色。
ずっと会いたかった。じわじわと、堰き止めていた想いが胸にどうしようもなくこみあげてくる。
「‥‥ルチア。」
セシルは―――仲直りと言っていた。ではルチアはもう怒っていないんだろうか?
許してくれるのかと訊ねようと口を開いた時、白金の髪を振り乱して、ルチアが駆けよってきた。
「ソレイユ! ごめんね、ごめんなさい! 癇癪起こして放っぽり出して‥‥。でもまさか、こんな酷い目に遭ってるなんて思ってもいなかったの!」
いきなり首に抱きついてきたルチアからは、カモミールの香りがした。ほのかで優しくてほっとする香りだ―――香りはそうなのだが。
「‥‥ル‥ルチア、苦しい‥首締めたら‥死ぬって‥。」
「きゃあ、ごめん!」
息が止まって真っ赤になったソレイユの顔を見て、うろたえたルチアは慌てて手を離し、咳きこんだ背中を一生懸命さすっている。
苦しくて涙をにじませながらも、ソレイユは何とかその手を掴んだ。
「俺こそごめん‥。俺がバカだったんだ。許してくれないか‥ん?」
ルチアは手を掴まれて真っ赤になり、固まっている。
はっ、とソレイユは手を離し、再びごめん、と叫んだ。
「悪い‥! そうだっけ、気持ち悪いから触るなって言われてたんだ‥。」
生理的にイヤ、とも言われた。思い出して、ドッと精神的ダメージにへこみながら、恐る恐るルチアを見ると。
今度は血の気が引いて青くなり、こめかみに怒りの筋が立っている。
思わずヒッと声が出て、動かないはずの体を気持ちだけ壁寄りに引いた。
「バカ! だからそれを謝ってるのに、何よ、嫌味? 嫌味なの? 悪かったって言ってるのにい! このアンポンタン!」
拳が顔面に迫って、思わず目を瞑った。しかし衝撃は来ない。そうっと片目を開けると、拳が約三センチ手前で寸止めされていた。
ふうっと大きく息を吐き、ルチアは自分もベッドに腰を下ろした。
「‥危なかった。またケンカするとこだったわ。セシルに怒られちゃう。」
「そうだ、セシル。セシルは‥俺の子どもなの?」
言葉の選び方が拙かったと気づいたのは、じろり、とつり上げた目で睨まれてからだ。
「疑問形? 何疑ってんの? どこから見たってあんたにそっくりでしょ? 瞳の色だけはあたしだけど、魔力の色までそっくりじゃないの? え?」
「いや疑ってるとかじゃないし、魔力の色はまだ見てないし‥じゃなくて、確認しただけだって! 今までまったく知らなかったんだから、驚いてもしょうがないだろ!」
怒るなよ、と付け加えれば、ルチアは目尻を下げた。
「あ‥ああ、なるほどね。うん、確かにあの子が産まれたって教えてないしね‥しょうがないか‥。」
しょぼんとうつむいたルチアの腰にそうっと抱きついて―――何しろ体が起こせないし、ルチアは背中を向けて座っているため手も届かないので、仕方なく―――ソレイユはそっと、ありがとう、とつぶやいた。
え、と振り向いた瞳と瞳がまっすぐ合って、今度は心からの笑顔を素直に向けた。
「あんなに怒ってたのに、ちゃんと俺の子どもを生んでくれて、今まで育ててくれてありがとう。それから‥命を助けてくれてありがとう。」
ルチアはぽかんとした表情のままじいっとソレイユを見ていたが、不意にぽろりと大粒の涙をこぼした。
「ソレイユ‥。死んじゃうかと思って‥ほんと、あたしの心臓が止まりそうだった。治療している間ずっと後悔していたの、意地を張らずにちゃんと戻ればよかったって。一緒だったらぜったい、こんな酷い怪我させなかったのに‥。」
「ルチア‥!」
嬉しくて感極まったソレイユは、動けないはずの体を無理やりに動かして起きあがり、ルチアを抱きしめた。
カモミールの香りに頬を寄せて、しみじみと思う。
何といっても彼女が消えてから今まで、自分のために本気で泣いてくれる人なんて誰もいなかったのだ―――子どもたちを除いては、だが。子どもたちは泣かせたくないから、よけいな事情はなるべく隠していた。
ソレイユは聞かれるがままに、瀕死の怪我を負う羽目になった理由、王都での『勇者』を取りまく状況、崩壊している家庭の様子などをルチアに愚痴―――もとい説明した。
一方でルチアはこの地が故郷の村のあった場所で、家の地下に集会場の地下があることや、セシルと二人で魔獣ハンター兼薬屋をしながら、魔術研究をしている現況などを話してくれた。
「そうか‥。無意識に飛んだのは‥故郷だったんだ。」
「無意識だったのね‥。なんでこんな人気のない場所に、あんな重傷で飛んできたのかしらって、不思議だったのよ。たまたまあたしたちがいたから良かったけれど。でも‥なんか納得。ソレイユ、ほんとにどこにも味方がいなかったのね‥。」
ほうっと何度目かわからない吐息をついて、ルチアはやっと自然に微笑んだ。
「おかえりなさい、ソレイユ。」
うん、とソレイユはうなずいて、もう一度ルチアを抱きしめた。
とっぷり日暮れてセシルが家に戻ってきた時、母は見たことがないほど上機嫌で鼻歌まじりに夕飯の支度をしていた。
三日前に現れたばかりの父は、ベッドの上に上体だけ起こして壁にもたれて魔術書を手にしている。
何だかすっかりなじんでいるなあ、とセシルは思わず微笑んだ。どうやら十四年前の仲直りは、問題なくできたようだ。
「母さん、ただいま。」
「あらセシル。遅かったわね。」
「うん。森の入口近くの草地でね、いつもどおり薬草を摘んでたんだけどさ‥。あ、これ頼まれてた薬草ね。」
腰に付けていた小ぶりの蓋付き籠をテーブルに置く。
それから背負っていた弓矢と剣を下ろしながら、何気ないふうに付け加えた。
「ほら、町で噂になっていた三つ首の竜だけど。ちょうど現れたから、討伐した。確か討伐依頼が出ていたんだよね?」
ルチアは振り向いて呆れ顔をした。
「セシル、いくら何でも一人で討伐なんて無謀すぎるわよ? 」
「ん、でもね。普通の飛竜の亜種だったよ。名の通り、首が三つあって尻尾も三つあるだけで、大きさも五メートルくらいだったし‥。中くらいってとこ? 金縛り使って、首を全部落としたら終わったよ。‥‥そこの庭先に運んである。」
あっさりした息子の言葉に、ルチアは嘆息する。
「あのね。無事だから良かったけれど、稀少種は特殊能力があるかもしれないんだから、油断は禁物よ。母さんを呼びなさい。何のために加護の指輪を持たせてると思うの? 」
苦笑してセシルは肩を竦めた。
「解った。次はそうする。それで明日、賞金を貰ってこようと思うけど、討伐証明は首三つでいいかな? 尻尾でも十分?」
「‥‥ちょっと見てくるわ。稀少素材があったら残しておきたいから。解体は?」
「すませたよ。肉は血抜きのために納屋にぶら下げてある。」
「了解。」
手と顔は解体のあとに洗ってきたので、屋根裏へと梯子段を上がり、シャツを着替えた。
高い天井を利用した屋根裏スペースは幅が六メートル、奥行きが三メートルくらいの広さで、セシルの部屋代わりになっている。一応落ちないよう仕切りの板壁が張ってあるので、下を見下ろすことはできないし、下から見上げても中は見えない。
着替えて下りてくると、父が名を呼んだ。
少しどきどきしながら、返事をし、椅子を持ってベッドのそばへ行き、腰を下ろした。
「父さん‥。朝よりずいぶん元気になったんだね。」
ありがとう、と父は穏やかに微笑み返す。
カッコいいなあと素直に思った。絵カードなんかより本物の方がずっとカッコいい。
三つの時に『勇者』の絵カードを渡されて、これがお父さんよ、と言われた時は、ぜったい嘘だと思ったけれど。
八つの時、住んでいた村に旅回りの人形一座がやってきて、『勇者』と『賢者』がたった二人で暗黒龍を斃した物語の人形芝居を観た。
そして『勇者』と『賢者』の名が両親の名前と同じで、『賢者』の珍しい髪の色が母と同じで、『賢者』しか使えないという失った腕まで生やす最上級治癒魔法を、以前母がさらりと使ったのを知っていたから。信じる気になった。
それからずっと、会ったことのない父に憧れていた。
いつか自分を息子と呼んで欲しいと思って、その時にがっかりされないようにと母の厳しい実践訓練―――訓練じゃなく実践だけだった気もするが、ともかくも『勇者』の息子に恥じないようにと、頑張ってきたのだ。
その憧れの父がこうして家にいる。
セシルは聞かれるがままに喜んで、今日の害竜討伐について話した。ちょっぴり誇らしい気分と、母のように叱るだろうかという不安な気持ちが混じった思いで。
父は母と違い、詳しく聞いてきた。
そして最後に手放しで褒めてくれた。
「すごいな。その年で十分以上、一人前のハンターだ。ルチアの教えがいいのもあるだろうが、セシルがちゃんと身につけているんだな。先が楽しみだ。」
嬉しくてたまらなくて、思わずにんまりと頬が緩んだ。一人前だと言われたのも嬉しいが、幼い子のように頭を撫でてもらったのも嬉しい。
「でも母さんの言うのも正しい。何があるか解らないから、しないですむなら単独行動はしない方がいいよ。」
「うん。解ったよ、父さん。」
それから体が回復したら、一緒に剣の稽古をする約束をした。
それと―――王都には、母親違いの弟妹がいるという話も。
「きょうだいかあ‥。でもみんな貴族なんでしょ? 俺とは身分が違うしね。仲良くできればいいけど、そもそも会う機会があるのかな?」
「‥仲良くしてくれたら嬉しいよ。会う機会は必ず作るから。」
楽しみにしてる、とセシルはうなずいた。
一生会えないかもしれないと思っていた父親と、こうして偶然が重なって、しばらくの間でも一緒にいられるのだ。弟妹ともその時が来れば、すんなり会えるのかもしれない。
母の口癖じゃないけれど、生きていればいろいろな事が起こる。確かにそれは真実だ、とセシルは実感していた。