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そして勇者は剣を取る  作者: りり
第一章 勇者は剣を捨てる
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プロローグ

「触らないで。気持ち悪いから。」

 彼はびっくりして、キスしようと近づけた体を起こした。

 結婚してまだ四ヵ月の、夫婦の寝室でのことだ。

 幼なじみでハンター仲間で、今は妻となったはずの彼女は、目をつりあげ、いまだかって彼が見たことのない冷たい表情で、じっとこちらを見据えた。

「もう無理。我慢できない、生理的にイヤ。早く出てって!」

 激しい調子で叫んだ彼女は、呆然としている彼を容赦なくベッドから突き落とし、ドアの方を指し示した。

「いてっ!」

 床に思いきり額を打ちつけて、さすがに怒りが湧いてくる。

「何だよ! 突然いったい、何だって言うんだよ!」

 立ち上がって憤然と、ベッドの上にすわる彼女を見下ろせば、彼女はプイッとそっぽを向いた。

「自分の胸に聞いたらいいでしょ! ‥ああ、あんたの鈍感で大雑把な神経じゃ、解るわけなかったっけ。‥‥とにかく出てって!」

 彼は吐息を一つつくと、宥めるような声を出した。

「なあ、少し落ち着けよ。話し合おう。いったい俺が何したって言うんだ? ちゃんと教えてくれ。」

 黙ったままの彼女の名を、優しく呼んでみる。

 すると彼女は目を三角にして、ギッと睨みつけてきた。

「気安く呼ばないで! 気持ち悪いって言ってるでしょ!」

「気持ち悪いって‥。何だよ! いくらなんでも、酷すぎだろ! 怒るぞ!」

 思わずカッとなって怒鳴り返すと、彼女は枕を―――彼の分だが―――投げつけてきた。風魔法で威力を増してある。

 ヤバい、ととっさに避けたら、枕が当たった椅子が吹っ飛んでバラバラに砕けた。

 唖然として彼女を振り返ると―――髪が逆立ち、全身から真っ赤な光がゆらゆらと陽炎立っている。

「ま、待て! 家の中で攻撃魔法なんか撃つな!」

「‥‥出てけ」

「解った、今出ていくから! とにかく、魔法は止めろ、な?」

 ドアの方へ後ずさりながら、必死でとめる。

「さっさと出てけ! さもないとこの屋敷ごと燃やしてやる!」

「屋敷ごとって‥。いい加減にしろよ! 無関係の人間まで巻き込むな!」

 ふん、とせせら笑いながら、彼女は魔法の詠唱を始める。

 とうとう頭にきて、彼は転移でベッドの上に出ると、彼女の掌で固まりだしている魔力を自分の魔力で相殺させた。そして細い手首をぎゅっと掴む。

 彼女は悔しげに彼を見上げ、次に握られた手首を見て―――さあっと青ざめた。

 勢いよく手を引き抜くと、さも汚れたと言わんばかりにぶんぶんと振っている。

 ―――そんなにイヤなのかよ。

 彼は訳が解らず、泣きたくなった。

 物心ついた頃にはもう一緒にいた。生死の狭間も一緒に経験した。苦しい時も悲しい時も、楽しい時も嬉しい時も、いつも一緒だった。誰よりも好きで、この先もずうっと一緒にいるんだと信じていたのに。

 やっとのことで気持ちが通じて、婚姻の届けを出したのは四ヶ月前だ。幸せで嬉しくて、愛しているのは君だけだと誓ったのに。

 ―――せ‥生理的にイヤって‥。気持ち悪いって‥。

 酷い。あんまりだ。

 はっ、と気がついた時は、風魔法が発動して部屋の外へ放り出されていた。

「他にも部屋はあるでしょ! お好きなところへ行けば!」

 ガチャリ、と内側から閂が閉まる音がして、ぽつんと広い廊下に取り残された。

 それきりノックをしても返事はなく、静まりかえっている。

 仕方なく彼はすごすごと客間に行き、ソファーで横になった。こんな有様は使用人にも他の誰にも見られたくない。惨めすぎる。

 怒りと悲しみで半々の鬱々した感情を持て余し、朝までほとんど眠れなかった。

 窓の外が白々と明るくなり、家の者がそろそろと起き出す時間になって、彼は客間から出て寝室へとこっそりと戻る。

 ドアを叩こうとして―――うっすらと開いていることに気づき、ほっとした。

 ようやく彼女も許してくれる気になったのに違いない。

 何を怒られているのかはまったく不明だが、今までだってそんなことはあった。でも彼女はたいていひと晩眠れば、カラッと笑って機嫌が直るのだ。

 そうして元気よく寝室へ入った彼を待っていたのは―――きちんとたたんだ寝具の上にちょこんと置かれた一枚の紙だ。

 そこには見慣れた、細かくて整った文字が並んでいた。


『 顔を見るのも嫌なので、手紙にしました。

  我慢しようと思っていたけれど、やっぱり無理だから、家を燃やす前に出ていくわ。さようなら、たぶん二度と会うことはありません。あたし以外の四人の奥さんとどうぞお幸せに。

  浮気男の勇者ソレイユ・ドゥ・ガレット男爵どの バーカ、バーカ、バーカ   ルチア 』

 彼は―――勇者ソレイユは慌てて探知魔法を作動させて、ルチアの気配を探った。

 だが既に転移魔法で遠くへ去ってしまった後のようだ。ちょうどこの部屋で魔力の残滓が漂っているから、直接どこかへ飛んでいったのだろう。 

「そんな‥‥。浮気男って、そりゃないよ、ルチア!」

 唇を血がにじむほど強くかみしめ、ソレイユは膝から崩れ落ちた。

 勇者ソレイユ十八歳五ヶ月、賢者ルチア十八歳二ヶ月の初夏。

 勇者が賢者に捨てられた日のことである。

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