カゲロウ医務記録
本編39話。
今回は鈴仙目線。
それでは本編、どうぞ。
「カゲロウさん、入りますね」
「はい、どうぞ」
私は、お昼を乗せた盆を持って、カゲロウさんのいる部屋に来た。実は、記憶を失ったカゲロウさんに会うのは初めてだったりする。
「わざわざすいません。その…」
「あ、私は鈴仙です。鈴仙・優曇華院・イナバ」
「…えっと…ウドンゲイン…さん…?」
なんとも妙なところを選ぶ人だ。昔は、こんな感じだったのだろうか…
「他の人は、鈴仙とか、うどんげとか、そんな風に呼びますよ」
「はぁ…けど、俺はそこまで…」
親しくない、と続くのだろうか。昔のこの人はこんな風に遠慮がちだったんでしょうかね…
「カゲロウ、入るわよ」
「あ、はい。どうぞ」
そんな時に、アリスさんがやってきた。彼女は、彼が記憶を失ってからは毎日ここに来ている。
「あ、鈴仙もいたのね」
「はい。お昼を持ってきたんです。お師匠様から、カゲロウさんを動かさない方がいいと言われましたので」
「病人扱いよね…」
多分、お師匠様は遊び半分でやっていると思うのだけれど、黙っておくことにしましょう。
「マーガトロイドさんは、今日も暇なんですか?」
「毎度毎度失礼よね!?」
カゲロウさんは記憶を失ってから、アリスさんのことを『マーガトロイドさん』と呼ぶようになった。きっと、苗字で呼ぶ癖があったのだろう(基本的に記憶喪失では、知識が消えることは滅多にないので、アメリカなどのファミリーネームが、日本では苗字であることを知っていても何ら違和感はない)。
「せっかく時間を作って来てるっていうのに…」
「す、すみません…」
子供みたいに縮こまるカゲロウさんはどこか新鮮で、少し可愛かった。
「カゲロウ、入りますよ」
次にやってきたのは依姫様。依姫様も、カゲロウさんの所に顔を出すのは初めてです。
「………」
カゲロウさんは絶句していました。まぁそうでしょうね。何せ、刀を持ったまま入ってこられたのですから。
「あぁ、すまない。不用心だったな」
そう言って依姫様は後ろ手に襖を閉めましたが、そこでは無いと私は思いました。きっと、カゲロウさんも思っていることでしょう。
「…その…貴女は…」
「忘れてしまったのでしたね…私は綿月依姫といいます」
「えっと…ワタツキノ…さん?」
「『の』は要りませんよ」
「『の』は付けなくて構いません」
私と依姫様が同時に同じことを言って、カゲロウさんは少し困惑していました。こんなカゲロウさんは滅多に見られないと思います。
「えっと…じゃあ…ワタツキさん…」
「なんですか?」
「その…刀を、下ろしてくれませんか…?」
その時の依姫様の惚けた顔は忘れられませんね。
カゲロウさんに会い始めてから数日。私は今、お師匠様と話していました。
「カゲロウはどう?何か思い出しそう?」
「永遠亭に篭っているのに、思い出すも何もないと思うんですが…」
「時間経過で思い出す場合もあるでしょう?」
「外に連れ出した方が良いと思いますけど」
「貴女が行くの?」
「それは…」
正直に言ってしまうと、私は外に出るのは無理だ。この耳を見られたくない。
「なんなら、アリスに頼む?」
「…そうしましょう。ユナさんに頼んでも、栞さんに頼んでも、何だかダメな気がしますし…」
何となく気が進みませんが、アリスさんに頼むことにしました。
「と、いうわけなんですが」
「いいわよ。それがカゲロウの為になるならやるわ」
私は一も二もなく同意した。カゲロウを連れ出すことがカゲロウのためになるのならば、私はなんでもする。
「じゃあ明日からよろしくお願いしますね」
「えぇ、任せて」
そうして、カゲロウと共に外に出かけることが決まった。
あれ、よく考えたら…それってデートなんじゃ…?
仮にも永遠亭が舞台なので、依姫さんも登場させてみたりした。




