98曲目
喫茶店の中でいきなりうちのメンバーが女を口説いている。
まだちゃんとしたライブ活動してるわけでもないのに、これはヒドイ。
しかも口説かれてるのがあの結理ときてるもんだから、もっとヤバい。
イカン、どうしてこうなった?
「いや~っ、いいね、いいね、最っ高だよ! オレ女の子はたいがい大好きだけど、気の強い子って、意外とタイプだったりするんだよね~っ。そんな子を落とせたときの快感ときたら、言葉にこそ表せないわけよ。ねえねえ、今度オレとデートしない? スタジオ入って即興ベースプレイ合戦とかでもオレは全然OKだぜ?」
暁幸は自慢のイケメンスマイルを駆使してむず痒くなる言葉を言う。
おい、出会って数日も経ってないのに、なんといきなりデートを誘ったぞ?
なんて図太い精神の持ち主なんだろうか、それをバンドの協調性に向けろよ。
あんなに引いてイヤな顔を向ける結理に一歩も引かぬ姿勢、ある意味すごい。
だけどアイツの図太さと諦めなさは尊敬できるとこがあるな。
俺にもこの鈍感にもおもえる図太さの何分の一かでも心の中にあれば、もう稔とあんな煩わしいルールなんてぶち壊して付き合えているかもしれないのに、神様はなんでこんなに不公平に才能というのを授けるのか?
今度コイツの爪の垢をわけてもらい、そのまま煎じて欲しいくらいだ。
結理が目をつむり肩を落とし、息を吸って暁幸を見据える。
「ゴメン。悪いけどアタシ、そういうの興味ないわね」
だが、執念深いほどの図太さを持つ暁幸は二つ返事でフラれてしまった。
まさに一刀両断、バッサリと斬り捨て御免といえる大ダメージだろう。
瞬間、時を刻む秒針が止まり時間が静止する、暁幸の時間が。
体も硬直し、顔色もなにやら意味がわからないといった感じで止まる。
「?????」
話をめんどくさそうに訊いていた結理のリアクションがイケメンを気取っているコイツは本気で予想外の斜め上だったらしく、暁幸は本当に時間が止まってしまったみたいに、まるで動きを止め続けるパントマイムのパフォーマンスみたいに固まってしまった。
声も出せず体も動かせずにどうしたらいいかわからないみたいだ。
イケメンである自分の誘いを断った理由を、不正で認めない感じだ。
まあ、愛そう振りまいて口説いた相手が悪かったな。
男としてぜんぜん同情もしないが、さすがに虚しいわな。
イケメンの常識というものさしでは計りきれないのが榎本結理という女だ。
結理が未だに動けずに目を見開き、びっくりしてる暁幸の体を指でつつく。
「あれ? なんかこれ、時間が止まっちゃってるんだけど? いいの?」
「ああ、気にしないでくれ。暁幸にはいい薬だし、勉強にもなるだろう」
「ねえねえ。暁幸君のお誘いを、今結理ちゃんが断って、フラれたってこと?」
「うあわばっ!?」
バタン……!
刹那、暁幸の時間が動き出し金縛りのような固まりから解放された。
一瞬だが、暁幸は女にフラれたショックで白目を向いているように見えた。
そして両足が折り曲がり、前に倒れ込むような姿勢になるのが見てとれた。
おい待て、テーブルの上にコーヒーカップが置いてあるんだぞ!?
俺、ケン、宗介はテーブル上に置かれたコーヒーカップを手に取る。
そして会心の一撃を受けた暁幸はテーブルに突っ伏して動かなくなった。
結理のお断りでダメージを負い続け、今のケンの一言が相当堪えたようだ。
コイツは大事で可愛い彼女がいるってのに、まったく大げさなヤツだよな。
暁幸が大きな音を立ててテーブルに突っ伏した音が喫茶店に鈍くて短く響き、同じくマスターの作るコーヒーや軽食に優雅なひと時を満喫しているお客さんが"何事か?"と思われたようで、俺たちと稔たちの方へと視線が集まる。
おい、これはマズいんじゃないのか?
「あ、えっと……す、すいません。いきなり大きな音を立てちゃって」
店の娘である責任感からか稔が椅子から立ち上がる。
そんな稔が笑顔で店の中でくつろぐお客さんたちに向き直り丁寧に謝っていると、すぐ周りの椅子に腰かけているお客さんたちは"いいよ"とか"大丈夫?"などの心配する声を掛けてくれて、稔や結理が"気にしないでください"と言うとみんなホッとした表情で自分たちの座っている椅子へと戻っていく。
ああ、優しい世界はここにあったんだな。
「このお騒がせ野郎は、さっきケンが言った言葉がトドメだったんだな」
俺が手に持つアメリカンブレンドのカップを口に運んで飲んではそう言う。
するとそれには同感だと感じさせるように宗介が両目を閉じてうんうんと頷く。
「うむ、そのようだ。あの鈍感で図太い精神を持つ暁幸を、一瞬で気絶させてしまう言葉を平然と言ってしまうとはな。日向も、気ごころを知りやさしそうな顔をしてなんと酷いことを……」
「えっ? ええっ!? コレ、僕のせいなの?」
俺と宗介の感想を訊いてケンは思わず慌てて困り果てる。
ま、コイツは気絶してもすぐに復活するだろうしな、動いてるし。
それにコイツには彼女がいるんだから、あとで慰めてもらうのだろう。
彼女ねぇ……お、おお俺には稔がいるんだし、さささっきのはノーカンだし。
自由と自分の性格とルックスに自信満々で生きてるノリの暁幸をワンパンKO。
俺はなんとなくだが、女の一言って怖いんだな、なんて思わず思ってしまう。
そんなことを平然とした態度と顔で言える結理は、相当の悪魔なんだな……。
俺が結理に向ける目は女というより、悪魔っ娘の姿を彷彿とさせてしまった。
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