96曲目
「とにかく、予約したライブハウスでいざ、生命を実感できる最高のライブなんだ! 熱狂的で熱情的かつ躍動感あふれるライブを俺たちも出て演奏るんだよ! 俺らに圧倒的に足りてないモノは、とにかくバンドとしてのライブ経験なんだよ! ゲームでもそうだろ、モンスターと戦って倒してレベルアップ、それがあたりまえだ。だったら俺らもライブに出演して経験値をつちかうんだっ!」
俺はサムズアップからのガッツポーズを決めて宣言する。
経験が無ければ俺の目指すソルズロックもまともな形になりゃしない。
ましてやライブも全然やらずにテクニックばっか磨いても意味を成さない。
だったら出たとこ勝負となっても、賭けに出て、ライブ出演するべきだ!
「うん、言ってることは滅茶苦茶だが陽太の言ってる通り、バンドとしてのライブをする実戦経験が皆無なのは確かだしな。実際に俺も暁幸も、バンドを組んでライブに出た経験もまったく無いしな」
「うーん。それを言っちゃったら、僕だって経験ないんだけど……」
「おう。かく言う俺だって、お前らとどんぐりの背比べもんだぞ?」
俺は悔しいけどもバンドでの実戦経験と呼べるモノはほぼない。
実際にバンドでの実戦経験といえば、この前、俺という1人のシンガーソングライター兼バンドマンとしての晴なる大舞台で見事に失態をさらしたあの屈辱の特設ライブステージでの演奏のみだ。
だからこそ、初心者なる俺たちに絶対的に欠けてるのは実践経験なんだ。
俺はそこで、小学高学年からソロとして路上ライブからセミプロの歌手まで成り上がった経験がある手前、そのときに自分の信条として心に刻んでいた、熱血漢を彷彿とさせる漢気たる持論を口にする。
「いいかお前ら、よーく聞けよ? 俺に言わせれば、ライブなんてケンカと同じで、心と心の真剣勝負そのものなんだ。そんな姑息な手も卑怯な手も通用しないんだ。いくら時間を掛けて頑張って練習したって、ステージに立ち客から見られるという恐怖にビビっちまったら、そんなもんは本番じゃ屁の突っ張りにもなりゃしねぇ。マジでなんの役に立たないんだぞ? ……だが、何度もライブに出演してつちかった実戦経験が豊富なら、超絶技巧たるテクニックが無くたってそれなりの魅せれるパフォーマンスができたりするもんだ!」
実際、俺はその出路上ライブで得た経験でそれなりのパフォーマンスもできた。
歌もがなるしギターの弾き方も荒々しいが、それなりのオリジナルもできた。
努力して練習をするより、何度も路上に出向いては努力しながら泥に塗れてた。
だからこそ、実戦をしてけばしていくほど自分の力量が上がり、進化する。
それこそが、ソロでもバンドマンでも有名に成り上がれる秘策だ。
「ふーん、そういうものかなぁ……」
ケンが俺の持論を訊いては訝し気に呟き、コーヒーを啜る。
他の2人も真実を伝えているのに、なぜか、疑い深い視線を送る。
なぜだ、なんでこうもソロとして演奏ってきたことをわからないんだ!
「本気で信じない方が身のためだよ? そんなバカのヤツが言うこと」
俺にとって1度は夢を現実に変えた持論を水をさすように、嫌みったらしくバカにする声が聞こえたと思ったら、いつの間にか今日もこの郷にあるスタジオに足を運んでは店員さんやら他のバンドマンと知り合いになりながらも、二時世代音芸部のバンド練習をしていたはずの結理がそこにいた。
もちろん、ここが実家である稔も一緒だ。
「やあ、お帰り稔。それに結理ちゃんもいらっしゃい。なにか飲むかい?」
カウンターで夕方の仕込みをしていたマスターが2人に声を掛ける。
そしてカウンター越しから2人になにか飲み物を出そうと用意する。
「あ、うん。ただいまお父さん。私、アイスコーヒー」
「私もアイスコーヒーでお願いします。おじさん」
「ああ、わかったよ。ちょっと待っててね」
そう言ってマスターはまた豆から作り出そうとする。
例え娘や友達の頼みでも豆から作ろうとするとは、さすがはプロだ。
稔も結理も俺たちの座ってる近くのテーブルに腰かけて、こちらに振り向く。
「ソロとしての経験や実績とか夢を叶えたまではともかく、バンドの経験がないヤツがなにエラそうに語ってるのよ? だいたい、アンタの言う自論ってのはいろいろと穴がありすぎてまったく参考にならないでしょ」
「うるせぇな。人の実績をとやかく言うの止めろよな、あと盗み聞きすんな」
そう言うと結理はヒドク毛嫌いしそうな表情で俺を睨む。
俺もそれに対抗して鬼の形相で返し、席越しから火花がほとばしる。
優雅で物静かな中にバンドの音が流れる空間では、少し場違い感がある。
「あはは、まあまあ2人共~。ここは落ち着いてよ。ねっ? それにしても、熱川君たちもウチの喫茶店に来てたんだ。えへへ、奇遇だね」
「ああ、そうだな稔。これは運命の導きなんだ。俺と結婚しよう」
「えっ? えっとその、それは、ちょっと。無理、か、な~っ?」
「え……」
俺の心の中でガラスが割れたような爆音が響き渡る。
瞬間、外で鳴いている蝉の鳴き声が異常にうるさく聴こえる。
軽く稔にプロポーズしたら、歯切れの悪い感じで断られてしまった!
なんてこったパンナコッタ、けっこうメンタル的なダメージがくる……。
「……ぷ、あっはっは! やべぇ、お前フラれちゃったな。ご愁傷様」
出番だというかのように、暁幸は高笑いしてソレに漬け込みバカにする。
さすがは結理と同等の人種だ、他人の不幸は蜜の味で飯が美味いってか。
「う、ううううるせぇ! 今のは、そう! 冗談、冗談だよ!」
さすがにショックがデカくて思わずうろたえて言葉もロクに喋れない。
だが、今出してしまった言葉が思わない墓穴を掘ったことを気づかされる。
「え、今の告白、冗談だったんだ。ってことは私、熱川君に弄ばれてる?」
「まったく、事あるごとにバカなことをしては、ふざけたことをしてくれるヤツね! 稔、いくらアンタにとって返せない恩があるって言っても、こんな軽く告白しては冗談に済ませるようなヤツさっさとフッちゃいなさいよ」
「いやいや違うよ? 事実、もう今バッサリとフられたけどね」
「ああ、そうだったけね。いやー、面白いとこが見れたわ~っ。で、その告白しては2秒でフラれた情けない男が、なにバンドでの実戦経験について大層エラそうに語ってたのよ?」
なんだコイツら、なんか見事なコンビネーションがあるぞ。
ああ、同じ穴のムジナだから、感性ですぐピッタリ息が合うんだな。
なるほど、わかりたくもないし強く反論したいが事実で言い返しし辛い。
「はい、お待たせ。アイスコーヒーだよ」
「あ、お父さん。ありがとう」
「おじさん、ありがとうございます」
いきなり現れたマスターがテーブルにアイスコーヒーを2つ乗せる。
2人がマスターにそう感謝を伝えると、執事みたき丁寧にお辞儀をする。
すると今度は俺の顔を見ては、少しだけ苦笑し、目をつむって口を開く。
「陽太君。ウチの娘を告白するのはいいんだが、からかうのはよしてね?」
「だー違う! 俺は別に稔をからかってるつもりはない。あと、告白して2秒でフラれた情けない男なんかじゃない! つーかこの俺に変な異名を付けんじゃねぇ! って、それも違う違う。いや、実はだな……」
話の収集が付かなくなった俺は弁論を放棄して、稔と結理に事情を話す。
そんな最中、喜々して俺たちを眺めたマスターは、またカウンターへと消えた。
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