95曲目
喫茶店の窓から涼し気な夏の風が吹き入り、蝉の鳴き声もエッセンスだ。
優雅なひと時となるコーヒーブレイクタイムにはマジで、美術的になる。
初となるバンドの俺たちもまったりな日常を謳歌している……。
「いや、違う! 時間を掛けて優雅にまったりしてる場合じゃない。いや、それも違う! 俺たちにはそんなどこにでもいるバンドみたく、納得ができる演奏も技術も育てられる時間が無いんだっ! 今はそんな状況じゃないだろ。俺たちには、今言った通り、そんな悠長なことを言ってる時間も猶予もないんだぞ。いいか、あくまでも本番は夏休み最後にあるバンドコンテストなんだ。今度のライブは、その前の度胸と腕試しみたいなもんだ。完成度や完璧で最高というのは二の次だと思え」
……ば、場合じゃなかった、マスターの雰囲気にのまれていたぞ!
俺はアメリカンブレンドの入ったカップを持つ手の甲でまた卓上を叩く。
気を持ち直して今、俺達のバンドが置かれている状況を熱血に判断したのだ。
「はんっ、なにをエラそうに事の事情を話してんだよ? 言っておくが、オレはそんな情けなくてダサいステージをやる気や、する気は微塵も無いからな」
「たしかにな。陽太が予約を入れたというライブハウスでのライブは今週末だ。バンドの練習したり技術向上をするのが1週間もないのでは、ちょっと時間の猶予がなさすぎる。これでは俺たちのバンドの演奏は、まさしくお粗末で、聴きぐるしくダサいモノしか出せないのではないか?」
「うーん、そうだよねぇ。さすがに、厳しいかな~」
さっきから話が全然まとまらない、実にバンドらしいがキライだ。
メンバーの3人はお代わりしたコーヒーを飲んでは浮かない顔を浮かばせる。
そして、まだライブをするよりはバンドの技術向上の方がいいときたもんだ。
そんなんじゃせっかくの勝利の女神様だってこの手で掴めず泣く羽目になるぞ!
「おい、おいおいおいおいおぉい! なにライブを演奏る前からそんなに泣き言を言ってはお通夜モードに入ってんだよ!? まったく根性も無ければ情けないヤツらだな! そんなテクニックとか練習がうんたらかんたらってのはこの際置いとけ。バンドなんだからライブをたくさん演奏ってなんぼだろうが? まず"Rocker"ってのは、愛する恋人や大事な妻が危篤やら家族の命日だって、いざライブがあれば、恋人も妻も家族の命日の日なんて……ぜんぶ向こう側に放り出してライブをしに行くもんだぞ!?」
俺がテーブルを思いっきり叩き物々しい音を出す。
3人ははっきり言って"めちゃくちゃだ……"という表情だ。
力強く持論を力説する俺に、おそるおそるケンが口を出す。
「え、えっと、それじゃあ、もし稔ちゃんが危篤になって今すぐに陽ちゃんに会いたいと願っても稔ちゃんのとこには行かないの? 陽ちゃん、もしそうなったら、稔ちゃんと永遠の別れになっちゃうかもしれないんだよ?」
「バカっ! んなもん……アコギを持って稔のもとに行くに決まってるだろ!」
ケンの問いに俺は真顔でそう言う。
すると当然、話を訊いていた3人は呆然とする。
俺は気づいていない感じだが、まさに無理やりすぎる。
「おい、なんだそりゃあ? お前、さっきから自分の持論を説いているけど、なんか言ってることメチャクチャすぎるぞ!? こいつは傑作だ、あはははははっ!」
暁幸は思わず手で目元を覆い高らかに笑い出す。
「おい、暁幸。なにバカみたいに笑ってんだよ!? 第一、稔はもう絶対に危篤みたいなことにはならないんだから、そんなつまらない仮定の話は意味を成さないんだよ! それとあんまり口開けて笑っていると、口の中にサンドイッチ投げるぞゴラァ!」
俺は有無を言わさずそのまま手に持ったタマゴとハムサンドを投げる。
見事に暁幸が笑って開いていた口の中にすっぽりと入り、そのまま咀嚼する。
何度か口の中でサンドイッチの味を確かめるように食べ、ゴクッと喉を鳴らす。
「マスター、このサンドイッチ美味いっすね! 俺ももらえます?」
「ああ、いいよ。その代わり……」
「了解っす。今度親友と来たらこのバカとケンと一緒に生ライブしますって」
「はい、かしこまりました」
なぜかもうこの店に馴染んだ暁幸はマスターとそうやり取りをする。
そしてマスターもまたカウンターでサンドイッチを鼻歌交じりに作り出す。
「あ、おい! 俺のサンドイッチ返せよ!」
無意識に投げてしまったサンドイッチを食べられたことに腹を立てる。
しかしそれも踏まえて暁幸はまた俺をバカにするような目で見て笑い出す。
俺は人の笑顔を音楽で笑わせるのは好きだが、笑われるのは癇に障るぞ?
「ハハハッ! いやもうお前、本当にわけわかんねー!」
そんな俺の気分をガン無視してコイツは高らかに笑う、ウザいな。
そこにカウンターから出て来てサンドイッチを持ってるマスターが近づく。
「どうぞ、タマゴとハムのサンドイッチでございます」
「あ、どうも。あとなんかうるさくしちまって、本当にすいません」
「いえいえ、お客様がたの楽しそうな姿を見るのもまた一興ですので。では」
そう言ってからお辞儀をして、振り返りカウンターの方へと進んでいく。
それを見てからオリジナルブレンドのコーヒーを飲む宗介が話に加わる。
「ふむ、本当に陽太のやることも考えることも全部が無茶苦茶だな」
なぜかみんなさっきから変わらずに呆れ顔だ。
俺はさっきから1バンドマンとして至極あたりまえなことしか言っていないのに、なぜこうも頭を硬くされて意図を理解されないのだろうか。
ま、昔からもこうだったのでもう慣れてるけどさ。
しかし、頭の固いコイツらを納得させるのは少し手強そうだ。
未だに優雅な日常を満喫したそうな彼らを見て、俺は心なしか思う。
ご愛読まことにありがとうございます!




