93曲目
バンドマンといったらライブ。
ライブと言ったらライブハウス!
……それに喫茶店や居酒屋でゲリラライブ!
いやー、あるあるですわー。
清々しく、小鳥たちがさえずり、華々も咲き乱れる。
そんな清らかで学生にはとっておきとなる、最高の日々が来た。
日々勉強などでげんなりする学生は、それはもう初々しく嬉しがる。
夏休みになった。
もちろん、長い休みとなる夏休みになったからと言って、初となるバンドを組んで活動をしていく俺たちには、携帯ゲームやらスマホを片手間に街をブラブラしてはモンスターなどを捕まえたりアウトドアを楽しんだりと、そういったよくある普通の学生らのように遊んではいられない。
俺たちには時間が無いのだ。
俺たち4人はとある喫茶店に訪れた。
そこは俺とケンはよく知る、馴染みがあり落ち着ける店だ。
そこが俺たちの幼馴染みである稔の両親が経営していると説明しておいてから、いざ稔の実家である喫茶店兼楽器スタジオのお店の外観を見ると、暁幸も宗介も非常に驚きながらも感心した感じだった。
俺がを筆頭に店の中へと入ると、カウンターにマスターがいる。
「おや? やあ、陽太君いらっしゃい。ケン君と、お友達かな?」
声質はとてもは穏やかで柔らかくバリトンとも評される声。
落ち着きがあるが、それでいてくすぐられそうになる表情。
一言でいうなれば、喫茶店のマスターより俳優が似合う男性。
稔の父親で、喫茶店兼楽器スタジオ"エテジラソーレ"のマスター。
とてもダンディな容姿と性格だがネクタイは意外に猫柄をしてる。
店の中は普通の喫茶店とそう変わらないが、木造の作りで彩られており店の壁にさまざまな弦楽器を飾ってあって、さらにここに来店した有名な音楽人との記念写真も壁に張り付けられている。
店内で流れている音楽は巷の流行曲とかではなく、この"白神郷"で誕生し世に出たインディーズ系のバンドの楽曲が多く、中には【Starlight:Platinum】や親父さんからの情報を得て【初代時世代音芸部】の楽曲も流れているとのことらしい。
「あと、やっぱり僕と奥さんが経営する楽器スタジオからも他のバンドマンが演奏しているのが、防音室加工でも漏れて聴こえてくるからね。それがまた楽しみでこうしてコーヒーや軽食を作るのもまた一興なんだよ」
はははっと気さくに笑うダンディーな親父さんである。
彼は俺の姿を見て磨いてたコップを置き、メニュー表を手渡す。
俺たちはカウンターの席を選んで、肩に掛けたギターケースを置く。
そのままカウンター席に3人が座ったのを見て、親父さんも近寄る。
「ああ、どうも親父さん。あ、俺はアメリカンブレンドで」
「あ、僕はカフェオレを1つお願いします」
「かしこまりました。そちらのお客様はどうされますか?」
親父さんが暁幸と宗介の方を見てうながす。
そして初めて来店する2人の方へと近寄りメニュー表を渡す。
少し呆気に取られている暁幸がページを開き、隣の宗介ものぞく。
「え、えーっと……んじゃ俺、ブルーマウンテンで」
「あ、俺はこの、オリジナルブレンドというモノを」
「かしこまりました。ふふっ陽太君もとうとうバンドデビューかな?」
親父さんは聴き終えたメニューのモノを慣れた手つきで作り出す。
そして笑顔で俺の方に向き、"よかったね"と付け加えてほめてくれる。
まったく、稔の親父さんとウチのクソ親父では父の威厳が雲泥の差だな。
「あ、はい。なんとか組めましたよ。これで稔と同じ舞台に立てます」
「うんうん。稔も昨日は陽太君がバンド組んだといって喜んでいたよ?」
親父さんは気兼ねなくそう答えながら、アメリカンブレンドを手渡す。
ここは豆から焙煎機を利用して作っているのだが、親父さんとお袋さんが毎日丁寧に手塩にかけて作っており、普通なら1時間くらいかけて作るのだがだいたい頼まれるであろうメニューをリストアップして事前に挽いてあるとのことだ。
職人魂が半端なく、それでいてここらでは有名な喫茶店である。
作業をしている親父さん話を訊いていると、どうやら稔はまた結理と共に二時世代音芸部のメンバーを収集して、ここじゃない他のスタジオへと出向いて楽曲製作と練習に明け暮れているそうだ。
アイツらも夏休みに入ってから熱入れてるな、いいセンスだ。
続いてカフェオレ、ブルーマウンテン、オリジナルブレンドが出来上がる。
味深い香りは香ばしく、豊らかな泡を立てて、実に美味そうな匂いを出す。
「ふふっ……それではどうぞ、気ままなお時間をごゆるりと」
マスターである親父さんはカウンター越しから丁寧にお辞儀をする。
ケンはそれに応え小さくお辞儀し、暁幸たちもつられて頭を下げる。
俺たちには時間はないが親父さんの言葉を訊き入れると、仕込みを始める。
そんな手際が良く愛想もいい稔の親父さんを見てから、俺は口に出し発表する。
「おいお前ら、俺たちのバンドでライブに出演すっぞ!」
俺はそうバンドマンであるための生存宣言をする。
テーブルに置かれたそれぞれのコーヒーを飲もうとした瞬間だった。
カフェオレを今飲もうとしたケンは飲むのを止め、こちらを訝し気に見る。
「え? ライブ?」
俺がそう力強く告げると、3人は目をパチクリさせて点になっていた。
俺は頼んだアメリカンブレンドのコーヒーをズズズッと飲み、卓上に置く。
「おいおい、なんだその呆けて辛気臭そうな顔は?」
なんだか俺の思い描いていた映像と違い過ぎて思わず肩をすくめる。
ここはライブできることに体が飛び上がって歓声を上げるところだろう?
夏休みに入ってこれからは強豪ともなる猛者が集うバンドを共に戦っていこうという仲間がこれじゃ、これからさきに続く未来ゆく末が心細くて困りはてるぞ。
3人はあっけらかんとしてるが、頼んだモノを手に取り口に運んで一口飲む。
「えっと~……あの、陽ちゃん。ライブって、なんの?」
「いきなりライブってことは、やっぱり定番の路上か?」
ケンが悩んだ答えと共に暁幸はキリッとした表情でそう答える。
確かにコイツの腕なら路上ライブしても集まるし、俺も経験者だ。
しかしやはりここは大きくドカンとできるモノじゃないと、意味が無い。
「いい線を言ってるけど実は違う。ライブハウスでのライブだ」
「ライブハウス? 大きく出たモノだが、そんなに簡単に出られるものなのか?」
「いいや、簡単なことじゃない。だけど問い合わせてみたところ、今週末にちょうど1つバンドがキャンセルしちまって空きができたらしんだ。だから寛大で熱意のある俺が予約入れておいてやったぞ。俺たちのバンドにとって初となるライブだ」
俺はもう一度アメリカンブレンドを飲み、卓上に置きそう答える。
それは偶然と言う名の必然、天命としか言いようがないタイミングだった。
ご愛読まことにありがとうございます!




