92曲目
ロビーの中が周りの練習するバンドの音が小さく聴こえる。
今しがた、俺の口から告げられたソルズロックバンドの名前。
俺自身が立ち上げたバンドを命名したその名を訊いたみんな。
ただただ黙って、今なんて言ったんだと、目と耳を疑っている。
「はっ?」
「よ、陽ちゃん。今、なんて言ったの?」
暁幸とケンが同様にわけわからないと言った感じに聞き返す。
それに反応して俺はサムズアップし、超いい笑顔で、もう1度言う。
「あえて言おう! 俺たち4人、キャッチフレーズは『熱くて楽しくてカッコいい』で、ロック界の新たな一陣の風として巻き起こる。そう、ソルズロックバンドの名前は今日から――『Sol Down Rockers』だっ! 太陽のようにギラギラして熱く、腐り切った人々すらも楽しくさせて、最高にカッコいいネーミングだろう!」
今の俺はきっと漫画みたいに歯が"キラリ"と輝いてるに違いない。
もしくはそれに加えてバックにはギラギラな風景も彩られてるだろう。
もちろん今決めたバンド名は天啓、言うなればただの思いつきだ。
だけど、一瞬でひらめいてピンと来たにもかかわらずこれほどまでに俺たちを敬称できて、なにより俺の大好きな『太陽』という意味も込められた単語がいい感じに埋め込まれているのだから、もうこれしかないと直感的に思った。
この舞い降りた天啓は、きっと天から覗いている神様の贈り物に違いない!
「え、えっと…………そるだうんろっかーず?」
稔がキョトンとした表情で、妙に遅く俺たちのバンド名を口にする。
その言葉を最後に、ロビー内は静かになり、他バンドの練習音が聴こえる。
あれ、なぜだかシンと静まり返ってしまったぞ?
そんな妙な静寂を切り裂いたのはおかしく笑い出す結理だった。
「……ぷっ! いや、もうダメ、無理。あっはっはっはっはっ! ちょっと、陽太、あたしを笑わせないでよ。で、でもな、なかなかハイセンスなネーミングじゃない! うんうん、そるだうんろっかーずね。い、いいと思うわよ? プススー」
「おう、まぁな。最高にイケてるだろう?」
「え、ええ本当に。ぷっ」
性格のひねくれて人の不幸で飯を何倍も食べれる結理と珍しく意見があったが、俺のバンド名を聞いてからずっと大爆笑しているのはいったいどういうわけだ?
「な、ななななななっ! だっせええええええええええええええええええっ!」
周囲の人が振り返らんばかりの大声で暁幸が吼えた。
結理が大爆笑しているその理由がすぐにわかった。
しかし俺としてはその理由、わかりたくもないし理解できない。
大声を出し吼えた暁幸が俺のとこに近寄り人差し指で意見を出す。
「おい待て、ちょっと待て、マジで待てやおいっ! 勝手にバンド名を決めてんじゃねえぞ! しかもそんな今どき流行らないような単語をベラベラ並べて、さらにダサくしたバンド名、俺は絶対に許さねぇぞ! こんな名前でライブに出てみろ、カッコ悪すぎて笑い者にされるだろうが!」
文句を言う暁幸は断固としてこのバンド名が不服なそうだ。
俺にはその不服な理由も、意図も、まったく共感できない。
これほどまでに俺らを象徴するバンド名があるか、否、ソレは無い!
「ダサい? カッコ悪い? いや、わかってないのは暁幸、お前の方じゃないのか? こういうのはズバリストレートかつシンプルに決めた方がいいんだよ。めちゃくちゃいいじゃねえか、『Sol Down Rockers』ってバンド名。ソルズロックを目指す俺たちにはうってつけすぎるだろ」
「バカ! ストレートでシンプルすぎるからこう文句を言ってんだよおっ!?」
「あの、ごめん陽ちゃん。僕もちょっとその名前はどうかと思うんだけど」
「すまん陽太、これは別にお前を責めるわけではない。……悪いが、俺も同感だ」
俺以外のメンバー3人が一致団結して"ない"と答える。
両手をやれやれと言った感じだったり、首を黙って横に振る。
「な、なん……だとっ!?」
そんな、まさかのバンド名が大不評!?
俺の神様から授かった天啓はまったく受け入れてもらえなかった。
名付けたバンド名が"ない"と抗議するメンバーに振り返り、説得を試みる。
「おい待てお前ら。な、なにがそんなにいけないって言うんだ? こんなにカッコよくてゴロもバシッと決まってる最高のバンド名じゃないか! 俺はとてもいい名前だと思うんだけど……」
その言葉を訊いた暁幸が猛烈なる顔つきで早口にまくし立てる。
「ふざけんなよ! そのバンド名、キャッチフレーズ、意味合いもなにもかもが全部ダメなんだよ! 安直すぎてない、ありえない、間違ってんだよっ! だいたい、なんで陽太が勝手にバンド名を決めてるんだよ」
「えっ? なに言ってんだ。こういうのはリーダーが決めるもんだぜ?」
「今、聞き捨てならないことが聞こえたんだが……。今お前、リーダーって言ったか? お前が? 楽器の弾き方も荒削りで歌もがなってるお前がリーダーぁっ!? いつどこで誰がお前をリーダーだなんて決めたんだよっ!」
「今、このスタジオのロビー内で、俺が俺自身で決めた。そんなの当たり前じゃん。だって俺が中心になって作ったバンド、いやソルズロックバンドなんだぞ? だったら俺が必然的かつ自然にリーダーになるのは決まってることだろう」
俺がケロッとした態度で当たり前のように言うと、暁幸はフッと鼻で笑う。
こ、この野郎……。
「バカ言うんじゃねえよ、陽太。バンドのリーダーってのはつまり、その中で一番優れててテクも魅せ方もよくて顔もスタイルもいいヤツがカッコいいヤツだ。だったら当然のようにリーダーは誰かわかるじゃねえか」
暁幸は長ったらしい髪を"ファサッ"とし、カッコつける。
そんなに長くて邪魔なんだったらちゃんと切ればいいのに。
「おお、そっか! じゃあやっぱ俺じゃないか。気が合うな!」
「ああ、そうか。まったく話にならないなコイツは」
暁幸はこれ以上言っても無駄だと思い、意見を一時中断する。
しかし俺のターンはまだまだ続行中で、思わず拳を天高くつき上げる。
「とにかく、もうバンド名は決めたんだ! 決定事項なんだよ! 俺たちソルズロックバンドの名前は絶対に、『Sol Down Rockers』で決まりなんだ! てかそれしかない。リーダーの俺がうんと決めたんだから絶対なんだよ!」
俺の身勝手で自己中心的な態度にまた暁幸が食って掛かる。
「は、はああああああああっ!? お前、マジでふざけんじゃねえぞ! そんなキャッチフレーズ、『寒くて面白くなくてクソカッコ悪い』ダサいバンド名にするなら、俺は今すぐバンドを抜けるぞ? はんっ、やってられっかっ!」
「違ぇよ! 『熱くて楽しくてカッコいい』だよ、このバカ野郎!」
「も、もう2人共~っ。意地の引っ張り合いでケンカしないでってば~」
熱の入った俺たちは今ではロビー内でも注目の的になっている。
休んでいたバンドマンや店員さんは俺らをまるで珍獣でも見てるようだ。
そんな怒号と怒涛のケンカを目の当たりしてる結理は思わずため息を零す。
「ねえ、稔。なんかこのロックバンド、今すぐにでも解散しそうじゃない?」
「え!? え、えっと、その……あ、あははっ。はぁ~」
結理の言葉を訊いて稔も愛想笑いからの肩ガックシのコンボを出す。
なにはともあれ、俺たちの初なるバンド名が命名された。
こうして、意見の噛み合わないが無事に絆成できた俺たち"Sol Down Rockers"は、結成当日である初日から早くも解散の危機を強いられ絶望を迎えつつも力強くスタートしたのだった。
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