90曲目
スタジオのロビーに流れる心地よい音楽と窓から吹く風。
いくつもある防音式のスタジオの中からそれぞれの音が出される。
そんな音色とバンドマンにとっては日常の風景の中、俺は暁幸に振り返る。
「おい、暁幸。いんや、兄貴! 最初にビシッとバシッと言っておくが、この子……違う、コレにだけは手を出すの止めろよ? もし出したら絶対に許さんっ!」
俺は、威厳と決意を持って、ビシッと力強く稔を指差す。
俺からまた"兄貴"と言われたことに驚き、暁幸も一瞬戸惑う。
稔も稔で自分のことを話に出されて思わず体をビクッとさせる。
「ね、熱川君。あの~っ、私のことを『コレ』扱いにするの止めてよね?」
「いいのよ稔、アンタはコイツのことを無視すればいいのよ、無視無視。反応すればコイツ嬉しがるから。それはともかく、ちょっと陽太、アンタどんだけ尊大なのよ? 1度その真っ赤なツンツン頭をカチ割って中を覗いてみたいわ。きっと頭の中お花畑でさぞかしHAPPYなんでしょうね?」
「あはは、なんか結理ちゃんが軽く言うと冗談に聞こえないよねっ」
外野が盛り上がっててちょっとうるさいんですが。
ただでさえやかましい結理に加えてケンも話に加わる。
そこに黙って静観する宗介もお茶を一口飲んで3人に加わる。
それだけなら微笑ましいのだが、なんかカヤの外でムカつく。
「だーっ! 稔以外のお前らちょっと黙れ、話を混ぜっ返すな。ややこしくなってわからなくなるだろうがっ! 兄貴、とにかく、お前にはちゃんとした彼女もいれば取り巻きの女どもだっているんだ。いくら彼女と同等、いや、それ以上に可愛いからってコイツだけには手を出すんじゃねえぞ?」
俺は暁幸に向けてもう1度稔のほうへと指を差して喧噪する。
めんどくさそうに頭を掻いて、少しだけ黙って見て、そこで動き出す。
「陽太、とりあえず、俺のことを『兄貴』と言うのは止めろ。名前で呼べや……ったく、まあなんだ。つまり、そこに居る可愛くておっとりしてそうながらもアイドル並みのスタイルを持ったこの子はお前の彼女ってことか?」
一瞬、スタジオのロビー内が静寂に思える。
"彼女"という単語を耳にした稔が唖然とした表情を浮かべる。
そして俺の顔と暁幸の顔を交互に見ては不思議そうにしてる。
「えっ? 私が、熱川君の、彼女?」
「いや、今は違う。だが、もうじき俺と稔は付き合う運命になる」
俺はそう本気な目で、混じりっけの無い気持ちで言った。
「えっ? ええっ!? そ、そうなの? もうじきそうなっちゃうの!?」
するとまた俺の顔を見てはギターケースを抱く力が強まる。
止めたげて、ギターがその大らかな胸で窒息するから止めたげて!
思わず横目でそれを見てしまった俺は、僅かにうなだれて憐れむ。
それは、自分の大事で好きな女の子のそんなとこを見た、淫らな自分にだ。
「稔、そんなに真に受けることは無いわよ。第一、ノリだけで生きてるこんなバカの言うことはもう放っておきなさいよ。考えるだけ頭が痛くなるから」
まさにテンプレや様式美とも言える結理の毒舌が出される。
そんな中、事の習わしを静観して考えてた宗介が一息つく。
「なるほど、つまり、陽太の片思いと言うわけか……春だな」
「おう、そういうことだ。さすが、寺と旅館の息子は話が早くて助かる」
「いや、なにがさすがなのかはわからんのだが……経歴も関係ないと思うぞ」
俺の誉め言葉になぜか宗介は困り顔になる。
おかしいな、俺はちゃんとコイツを褒めたのに、逆に困らせてるぞ?
俺は彼がなぜそんな風に悩んでそうな顔つきを浮かばせるか、わからない。
「ふ~ん、そうかいそうかい。陽太の片思いの相手ねぇ、これは驚いた」
暁幸が、稔の顔やら体を上から下と交互にジロジロと見る。
別にその視線はイヤらしいのではないが、なんかジッとしてられない。
「おいおい、なんて罰当たりなことをするんだ。善政は絶対に女神様か天使の生まれかわりで、この世に転生したともいえる稔だぞ? 神聖で崇め称えなきゃいけないものなんだから、そんなにジロジロとなめまわすように見るヤツがあるかよ」
そうだ、稔はまさに天から授けられた神聖なるものなのだ。
だからこそもっと大事にしないといけないし、なにより可愛い。
俺はなぜか自分の大事なことのようにうんうん頷いて、感心する。
「ええっ~っ。神聖な、ものって。私、なぜかモノ扱いされてる気がする……」
神聖やら女神様やら天使と言われた稔は、なぜかシュンとした表情を出す。
そこにジロジロと見てなにか思っていた暁幸はソレを止め、彼女の目を見る。
「ほぅ……まあ安心してくれ。俺には愛すべき彼女がいるし、確かに俺は女の子ならどんな子でも好きだけど、どっちかっていうと大人っぽい女性のほうが好きだからな。実際に俺の彼女だって大人っぽい。確かに稔ちゃんだっけ? 君も可愛いけど背も小さいし、顔つきもあどけない。ちょっと俺の好みとははずれてるかな~っ」
「おお、そうか! お前が年上やら大人っぽい好みと訊けてそいつぁなによりだ。よし、それだったらもう心配は無いな! 稔は見た目も可愛いしスタイルもすげぇけど、どこか子供っぽくて愛らしいからな!」
「そうだそうだ。可愛くても子供っぽいとちょっと……」
「「なぁ~っ?」」
なぜか最後は息が合い、思わず暁幸と強く握手する。
そこは双子の兄弟だからか、リズム感も話の折り合いもピッタリだ。
いきなり子供っぽいと言われた稔は少しだけムッとし、頬を膨らませる。
「ねえ、結理ちゃん。そろそろ私も怒っていいのかな? いいかな?」
「さっきも言ったでしょ。無視よ無視。エネルギーの無駄だから……って、ちょっと待って。今気づいたんだけど、陽太アンタ、本当にバンドを作ったんだ!?」
バカにした口調の最後に驚きの言葉を出してロビー内に広がる。
絶対にバンドなんかできるはずがない、そういった感情を覗かせる顔だ。
ふふん、どうだ見たかこの女郎め。
そうだ、俺は今日から新たなバンドを立ち上げ、頂上まで登り詰めるんだ。
結理の驚いた表情を見て俺は胸を張り、自信満々で誇らしげにしていた……。
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