85曲目
初のバンド練習でありがちな事。
曲の方向性も、音合わせの楽曲も合わされない。
スタジオ内に響くのは楽器と歌の音色じゃなく、怒声のいざこざだ。
「ああもう、ふ、2人とも~。ちょっと待ってよ!」
またもや睨みあう俺と暁幸の間に、ケンが割って入り仲裁をする。
ケンは今日と言う日が訪れてからずっとこんなことばっかりしているな。
神経をとがらせて気を使っているとそのうち頭皮が禿げるんじゃなかろうか?
「バンドを組めていざ音合わせってなれた中で、まだ初めてもいないうちから言い合いもケンカも今はやめようよ。さっきの宗介君が言った通り、スタジオで会わせられる時間ももったいないし」
ケンは平等に両方に微笑みかけて落ち着かせる。
確かにスタジオで演奏できる時間ももったいないな。
そう考えると稔の実家で経営する喫茶店兼楽器スタジオはすごい。
喫茶店に訪れてコーヒーを啜る手前からスタジオを利用する他のバンドマンからはきっかりお金を取るけど、娘の知り合いからはまったくお金を取らないという決まりを提示してくれるが、その代わりにお店のお手伝いや評判を上げるために貢献をしてくれというのがある。
俺もそれで喫茶店内にてアコギ生ライブをし、お客さんを集めたりした。
まあ、俺が歌うより稔やケンが歌った方が人は集まってたが、悔しくねーし。
2人のいがみ合いが止んだのを確認してケンは口を開く。
「暁幸君が好きな"PAIN・OF・SALVATION"も、陽ちゃんが好きな"Sum41"もいい音楽を世界に出しているすごいバンドだよね。だけど、僕はどちらの楽曲も、いきなり弾けるほどはあまりよく知らないんだ。やっぱり、初となるバンド結成で音合わせも最初なんだから、みんながよく知ってる曲を演奏するのがいいんじゃないかな。"The Beatles"なんかどう?」
ケンは嬉しそうに自分の好きなバンドの名を出す。
暁幸は意外そうな顔をし、俺はまた不機嫌そうな顔を出す。
「はあっ? おい、また凝りもせず"The Beatles"かよ」
「うん。陽ちゃんはあんまし乗り気じゃないのもわかるけどさ、だって僕、"The Beatles"ぐらいしか弾けないんだもん。それに世界中を代表するバンドなんだから、誰でも知ってると思うし。それに陽ちゃんは、最近練習したばかりだから、よく憶えているでしょ?」
「あ、ああ。まあ、そりゃ、そうだけどよ」
「じゃあいいじゃん。あ、それで暁幸君はどうかな? "The Beatles"は女の子が好きな曲も多いし、最初にバンドとして合わせられるピッタリなバンドだと思うし、ベースを練習してたとき邦楽とか洋楽とかをよく聴き込んでたって陽ちゃんが言ってたからよく知ってると思うんだけど……」
やけに的を射た言葉を放つケンに暁幸は妙に後ずさる。
勘がいいからか、それとも図星を突かれてなのかはわからないが。
彼は少し考えてから視線を横に流すようにし、自分の頭を指で掻く。
「お、おう。まあ出来ないことはないな。聴いてたには聴いてたし」
「俺も問題ない。"The Beatles"なら、バンド練習としては合わせやすいしな」
リズム隊の2人も渋々なとこも見えるが了承する。
「本当? ああ~よかったぁっ。それじゃあ、ここは僕の顔を立ててもらうってことで……楽曲はそうだね。あ、"Hey Jude"とかどうかな? 音楽にうとい普通の人から、音楽の愛好家、そしてプロの作詞家に作曲家とミュージシャンまでもが選ぶ代表曲だしさ」
自分にとって人生を変えてくれ未だに好きで聴いている洋楽バンドをバカにしては貶した暁幸にはまだ含むところがあったが、それはきっと向こうも同じだろうし、これではせっかく組んだバンドの活動が始まらないのも確かにその通りだ。
いざこざの制止をしたケンの提案に乗ることにした。
訝し気な態度と表情を浮かばせている暁幸も、渋々頷く。
「じゃあそれで決まりだね。良かった~っ。ごめんね、またわがままを言って」
ケンが爆発寸前のスタジオから一変したことに、ほっとため息をつく。
事態をドラムセットのとこから静観していた宗介は、意外に度胸を見せたことに感心し、じっとケンの顔を見つめていた。
「ふむ。日向は、意外に度胸もあれば苦労をするタイプだろうな」
「あ、あはは……」
物静かな2人は、なにか心で通じるところがあるみたいだった。
熱苦しく目立ちたがり屋の俺ら2人と物静かで落ち着いた2人。
動と静とも言えるような関係が保たれてて、意外によさそうだ。
後はまあ、ソルズロックバンドの協調性としてどこまで行けるか。
それだけが俺の中では何度も螺旋が渦巻き、将来の不安もよぎる。
だが、そんなマイナスすらも、熱気と決意で消し去ってプラスにしてしまおう。
そうとも考えられる、未知なる力を秘めた4人組バンドの誕生だった……。
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