7曲目
ギターストラップを肩に掛けた俺は、地面を蹴り弾けた。
ピンク色で彩られた部屋が、視界に映る目の前が酷く赤く塗られる。
もう歯止めも効かずにリミッターを解除された俺は、誰も止められなかった。
――ガッシャーーーーーーーーンッ!
俺は、右手にピックを持ちサウンドホールに手を当て左手でギターネックを握ったまま、思いっきり腰が入った足を振りかぶった。
備え付けの家具の上に置いてあったポットだかティッシュだかよくわからないゴム状のモノだかなんだかが、揃いも揃って蹴られたベクトル方向へとぶっ飛んでいきやがった。
俺はすぐさま足を地面に戻し、ギターを弾く態勢に入りヤツらを見下す。
「お前ら揃いも揃ってよぉ~? 本当に安っぽくて意地汚い連中なんだな! 今絶賛人気急上昇中のバンドマンと添い寝してやれりゃそれで満足して嬉しいってか? テメェら見た目は良いのに中身がてんで屑でゴミで気持ち悪いから、それが重なり合って異星人か宇宙生命体にしか俺には見えねぇわ! その酷く澱んだ心も俺の歌で綺麗さっぱり消してやらぁ!」
俺の凄みと怒号で部屋の中が洞窟じゃないのに反響する。
伊達に肺活量や体を鍛えて路上ライブしていたからこそ為せる業だ。
その相乗効果もあってか、女三人は真っ裸のまま身をすくませてる。
俺がピックをギター弦に向けて掻き鳴らそうとすると、横やりが入る。
「ちょま、なにすんだよ陽太! ギターをまず置け、話はそれからだ!」
突発的な暴れを目の当たりして田所先輩は唖然としている。
今いったいなにが起こったのかわからないって大間抜けな面を覗かせている。
してやったりだぜこんちくしょうって感じで少し胸がスッと落ち心地よいぜ。
今度は同じ要領でもう一回、俺は抱えたギターを振るうようにコードを鳴らす。
俺の大好きな"Emコード"が激しく刻まれる音と共にミニアンプから出される。
今練って手掛けるオリジナルのイントロを掻き鳴らし、思わず足も飛び出す。
今度はその足が壁を直撃し、安っぽい照明器具が喧しい音を立てて砕け散った。
ロックコードに転回しダウンとアップの弾き方を荒々しく変えて弾き語る。
誰かこの手を取ってくれ、ひとりぼっちの彼女を救ってくれ、掴み取ってくれ。
そういった世間の冷たい反感に対して反抗的な歌詞をつらつら並べて俺は歌う。
俺は業者に怒られるとかそんなの関係なしに歌えることをさっき知ったのだ。
こういったラブホテルってのは結構スタジオみたく防音で造られているらしい。
そしてここはその中でもしっかりと防音で造られており反響がいいとこらしい。
だから扉を閉めたらもはや音を聞きとることは不可能であり、やりたい放題だ。
「きゃあっ!? な、なによこの歌……うま、ううん、絶望的に下手じゃん!」
「な、なにこの子? なんなのよこの子は!? 頭おかしいんじゃないの?」
「ちょっとこのバカっ! さっさとそのうっさいギターを止めなさいよっ!」
淫売の女共がやっと悲鳴のような声を上げてぎゃあぎゃあ意義を申し立てる。
しかしそれこそが俺の狙っていた作戦であり、見事に釣られハマってくれた。
ああ、もっと騒ぎやがれ、大声でもっと……もっともっともっと声を上げろ!
歌を歌いギターを弾き暴れ気味な俺は女共に思いきり睨みつけてやった。
「Rescue You。手を伸ばせ、力一杯命一杯、全身の力を湧き上がらせて~っ! ……ああ、うっせぇ! 俺の頭と行動そのものがイカレてるってんなら、おまえらの考えてることややってることも相当イカレているってことになるんだよっ! イカレてる同士、俺の歌詞に応えてみやがれ!」
「お、おい、歌を歌うのを止めろって。ギターも止めろよ……いったいどうしたんだよ陽太? なにそんなに怒ってんだ? なんか悪いこと言った覚えが無いんだけどよ。俺はお前がそんなに荒々しくしてる態度の意図がわからねぇぞ?」
俺はその言葉を聞いた瞬間、また怒りの業火が湧き上がり爆発する。
もうここまで来たら先輩後輩の間柄なんて吐き捨ててやる、もういらねぇ!
「ド低能が、大ありだボケっ! バンドのイロハを教えるって言ったよな。それはなんだ、【I:Love:リカー&ドラッグ&ロマンティックラバーセッ〇ス=ロックンロール】ってよぉ!? 偉そうに先輩風を吹かせてベラベラ喋ってみれば、言ってることはありきたりなことに酒を足しただけじゃねえか! このロックかぶれの凡人が! 才能があって金があって導き出した真相がそれか、大層なこったな!」
俺は右手の側面に近い気持ち内側の部分を弦に触れて"ブリッジミュート"を掛けながら全て"ダウンピッキング"でロックコードを撃ち抜くように掻き鳴らすと、田所先輩は爆音に耳の鼓膜を刈り取られ思わず両耳を手で塞いでしまう。
俺は右手で重々しいロックコードを掻き鳴らしたまま怒りの形相で言葉を出す。
「ああ、そうだ。お前らみたいなどうしようもないヤツらがのうのうと居るから、日本が根っこから駄目にされちまうんだ! そんなに金があるんならさっさと外国にでも行って活躍でもしてみたらどうなんだぁ! ああっ!?」
俺が意気込んで『日本』という単語をだした瞬間だ。
裸に近い姿で乳繰り合う3人共ポカンとした表情を浮かばせる。
「おい、日本て……今俺たちはそんな話をしてないだろ? 本当にどうしちまったんだお前。俺がこういうのも気が引けるけどさ、お前もしかしてヤバい薬とかやってんのか?」
田所先輩がヤバい奴を見るような目を俺に向ける。
それに敏感に反応した俺がキッと睨み返す。
「やってるわけがねぇだろうがっ!」
俺の威圧的な剣幕に、田所先輩も女三人も言葉を飲みうろたえる。
近くでヤツに縋る女共の眼差しは、完全に狂人を見て震えている目つきだ。
発狂しそれすらも嬉しがり歌とギターを歌い掻き鳴らすヤツを見る目じゃない。
ああいいさ、受けて立ってやる、どんな目つきでも見てくるがいい。
でも思考も行動もイカレて狂っているのは俺じゃねぇんだ。
ここまで腐りに腐っちまって終焉を迎えた世の中の方が狂ってやがるんだ。
俺は俺の意思を曲げない、絶対にこいつらとは違う音楽の道を突き進んでやる!
「いいか、耳をかっぽじってよーく聞けよ! 俺は、お前らみたいなクズで金と見た目さえあればいいと考えるような人間には絶対にならない! 音楽をだしにして、セッ〇スとかドラッグとか酒とか金とかつまんないものしかベクトルを置けない思考なんかクソくらえだ! 決意を固めた大事なモンを差し出してまで得ようとは思わない!」
熱く熱弁する俺はそのままギターを休まずに掻き鳴らし再度Aメロに入る。
練りに練ったギターフレーズはかなり荒々しく形成されたが、別に気にしない。
「壁に書かれた落書きに、俺はいったいなにを願ったんだ? 夢や希望、破滅や破壊、裏と表の前後一体、どうしようもなく辛い心を埋めたいからだろ!? ……おい! アンタは、可愛いねーちゃんをはべらせてセッ〇スがしたいからポップパンク系のバンドを立ち上げて活動してんのか? 歌とバンドで稼いだ金をコソコソ隠れて若い女とイチャイチャしながら盛ってるパープリンなお前らは有名なミュージシャンと一夜を共にしセッ〇スをしたいから、別に興味も無い癖にロックを聴いてやがんのかよっ!?」
弾きながら歌う俺は、そのまま田所先輩を憎悪に満ちた目で睨みつける。
その言葉を聞いて図星を突かれたのか、それとも俺に恐怖を駆られたのか。
彼は酷く怯んで少し後方に仰け反った。
「田所先輩、アンタ、昔はもっと真っすぐで音楽に対して人生を謳歌して一生懸命にしてたし、絶対に"プロ"になって活躍するって言ってたじゃねえか! 腐り切った世の中に爆音の祝福を送ってやるって言ったじゃねえか! もっと自信なさげでオドオドして正直パッとしない感じだったけど、もっと今よりも見えない未来に無限の可能性があるって感じで輝いていたじゃないっすか!」
「は……はぁっ? 何言ってんだ。今の方がずっと輝いているだろ? 聞いてただろうが俺の話をさ。もうすぐ俺とバンドメンバーがデビューして、【THE:ONHAND】の楽曲が全世界に配信されるんだぞ? 第一、お前正直言っちゃうと昔々って止めろよな? 昔話でもすんのか、あっ? 俺は昔のことなんてすっかり忘れたよ。だって今の方が、なにもかもがずっと光輝いているんだからな! 昔がなんだし、意味わかんねぇよ!」
田所先輩はそう吐き捨てるように言うが、俺にはそう思えなかった。
ヤツの言う言葉には亀裂が入っており、突いたら崩れてしまうほど嘘に見える。
「HEY、HEY、HEY! おら女共声が出てねぇぞ! もっとハキハキと言いやがれ! ……へぇ~っそうかい。さっきアンタ今の方がすべてが光輝いてるってほざきやがったけど、自分自身が酷く汚れて澱んじまったから周りが逆に光輝いて見えてんじゃないのか? それがあんたのいうロックの生き様なんだな? ロックって単語を使われているだけでものすごくカッコ悪くて反吐が出るぜ!」
「あっ? なんだよそれ、なに言ってるのかさっぱりわからないんだけど?」
俺は地団太を踏みリズムを刻みながら思いっきりコードを掻き鳴らす。
女共は獲って喰われると感じて恐怖を抱き、『HEY!』に合わせ小さく答える。
そんな光景を間近で見ているヤツは酷く顔色を歪めて、気分が悪そうだ。
ははっ、良い気味じゃねえか……!
「俺は、絶対にくすんだり澱んだり、目標を見失ったりしない! これから先バンドを組んで、俺の音楽を追求し続けて、もっともっと熱い魂を燃え上がらせて光輝くんだ! ああ、くすんだり澱んじまったらバカな考えを持って汚れたお前らだってちゃんと俺が、俺の音楽が照らしてやる! 最高のスポットライトを照らしてやっからよお!」
俺は、ギターを背中の方に回してダブルベットである場所に飛び乗る。
腕組みをし仁王立ちになり、一夜限りの交尾に夢中な愚か者を見下ろしていた。
俺は息を吐き無駄な力が入った体を脱力してから、一気に空気を肺に吸い込む。
「いいか? お前ら全員、俺の姿を目に焼き付けて名前を刻み込んでおけ! 俺の名前は熱川陽太だ! ロック界に現れた流星? 一番星? そんなのは俺の性に合ってねぇ! ……熱く燃える"太陽"だ。俺は"ロック界の太陽"になって世界中の人間を照らしてやる!」
俺は一字一句、魂を込めて、自分の信条と革命を語った。
田所先輩も女三人も、唖然として仁王立ちでいる俺を見上げている。
そうだ、そうやって俺の姿をしっかり目に焼き付けて記憶に刻み込め!
「いいかゴラっ! 年中発情期なお前もお前もお前も、薄っぺらいロックを語りやがったお前も! 太陽となる俺、熱川陽太って名前を、絶対に忘れるんじゃねーぞ! わかったかっ!? 俺がいつか、近いうちに俺の音楽を完成させて、くすんじまって澱んじまった心に染まり切ったお前らの太陽になってやる! ……絶対に忘れんな。お前らは、この俺に救われて本当の人生を謳歌できるようになるんだからなぁっ!」
「お、おいおい、なにいきなりテンパったことを平然と大声で言ってるんだお前。ああ、あれか? まだ話してない悩みとかあるんなら俺、ちゃんと相談に乗ってやるからさ……なっ?」
田所先輩がたじたじながらも俺の方に手を伸ばしてくる。
けれど俺はその手をぶっきらぼうに払いのけ、また全員を見下す。
しかしその見下しには憎悪と激怒じゃない、他の感情が映し出された。
「いいか! 絶対に忘れるなよ! 熱川陽太という太陽漢を忘れるなっ!」
全てを出し切ったと感じたと同時に俺の中で"なにか"が弾けた。
心の中にうずくまって抑え込んでいた想いをぶつけ言いたいことを全て言い切り、今だにポカンと呆けた感じに俺を見上げている連中をピンク色の惨状的に彩られた部屋に残して、ベットからジャンプしてから掲げていたギターをそっと地面に置いた俺はその部屋を飛び出した。
ご愛読まことにありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。