74曲目
自分の頭の中に一瞬にして次のフレーズが浮かんでいるのだろう。
ヤツはまるで歌うかのようにあらゆる技巧を使って即興を楽しむ。
「~っ、……んっ?」
刹那、魅惑の低音と超絶技巧による魅了の世界が停止する。
双方ある奇妙で理解しがたい空間を創り出しては最高にいいベース音とマッチしてシュールな雰囲気に一瞬言葉を飲んで思考が停止しそうになる俺たちに、そのイヤに女性に優しくしそうな整ったキザ男、俺の双子の兄であり天才じゃなくとも奇妙な鬼才を持つ――"熱川暁幸"がソロベースの即興プレイを一時中断して俺たちに怪訝な視線を投げつける。
「おおっ!? よお、陽太じゃねえか。お前がこの寺にわざわざ友達と一緒に来るなんてなぁ? 珍しいこともあるもんだ。明日は空から槍でもなんでも振ってくるって天気予報の美人なお姉さんは告げてたっけかなぁ……っ。いーや記憶にございませんけどねーっ? って、おいおい、そんなにムキになんなって。悪い悪い、んでっ、一体なんの用だ?」
暁幸の軽率なセリフで、ヤツのベース即興に聴き惚れてた女たちも振り返る。
鐘撞学園女生徒はもちろん俺の噂も知っているため訝し気でしかめっ面を覗かせるし他校の彼女らもまた、色々と噂立っている俺とその友達であるケンのご登場にまさしく不審者でも見るかのような視線を送るのだが、そんなわずらわしい視線と"邪魔すんなよ"的なオーラに怯んでいるわけにはいかない。
俺たちは今日、ここに大事な用事で来たんだ。
女共の暁幸くんの即興邪魔すんなオーラに負けてたまっか。
そう心の中で意気込む俺は一歩前に踏み出し、仁王立ちになる。
「ベースの熱川暁幸、そんでもって、ドラムの穐月宗介。お前らの腕を見込んで俺たちは用があってこの寺まで来たんだ」
「……むっ?」
俺がはっきりそう言うと、向こうでこちら側に背を向けてなにか熱心に読んでいる男子生徒が、静かに振り返り、いきなり寺に訪問してきた俺たちをまた静かに眺めている。
そんなヤツの近くには経本やら旅館経営でのビジネス本だろうか、山積みになったソレらを全部読み終えてその休憩の合間ですよといった感じで、手元には俺もよく知っているライトノベルのような小説がある。
なるほど、アレが暁幸と宗介が親友になれた"きっかけ"か。
彼は読んでいるページにしおりを挟み、パタンと小説を閉じる。
「ああ、確か彼は、暁幸の双子の弟だったかな……雰囲気が似ている」
感心したような面持で静かにヤツは答えると、なぜかうんうんと頷く。
このあいだケンとCDショップに行くため街をいたら、神様の悪戯とも思えるほど偶然に暁幸とエンカウントしてしまったときに取り巻きの女共の傍にいたヤツで、コイツがこの綺麗に整頓された本堂やら寺全体を維持してお坊さんの活動をする夫と傍にある旅館の女将である母との息子である穐月宗介である。
暁幸と同じく部活を辞めた元男子軽音部で、パートは今でもドラムを叩いているとコイツらと同じヤツが話してくれたから、ドラムを続けているのだろう。
性格は全然違うけど趣味や感性が合う表と裏の関係。
まさしく俺たちと似てる者たちであり、パートはベースとドラム。
今まさにバンドを組もうとする俺としては喉から手が出るほど欲しい面子だ。
時間の無い俺らにとってはこれ以上無いほど、逸材はここらに存在しない。
俺は心の中でそう確信するが、なぜか不安もよぎってしまう……。
その不安要素はなんだと言われると、正直あり過ぎて困るんだが。
「おい、それで一体なんの用なんだよ? 俺はお前に訪ねられる覚えはねぇけど」
俺と双子の兄弟(縁は切ったも同然)なのに暁幸はハリウッドスターにも似た様な顔つきにある切れ長の目を細めつつ、寺とは場違いだろとヤツが言わんばかりに俺たちの訪問の目的についてめんどくさそうだけど何気なく考えているようだった。
「ああ、俺はアンタと親友である宗介に訪ねなきゃならない理由があるからここに来た。無きゃ誰がお前なんか顔を合わせるかよ。可愛らしい女共に囲まれながら、お前がすんごく大事にしている彼女を傍に置いて即興ベースプレイを申し分なく楽しんでいるところ、文字通り申し訳ないけども、アンタら2人に頼みごとがあるんだ」
「ふむ……」
俺はチラッと、少し興味を覗かせた暁幸の近くにいる女を見る。
彼女は俺が1回か2回ほどしか見たことない人だったが、長く清楚と言える長い蒼髪を両サイドでツインテールをし、上半分を輪の形状にして黄色と紅で入り混じったようなリボンでくくっている。
瞳の色は世界で数少ないと言える『エメラルドの宝石にも近い緑色』をしており、性格はケンや奏音と似て気弱であんまり喋らないと言った印象を受けるのだが、服装は正確の割りに聖職者のような黒いワンピースセーラー服にショートパンツでニーソックスを着用している。
確か暁幸は"やっぱ彼女にするんなら可愛くて優しくて、なにより胸や尻が大きくなきゃなっ!"とまだ電話やら家に一緒に住んでいたとき爆弾発言を毎度毎度ポンポンポンポン言っていたが、それに応えてあげるかのように非常に艶めかしくてスタイルも抜群ときたもんだ。
こりゃめんどくさがりのコイツが大事にするのは無理ないな……。
「あっくん……話、聞いてあげよ。ねっ?」
そのお淑やかな子は暁幸の服を軽く引っ張って答える。
周りにいる取り巻き共はそれを羨ましそうに眺めている。
へえ、モテる男ってのは色々と大変でお辛いでしょうねえ。
本当に、こいつはやること成すこと鬼才ばっかりだ。
そういう意味では奇妙ながらも逸材を見つけた、と俺は思う。
ご愛読まことにありがとうございます!




