68曲目
主人公は大切な《何か》に気付かされたようです。
大盛況、まさにその言葉が似合う憧憬だった。
世界の始まりを告げるビックバンかのような爆発的な光景が広がる。
大粒で彩られた恵みの雨のように鳴り止まない拍手と歓声が耳に劈く。
最高のアンコールを終えて、稔たちがライブステージから降りて来る。
そして、今回の鐘撞大祭の演出という裏方に回った女部員や、特設ライブステージに上がれなかった女部員たちと、向日葵のように色鮮やかな笑顔で文化祭ライブの大成功をたたえ合い、嬉しそうにはしゃいでいる。
稔もすごく嬉しそうで、みんなとなにか話をしている。
奏音もすっかり緊張の糸が切れたみたいに涙ぐんでいる。
しかも、あのひねくれ者で人の不幸でたらふく飯が食えるであろう結理すらも、珍しく喜々たる感情をあらわにして女子軽音部全員といっしょに喜んでいた。
「本当、いいライブだったよね。僕、思わず感動しちゃって鳥肌立っちゃったよ」
隣に居るケンが彼女らのライブを見て、屈託のない笑顔で俺の方へと振り返る。
本当に今年の鐘撞大祭ライブの最後を飾り、ふさわしいライブだった。
だけど俺はケンみたいに呑気に笑っている余裕も、褒める時間もありゃしない。
「あれっ? さっきからどうしたのさ、陽ちゃん」
「はぁっ!? どうしたもこうしたもあるかよっ! ちくしょうっ! あいつら、この俺を差し置いてふざけたことをしてくれやがってっ! 許さねぇぞゴラッ!」
俺がそう意味不明に怒鳴ると、周囲の人間が一斉に振り返る。
「ちょ、ちょっと。いきなりなに怒ってるのさ?」
「逆に問いたい。なんでお前はそんなにのほほんとのんびりしてられんだよっ!? あんなの魅せられちまったら、俺たちには時間が無い。くそっ! アイツら本当に熱くて楽しくてカッコ良かったんだよっ! 正直、久しぶりに人の歌う曲で体が震えて熱い魂に燃料を投入されちまったんだ!」
「……えっ?」
「なんだよ、なんなんだよこのクソみてえに最高でカッコいいバンドはっ! 普通はありえねぇじゃねえか。ギターを構えて歌を歌う稔は滅茶苦茶可愛いしマジで天使にしか見えなかった! ひねくれてムカつかせる結理もすげぇベースが上手いじゃねえか! ああ、やっぱ奏音は本当に天才少女なんだな! 修道女とロックを掛け合わせて変な衣装の癖に演奏にはまったく隙がねえ! 柳園寺と南桐もお嬢様してんのにドラムとキーボードが神がかってんじゃねえか! こんなインチキかチートでも使っているような最高に輝いているバンド、俺は絶対に認めやしねぇからな! 伝説を塗り替えるのは俺なんだからな!」
褒めながら怒鳴る俺に、ケンは苦笑している。
「感動してるのか怒ってるのかわからないから、どっちかにしなよね?」
「んなこと俺が知るかっ! お前自身で考えろ……くそっ、なんてこった! 二時世代音芸部バンドの演奏技術はすごいもんだと薄々気づいていたが、まさかここまで凄くて心躍らされるなんて思ってもいなかったぞ!」
「ああ、やっぱり……でもさ。ほんと、すごかったよね。それに、さっきまで暗く沈んじゃってた陽ちゃんも、今のライブを見て元気が戻ったみたいでよかった」
「ふざけんなっ! 全然なにもかもよくねえ!」
いい加減、俺の褒め怒鳴る声がデカすぎたらしい。
「あれっ? 陽太、あたしたちのライブちゃんと見てくれた~っ?」
今しがた大盛況として幕閉めでき特設ライブステージを降りて来た新部長の結理が、こちらに気づいていつもバカにするニヤニヤ感とはまた違う笑顔を送った。
そして、隣の稔に何か話をして、稔も俺の方に気づく。
「あ、ヤバい! アイツらこっちに来て感想を求められそうだ。マズい」
「えっ? それの何がヤバくてマズいの?」
ケンはのんびりした口調でキョトンとする。
こいつにはもっと"闘争心"というのを学んでほしい。
いや、それを学んだらなんかケンじゃないからそのままでいいか。
「あれっ? いや何がって、そんなの一々言わなくてもわかることだろ。だって今俺とアイツらが会ったら、認めたくはないのに、俺はアイツらが今大歓声を沸き上がらせて大盛況でやり切った演奏を絶賛して認めちまうじゃないか! そんなの俺が許せねぇ!」
「うん? 減るもんじゃないし、別に褒めてあげればいいんじゃないの?」
「減るもんじゃないとか、いいわけがあるか! 考えても見ろ、俺みたいなヤツが笑顔で"今のライブ……すごく良かったぜ"とか言ってみろ? ムードぶち壊しで台無しにしちまうしよ。それに負けを認めちまうようなこと、口が裂けても首が取れても命の灯が消えても言いたくはないんだ俺は!」
俺がまた意味不明な不思議言語を出す。
死人になったら口なしになって言えないんじゃないの、とか。
自分で言っておいてなんだが、それでも俺は言いたくはない。
「じゃあ、感想を言わずに言わなきゃいいんじゃないの? お疲れって感じで」
「いいや、無理だね! もしアイツらに会ったら、限界で言葉にしちまうよ! "俺よりも輝いてて最高にカッコよかった"って言っちまうんだ。だってアイツら、演奏もバンドとの会話も客に対しての心意気も盛り上がりも何から何まですっげーよかったんだよクソッタレッ!」
言いたいことをケンに言い切った俺は、その場から走り出す。
ステージ脇の地面を蹴り、無我夢中に記されないどこかへ走り出す。
今はただ、この沸き上がった熱気の感情と共に、無性に走りたかったのだ。
自分自身に嘘や偽りを吐かずに、ただただ素直に音楽をする。
そんな二時世代音芸部に近づくには、未来を走り続けるしかない。
その先にあるであろう、俺の知らないメンバーと、ソルズロックの真実が。
俺は持って来てたテレキャスターのギターケースを背中に背負う。
相棒と共に、これから先待っているであろう過酷に、負けないように。
二時世代音芸部から教えられた、人を想う気持ちを大事にするために。
「バカ野郎俺は逃げるぞ! じゃあ走り出す用事があるから、さらばだケン!」
「えっ、ええっ!? ま、待ってよ陽ちゃんっ! 置いてかないでって!」
俺が感情のままその場から駆け出すと、なぜかケンも後を追って来た。
ああそうだよな、俺のバンドにとってお前は、最高のメンバーだからな。
だったら俺たちは、この夏で変わるために、走り続けるしか道は無い。
「え、ちょ、ちょっと、あんたら待ちなさいって!? なんで逃げるのよー!」
背後から背中に向けて、驚いた結理の声が聞こえた。
俺は走りながら振り返り、結理に中指を立てて応えるように叫ぶ。
「はんっ、うっせぇんだよ~! ばーかばーか! クソッタレな演奏ご苦労さん。お前の姉ちゃん美人だけど兄ちゃんは女物コスプレの変態野郎~っ! ライブ衣装を着たお前と瓜二つ~っ!」
「な……っ!? な、なんだとー! 陽太コラー、待ちなさーい!」
嬉しそうな顔から一変し、結理は真っ赤にして怒り出す。
その隣でライブ終わりの話で盛り上がってすぐにでも俺のもとへ近づこうとしていた稔と奏音は、その光景を目の当たりしてポカンと子猫みたいに可愛らしい表情であっけにとられていた。
「へっへーんだっ! 待てと言われて待つバカがいるかよーっ!」
「な、なにを言ってるのさ陽ちゃん! や、やめなよ~っ」
「うるせぇ! 弱気になんな。ケン、お前も高らかに言ってやれ!」
爆走する俺はケンの方に向き直りながらそう答える。
並走しているケンはその瞬間、困惑した表情を浮かばせる。
「ええ、イヤだよ。そんな、意味のわからない暴言みたいなこと……」
「んだとっ!? ったく、友達甲斐のないヤツだな! んじゃあ、この俺がお前の心を代弁していってやろうではないかーっ! アホーバカ―! このオタンコナスのヘッポコピーめがぁ! BYケンよりってなあ!」
「あわわわわわわっ! よ、陽ちゃん。やめて、やめてってばー!」
俺らは道を走りながらそう話をし、大盛況のライブ会場から遠ざかる。
まるで空に浮かぶ太陽に向かって全速前進しているみたいに、走り続ける。
「なっ……あ、あいつ~! よ、よくわかんないことを言われたけど、今すぐこの手で殺す! 地の果てまでも追って必ず仕留めてやるわぁ! 走るのを止めろやー! おい待てコラ、こんの、バカ陽太あああああああっ!」
怒り心頭気味の結理が多くの人ごみをかき分けつつ、俺たちを追いかけて来た。
その隣にいる奏音はまた気弱そうにアワアワとしているが、いきなり走り出した俺たちのことを見ていた稔は思わずくすっと笑い、見えるようになった目でただただジッと見ていた。
結理が走って来たのを確認した俺は速度を上げて、猛烈な引き離しにかかる。
俺は晴天に向かって人差し指を出す手を上げ、心の底から想いを宣言する。
「言っておくが、俺はお前たち、二時世代音芸部の演奏に負けてはいねぇんだからな! まだ俺たちの勝負は終わっちゃいないぞ! もっともっと演奏技術とバンドの結束、そんで歌とギターの力量も上げてからもう1度勝負の続きとしようじゃねえか! だから次まで持ち越しだ!」
俺は道を爆走しながら力量の高い結理に向かって熱く叫んだ。
ああそうだ、全然ダメだ、まだ俺は燻って終わる太陽じゃねえ!
だって、まだ俺という人生の門出はやっと始まったばかりなんじゃねえか!
「まだ、俺の熱くて楽しくてカッコいいバンド活動はフィナーレを飾らせねぇぞ! そうだ、だってこれが本当のはじまりなんだからな! この腐敗した世界に爆音を届けるために、この酔狂な世界に心動させて爆発させるために、こんな最高に熱い夏の世界でギラギラに輝く太陽の下で息を吹きかえるんだ。それこそ0からバンド生活をして……絶対に! 絶対に二時世代音芸部へリベンジを叩き付けて、今度こそ勝ってやるからなっ!」
そして俺は後ろを向くのを止め、再度、空に浮かぶ太陽を見上げる。
だから、それまで待っててくれ……稔。
最後の言葉だけ言わずに、胸の内に秘めて、熱川陽太は人生を走り出した。
ご愛読まことにありがとうございます!
第1部ーー完!




