66曲目
リアルで用事があり遅くなりました。
楽しみにしてた貴方には申し訳ない。
人気急上昇中のヒーローアクションショーの幕開けみたいな演出の煙がおさまると、特設ライブステージ上に、テーマは"修道女"と"ロック的なライブ衣装"(ミッション系を代表する十字架を描かれた黒と白のパーカー,ゴスロリワールドに修道女のイメージを足したって感じの衣装)に身にまとった二時世代音芸部バンドのメンバーたちが手慣れたように現れた。
『みなさんこんにちわーっ! 二時世代音芸部です!』
ボーカルマイクを通して活気のいい声がステージ全体に広がった。
今回の鐘撞大祭のステージに立った今、晴れて女子軽音部と二時世代音芸部の新部長になり幸之助さんから授かったのであろう例のガムテープなどで補強された新品同様のベースを肩から引っ下げた結理を取り囲むように、稔に奏音や柳園寺と南桐がステージの上に立っている。
その光景は、俺の演奏ったモノとは、圧倒的に違った。
楽器を手に取り音色を奏でてボーカルマイクから歌を歌う稔たちの立っているステージには、まるで今まで生きて来れたこととこれから先も生きれる"生命"の喜びに満ち溢れているかのように明るく、それも俺が目指している太陽のように燦々で月のように麗らかに輝いていた。
俺が立っていたステージ、俺の歌やギターなんかとは、あまりにも違う。
なんで、なんでここまで差が開いてんだよっ!
俺は自分の音楽に向ける気持ちの不甲斐なさに呆れ、拳を強く握る。
「あ、陽ちゃんっ」
学園の方へと一気に突っ走っていってから戻った俺の存在に気付き、ケンは特設ライブステージに立っている二時世代音芸部バンドが演奏するのに向けていた視線を、こちらに寄越した。
「ああ、やっと来た~っ。ね、ねぇ、本当に三岳部長と先輩たちに頼んできたの? 演奏が納得いかないからもう1回ライブをしましょうって? で、三岳部長たちはなんて言ったの?」
「んなもん知るかっ!」
俺はケンに思いのまま、ありのままに怒鳴りつける。
自分でも理不尽かつ不条理だと思うが、正直に話す気になれなかった。
説教されて、ライブよかったと褒められて、それで稔たちの演奏のよさだ。
もう俺の頭の中でグルグルと色んな気持ちが流れ込んで、もうわからない。
俺がそんななんとも言えない顔つきでいると、ケンが苦笑する。
「ああ、やっぱりもう1回ライブをしようって無理難題はダメだったんだね? でも、陽ちゃんにはこれから先、バンド生活が待っているんだから気持ちを切り替えよ? 僕が今の陽ちゃんを見るに三岳部長や先輩らの言い分が正論で、ショックを受けて落ち込んでいるところを逆に肩や背中を軽く手で叩かれながら慰められちゃってもっと落ち込んじゃって、二時世代音芸部バンドのパフォーマンスと演奏の完璧さを目の当たりしてさらに落ち込んで僕に怒鳴ったと。なるほどなるほど」
ここに俺の気持ちを読み取れる心理学者がいるんだが。
まるで俺と一緒にその場に出くわして見てたかのように言い当てる。
「なあ、お前はエスパーかよ……」
そうだ、なんで全部見てきたかのように言い当てちまうんだ?
全てを見通すとかよくファンタジーもののライトノベルとかで異世界転生者などの能力であるのを見たことがあるが、ケンがそのメルヘンでファンタジーな世界から転生したなにかか神か悪魔か人智すらとうに越えた存在に見えて、俺は思わずその場から仰け反ってうろたえる。
「ふふっ、もしかして陽ちゃんは僕のことエスパ―とか心理学者とでも思ってるの? それか陽ちゃんが異世界転生者とか神か悪魔とでも? それぐらいわかるさ。陽ちゃんと僕は何年友達として付き合ってると思うのさ?」
ケンはまた苦笑して爽やかな笑みをこぼす。
簡単に言ってくれるが、俺はケンのことをそんなにわかっているのだろうか?
俺はケンみたいに人を見る目がないし、考察力も心理的にもうといんだぞ。
そこで俺はあることに気づかされ、思わずハッとする。
俺は小学高学年からずっと独りで、音楽と向き合い生きてた。
中学に入った頃からはお袋と暁幸が家から出て行って親父も荒れて、飯もロクに作ってくれないクソ親父にはなにも言わずカップラーメンを作ったり、路上ライブで得た金でスーパーの半額おにぎりと500mlペットボトルのお茶などで過ごしてたこともあった。
泥を吸ってでも生きてやるって執念が、俺のどこかにあった気がした。
そこからは自分の空っぽな自信が体を駆け巡り、一匹オオカミを気取った。
でも、よくよく考えると一匹オオカミらしからぬこともあったな。
稔の家である喫茶店兼楽器スタジオではよく入店してはアコギ生ライブを快くやらせてもらったし、ケンと奏音の実家にある豪華な楽器スタジオやこじんまりしたライブハウス同等の機材と防音室で彩られた部屋で俺自身が手掛けたオリジナルを演奏させてもらったり、あの日を境に路上ライブを独りでやってた俺がいつの間にかケンに結理や……稔が傍に寄り添ってくれていたんだ。
ああ、そうだ。
あの日以来、心の中で"なんでも独りでできるんだ"と息巻いている俺は自分ひとりの力で再動できた音楽の人生を生きてる気になっていたが、実はみんなに見守られて背中を押してもらって生きているのかもしれない。
そうなると、自分がいかにちっぽけな存在なんだと思えて仕方なかった。
あークソっ! なんか俺、また弱気になっているじゃねえか!
俺はもう、弱気になって燻った太陽なんかにならないと決めたんじゃねえか!
「もう、ほらっ、そんなに落ち込まないで今は二時世代音芸部バンドのライブを見てみなよ! 本当にすごいよ、やっぱり女子は本格的でカッコいいなあ……」
ケンはステージの方へと視線を移し感想を述べる。
その方向には、さっきの俺では到底聴けず視えない、未来の現実がある。
7割強から8割弱までの客層じゃなく、10割越えの観客。
そして合唱にも思える歓声の中、自分たちの楽曲を演奏する演者。
俺が思い描いていた完成形を、なんてことなくやってのけたのだ。
ああ、そこには確実にある。
俺はまだライブステージの方を見てないが、ちゃんと音が聴こえる。
今でもずっとずっと、大好きな、稔の声と楽器の音色が聴こえるんだ。
"君は無独じゃない"って教えられた、二時世代音芸部の音色と姿が……。
ご愛読まことにありがとうございます!




