65曲目
1人の力って限界がある。
俺はそこで、1つある心に刻まれ痕が残る言葉を思い出す。
『だけど、君の音楽はヒドク1人よがりすぎてね……聴くに堪えなかったよ』
さっき俺に演奏の感想を述べた男子生徒の言った通りだ。
自分の音楽こそ最高に優れていると思い込んでた俺が勝手に1人で無暗に突っ走って、それで重圧という爆弾を背負ったまま1人で派手に転けて、溜まりに溜まったソレが爆発しちまってすべてを無下にし台無しにしてくれやがったんだ。
なんてお粗末で、無様で、つまらない話なんだろうか。
「すんません……もしかして、俺のせいか? 俺が、晴れ舞台となるバンドステージでもあって、先輩ら3年生の最後となる鐘撞大祭のライブステージを、あの失態で全部めちゃくちゃにして台無しに……俺は、とんでもないことをしちまって」
「いいや、それは違うぞ熱川。そう自分を卑下にするなよ。それに台無しなんてことはないさ、毎年鐘撞大祭のステージはこんなもんだったと思うけどな」
「そんな、だって全然ライブ盛り上がらなかったじゃないッスかっ!」
毎年あんな出来だったなんて、俺は納得できない。
思わずそう食ってかかると、三岳部長は苦笑した。
「だから、毎年そんなもんなんだって」
そう優し気に笑って、困ったように頭を手の指で掻く。
そのとき三岳部長は賛同するような目で先輩らに向き、全員頷く。
「むしろ、今回の鐘撞大祭でのライブステージでさ。男子軽音部の演奏は、熱川が一生懸命で、必死に俺たちが選んじまったカバー曲を歌って弾いてくれてよかったよ。何事も本気で必死にやってくれる熱いヤツだから、わざわざギター&ヴォーカルで選んだ甲斐もあったってもんだ。代表してお礼を言わせてくれ、熱川、本当にありがとう」
三岳部長はそう俺の目を見返し、頭を下げる。
俺はその行動の意図が、すごく、気に入れなかった。
「ふっ……ふっざけんなあっ! 先輩らの今年最後となる鐘撞大祭のバンドライブを俺が必死こいて一生懸命に歌を歌ってギターを弾いてやったって、聴いてくれた人々が認められる結果が出なきゃ、今までやってきた過程も苦労も全部意味が無いッスよっ!」
「えっ、そうかな? 俺は別にそうは思えないけどな」
「俺がそう思うんスよ、結果が無いなら意味ないって」
「ああ、そうなのか? まあ、そう思うのはお前の勝手だけどさ……」
三岳部長は俺のいい分を訊いてから、少し考え込む。
そしてまた優しくそれでいて困ったように微笑んだ。
「ああ、そうだ、そうだったよなぁ……男子軽音部で、本当にこれからバンドを組んでライブがやりたいってのは、お前とケンくらいだからなあ。だから俺たちが、今回選ばれた鐘撞大祭ライブでのお前に合わすべきだったんだ。そうしてたら、ほんの少しは、熱意を注いでいたお前が満足して納得のできるライブステージになったのかもしれないのにな。本当に、ゴメンな」
三岳部長はまたそう謝って、苦笑する。
俺はそれに答える言葉が見つからない。
だからただその謝罪を訊いて口を閉じ黙っている。
情けなく黙り続けて、三岳部長に優しく慰められてる。
その姿が、なんて惨めでカッコ悪いんだ。
「でもさ、熱川は今でもライブが終わっても認められないで全然納得いってないかもしれないけど、俺たちは十分満足だったんだぞ? お前はイヤだったのに『The Beatles』のカバー曲を練習して、あんなになるまで必死に人の前に立って歌って弾いてくれたんだ。これほど納得がいって、感謝できることって早々無いだろ?」
「そうだぞ熱川。熱意は伝わったし、俺はあのライブすっごく楽しかったぞ?」
「そんなに気にすんな。俺たちはもう楽器に触れることも、バンドをやっていくこともなく、それぞれ俺たちの道に進んじまうけどさ。お前はこの夏はソロからバンドに転向して0から始めていくんだろ? すげぇじゃん。もしお前がバンドを組んでライブをやるって知らせがあったら、必ず見に行くからな」
先輩たちは、そう曇りなく笑いながら俺の肩や背中をぽんぽんと叩いてくれた。
先輩らや三岳部長の出す手は、どこか暖かく、傷ついた俺の心を拭ってくれる。
「……………………」
俺はなにも言えなかった。
先輩たちは未来に向いているのに、過去ばっか見る俺は本当に惨めで情けない。
俺が全部台無しにしたってのに、罵声を言うどころか逆に慰められるなんて。
だったら先輩にたいして罵詈雑言をふんだんに込めて怒鳴り散らしたことも込めて、同じように怒鳴ったりグーパンでぶん殴ったりしてもらった方が、虚無感に駆られた俺はずっと気がラクになるのにさ。
だいたい俺は、ずっと内心でこの先輩らや同級生を軽く見て評価してた。
それは、楽しくて面白く過ごせる学生生活の片手間でなんとなくバンドをやっているという音楽を志す人間の神経を逆撫でする中途半端な姿勢に対して、本気でバンドをやっていこうと試みる俺は煮え切れないモノを密かに感じていたからだ。
俺はそういう気持ちだって性格上隠し通せるわけでもなかったし思ったことはすぐ口にしてしまうタイプだったから、バンド練習の妨げになるため言わないで溜め込んでいた俺がどう思っているかは同級生のヤツらもそうだし、三岳部長や先輩たちにも伝わっていたと思う。
それなのに、そんな俺にもこんなふうに暖かく慰めてしまえるなんて……。
なんて無様で、惨めで、救いようがないバカなんだ俺はよおっ!
俺がそう心の中で自分に腹を立てていると、三岳部長は窓から外を見る。
「俺たちのために、一生懸命ライブをしてくれて本当にありがとな? ほらほら、終わったことは哀しいけど、悲観的な話はこれでおしま……って、お? 熱川、おい見てみろよ。特設ライブステージの方、なんか煙が出てきたぜ」
何かを口に出して言おうとしたら、三岳部長が視線を向けた控え室の教室にある窓の外、さっきまで俺と男子軽音部が立ってライブをしていた特設ライブステージの方を見ては指差した。
やりきれないでいる俺も、僅かにそちらの方へと視線を向ける。
無様なステージを刻んだ俺のいたステージには、ドライアイスの水蒸気がもうもうと空へと向かって立ち上がり、まるでカクテルライトのように鮮やかで綺麗に彩られた光がライブ会場に新しい色を付けている。
無である0から有となる1へと変えて、それこそ伝説と実績を刻まれた意思を引き継いだ二時世代音芸部率いる女子軽音部のライブステージは毎年控えの女部員がライブハウスやらステージなどで実際に学びに行き勉強した特殊効果などを担当し、まさにプロ顔負けのエンターテイメント的な完成度を高め続けている。
明らかに、他の団体と俺らの出し物とは比較にならない一線を画していた。
男子軽音部らも、そのすごさに圧倒され、窓から身を乗り出し見惚れていた。
「ははっ、流石は女子軽音部と二時世代音芸部だ。こりゃ、モノが違うし本格的さも俺たちと比べたら圧倒的な差を出しているよな。……これは演奏も見ものだぞ。さあ、俺たちも早くライブを見に行こう」
三岳部長が控え室から出ていくと、カルガモのようにみんな出ていく。
もしかしたら、ずっと落ち込んでいる俺に気をつかってくれたのかもしれない。
優しさからであろうが、それも今の俺にとっては惨めで情けないことだ。
今の俺にできなくて、今の稔たちにできること。
それが今、失った俺が願ってもできないでいる、バンドのライブなんだ。
そうなってくると空っぽになった体に、熱いなにかが注がれてくる感覚がする。
「クソッ! バカにすんじゃねえ! こんなとこで下向いて燻ってたまるかっ!」
俺は何度目かになる決心を固めて、俺は落ち込んだりしないし諦めもしない。
弱気な自分を熱気で奮い立たせ、俺は稔たちの華々しいステージと最高にイカしてカッコいい演奏を、この目に焼き付けこの耳に刻み込むために控え室となっている教室から飛び出した。
ご愛読まことにありがとうございます!




