64曲目
投稿遅くなり申し訳ありません。
俺はのんきに構える三岳部長をギラついた睨みに似た視線で訴える。
「ちょっと待ってくれよ。なに諦めのいいこと口に出してヘラヘラしてんだよ? 俺ら2年生や今年入学した1年生ならともかく、来年の受験だかなんだかを控えたあんたら3年生にとっては、今のは最後となる鐘撞大祭のライブステージなんだぞ? あんなんでいいのか、3年である先輩らは最後の最後に有終の美を綺麗に飾らなくていいのかよ? ことわざで"終わりよければすべてよし"って言葉、頭のいい先輩らや三岳部長なら分かるだろう? なあ、あんなんで"すべてよし"って心の底から言えるのかよっ!?」
もはや先輩後輩の間柄関係なしにケンカ腰な俺のいい分と胸ぐらを掴みかからんばかりの俺の睨んだ視線を、三岳部長は静かになにかを考えながら見つめ返しているし黙って聞いている。
その全てを見透かしているように思えた目に、俺はなぜかたじろいだ。
三岳部長はため息すら出さずに、重々しく閉ざされた口を開いた。
「熱川、お前がさっきのライブステージの上でやった男子軽音部の演奏に、全然満足できずに未だに納得できないっていうのはわかった。お前の音楽に対しての熱意は俺もよく知ってるし、関心に値するモノだと思える。けどな、俺たちの本番はもう終わったんだ……夢を思い描いて見るのはお前の勝手だが、現実から背けずにちゃんとその目で見ろ」
「ぐっ! けど、あれじゃ終われねえ。もう1回ライブをやろうって……」
「まあ聞け。今のライブや俺たちの迎える受験とかなんでもそうだけど、出来がよくないとか納得いかないとか思って失敗に終わっても、じゃあもう一回やるってやり直しは利かないだろ。練習とかでミスをしたらやり直しは利くだろうけどさ……これがもし大事な人が死んだとかになってみろ? それ、やり直しが利くのか?」
俺はその言葉を聞いてひどく狼狽え、顔を伏せそうになる。
人が死んだらやり直しが効かない、俺はそのことをよく知っている。
だからあのとき、その希望となる道を与えれたのが、すごく嬉しかった。
稔の、眠るように死ぬ運命を課せられた女の子を救えて、笑顔が見れたこと。
俺はその瞬間、音楽は人の心も癒して救える医音同源だとも本気で思えた。
けど実際は、こんな風に失敗をしたらやり直しが効かないのが現実的なんだ。
「悪い、ちょっと言い過ぎたな。俺もお前の気持ちはわかるし、汲んでやりたい。まあそりゃ、今回の文化祭でのライブステージなんか、無理を言えばもう1回ライブができないことはないって俺自身も言いたいかもしれない。けれど、文化祭だって時間に限りがある。俺たちと同じようにあのライブステージの上立って、演奏したいって人がいるんだ。簡単なことだ、俺たちがもう1回ライブやらせてくれって無茶を言うことで、望んでいた鐘撞大祭のライブステージに上がれなくなるグループやバンドだって出てくるかもしれない。……熱川、責任をとれるのか?」
俺はまた三岳部長の正論を聞いてたじろいだ。
感情的に出したい言葉が多々あるのに、口が噤んで出せない。
体が震え、今にも崩れそうになる俺の思いを必死に積み立てるしかできない。
「そんなの……関係、ねえじゃねえかよっ」
全てが、悔しかった……。
俺の必死に絞り出した言い訳は苦しかった。
三岳部長の言うことがあまりにも正確で、付け入る隙が全然ない。
だけど、じゃあ俺のこのやるせない気持ちはどうしたらいいんだよ?
俺は拳を強く握り、どこにも向けられないソイツに腹が立つ。
「それに、やり直しが利かないからこそ、かけがえのない大切なモノになるっていうこともあるんじゃないのか? 大富豪で金持ちがソレを買いたいと言っても、見えるけど見えないモノなんだから。だからこそ、なにかを成し遂げたいと願う人はそこに、全力でぶつかって努力を注いでいくわけだろう?」
「そ、そりゃ、そうだけどよ……っ」
そんなの三岳部長に説教されなくても、俺が一番わかっている。
前にも同じでやり直しの利かないことを無様に失敗で終わらせちまったから、だからこそ、俺は今こんなに悔いてもう1度その好機を掴み取ろうとしているのだ。
実際ことが上手く運んでやり直しができて次は上手くいったとしても、このやるせない楔を打ち込まれた気持ちが消えるのかどうかはわからない。
俺はやり直せないことをやり直そうとしているのかもしれない。
そんなのは全知全能の神様しかできねぇし、俺のはただのガキのワガママだ。
正論に対して言い返せないでいると、三岳部長は気の毒そうに俺を見据えた。
「熱川、本当に悪かったな。バンド練習を途中で切り上げて、受験のために塾とか予備校とかに行ってさ……俺たちが、お前に合わせてやるべきだったのかもな。小さい頃からずっと音楽をやってたお前が、初となるバンドでのライブステージだったのに、お前のやる気を無下にしちまってゴメンな」
真実を告げられた俺を労るように、三岳部長は優しい声色で言う。
その言葉と共に先輩らも同級生のヤツらも、"悪かった"と口々に言葉を出す。
三岳部長と先輩らと同級生共の言葉は、俺の胸にズシンと重くのしかかった。
俺は一瞬だけ絶句した。
俺の聞きたい言葉は、そんなんじゃないからだ。
頼む、頼むよ、俺の聞きたい言葉を出してくれよ。
「そんな……違う。俺はそんなことを言ってるんじゃねえんだよ、三岳部長。練習に全然参加しないとか部活動にサボってばっかだとか、誰が悪いとか言ってるわけじゃなくて、俺はただ、もう1度ライブを男子軽音部のメンバーでやり直そうって……」
俺の顔からまら冷や汗が出て、頬を伝い、教室の床に落ちる。
やる気はないとか誰が悪いとかなんて俺は言ってるんじゃない。
ああ、いやいや、確かに俺はソレを言ったかもしれない。
言葉にして言わなくても心の中で思ってたのは確かだ。
でも、それは違う。
男子軽音部のメンバーは悪くない。
悪いのは全部、ワガママを言ってる俺自身だ。
未来に踏み出せず、ただその場で地団太を踏み続ける憐れな俺なんだ。
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