63曲目
「陽ちゃん、大丈夫?」
気付いたときには頭がぼんやりとしてたまま肩掛けのテレキャスターと共に特設ライブステージを降りていて、ステージ脇でずっと俺たちの演奏を聴いていたケンがスポーツドリンクとタオルを渡してくれた。
だが、俺にはそれらを受け取れる気力がすでにない。
俺の抱くこの感覚は一体なんなんだ?
悔しい、苦しい、寂しい、だがこれでいい?
こんな焦燥感を受けてバンドマンとしての本能に火が点く?
バカ野郎、そんなんでいいわけが無いし火も点かないだろうが……。
「なあ、これはどういうことなんだよっ?」
それが"鐘撞大祭"ライブステージを終えた俺の、最初に出した言葉だった。
どうにもこうにも現実感が無く、浮遊感で虚無感だけがある。
どうして男子軽音部の先輩メンバーとギターボーカルをした俺の演奏は、あんな惨めでお粗末で絶望まっしぐらなライブステージに成り下がっちまったんだ?
納得がいかない、ああそうか、これはきっと悪い夢なんじゃないか?
「こんなん俺の望んでいた、描いていたモノじゃねえよ。ああ、きっとあれだ、やっぱり俺のバンド生活の門出となる大舞台"鐘撞大祭"に向けての練習が圧倒的に足りなかったんだ。だから言わんこっちゃない、バンド練習をもっとすっぞって俺の言うことをまったく聞かずに、塾とか予備校とか先輩たちがサボりそれに金魚のフンみたくサボった同級生どもがいけないんだ」
俺がそんな辛辣で力無く言うと、ケンは苦笑する。
「そんな、陽ちゃんがそうまでして言うほど落ち込むことは無いのに。僕が去年男子軽音部の演奏で先輩たちのライブ見たけど、去年と比べてそんなにひどい出来ってことはないと僕は思うけど……」
「ケン、悪い。お前の言い分はわかる。けど、いや、やっぱりあんなのはあり得ない。観客が聴きたがっていた熱く燃え滾るライブ魂はあんなんじゃ決してないんだ! よしっ! そうと決まったらもう1回リトライだぜっ!」
「えっ? リトライって……ああ、来年に向けてってことかな」
「違うっ! ケン、なにいつも通りのんきなことを抜かしてんだよっ! 俺の言ってるリトライってのは"未来"じゃなく"現在"のことを言ってんだよっ! わかりやすく言えばやり直しだやり直しっ!」
俺はそう熱のこもった闘志を燃やすと、地面を蹴り走る。
「えっ? ちょっと陽ちゃん! どこ行くのさ」
背中からケンの言葉が伝わり、這いより、俺の耳に入る。
俺の今心の内に出ている答えを伝えるために、足を止め、振り返る。
俺が今どこに行くだと? そんなの決まっているじゃねえか。
「ああ、今から三岳部長と先輩らを呼んで来るんだよ! ケン、ちょっくら席をはずすけど、すぐ呼んで来るから少し待ってろ」
「あ、陽ちゃんっ!」
ケンがまたもやなにか言っていたが、俺は構わずきびすを返し駆け出した。
おお、もう1度あのステージに立ってライブをやってやる!
あんな惨めで、くだらなくて、反吐が出る幕閉めで終われるかってんだ!
そう思って走っていると、ステージ脇となる場所の前で佇む人がいる。
俺はそんなの関係なしに足早に通り過ぎようとしたら不意に声を掛けられた。
「君の歌い方、それにギターセンス……確かに悪くはないね」
俺はその言葉を聞いて暴走機関車並みの走りをピタリと止めた。
今の俺にはそんな感想すらも返せないほど、心がヒドク荒んでいる。
「だけど、君の音楽はヒドク1人よがりすぎてね……聴くに堪えなかったよ」
瞬間、俺の中に浮かんだ感情があった。
こんな感想を言われてはすぐに怒りが込み上げると思った。
けれど、俺の中に浮かんだ感情はそれとはほど遠い、悲嘆だった。
俺が感想を述べる男子に振り向けずに固まっていると、その真横を颯爽と通り過ぎていく鐘撞学園男子生徒の後姿を、ただ何も言えずに黙って眺める事しか今の俺にはできなかった。
「ぐっ……ちっくしょうがっ!」
情けない俺に自分自身へと喝を入れて、もう一度地面を蹴り走り出した。
学園に入り、廊下を駆け抜け、控え室となってる教室に辿り着いた。
扉を勢いよく開けると、三岳部長や先輩たちは、楽器を置いてくつろいでいた。
顔々はやるべきことはすっかり果たして、機嫌がいいという感じで和んでいる。
こいつらときたら、あんな終わり方をしたのになんてのんきなんだ。
「三岳部長!」
俺は控え室の中そう大声で呼ぶ。
共演者である人々も俺の姿を見ては、少しだけいたたまれない感じを見せる。
ライブ本番前で奏音のために洋楽カバーアコギ生ライブをやってあのざまだ。
それは今見せているなんとも言い難く、言葉にできない顔を覗かせても当然だ。
俺の怒声にも似た声を聞いた三岳部長は先輩らとの話を止め、振り向く。
「んっ? ああ、熱川、ライブご苦労さん。よかっ……どうした、血相変えて?」
「ステージ、もう1回やり直しましょう! 俺らの実力はあんなもんじゃねえ!」
俺は思いの内を爆発させて、無理難題を思いっきり叩き付ける。
その言葉を聞いた先輩たちも他の共演者も驚き、目を丸くしている。
もちろん話をしている三岳部長もキョトンとし、意図がわかってない。
「えっ? ステージをもう1回、やり直す?」
「そうだ。だってさっきのじゃあんまりにもヒドすぎる出来での幕引きじゃねえか! あんなのライブをしたとか、ステージに立ったとか、認められるわけじゃねえ。俺はもっとできるし、あんなクソみたいな演奏より遥かに熱く優れた演奏ができる! なのに、あんなライブステージじゃあまりに胸糞悪ぃし、終われるわけがねえだろ!」
「いや、そう言われてもな。物事には順序や規則ってのがあるし……」
三岳部長は妙に落ち着いて、なんだか同情し憐れむように俺を見た。
本当に、なんてのんきで闘争心のカケラもない腑抜けなんだ!
「いや、そんな落ち着いている場合じゃないッスよ! 先輩方も、しまった楽器出してチューニングを済ませねぇと、早くしないと次のステージが始まっちまうじゃないッスか! まだ間に合うんすから、早く!」
「熱川、熱くなるのはわかるけど少し落ち着け。落ち着いている場合じゃないとか早くしないととか言ってるけど、もう俺たちの、男子軽音部の出番も演奏もアレで終わったんだよ。もうすぐ次のバンドが特設ライブステージの上に出て来る。次は確か……」
落ち着き払った大人の対応をする三岳部長の態度が、俺の尖った神経を逆撫でして、ただでさえ熱い精神を持ち怒りでさらに熱されてく俺の闘志にまたマグマよりも熱く滾った思いが爆発しちまいそうだ。
理解ができない、なんでこいつら皆、そんなに落ち着いていられるんだよ?
瞬間、俺の中に張られた糸が"プツンッ"とキレた。
俺はついに溜まりに溜まって煮え滾っていたムカつきを抑えることが適わず、高ぶり熱された感情のありのままの声を荒げた。
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