61曲目
「ういッス、待たせたな。男子軽音部のギター&ヴォーカル熱川陽太と頼もしい先輩らだぜ。曲に入る前に楽器のセッティングをするんで、すまねぇけどちょっとだけ待っててくれ」
瞬間、怒涛の湧き上がりが起こる。
俺がそう言うと客席からは『はっはー、黙れしっ!』『お前らを待ってんじゃなくて、二時世代音芸部バンドの演奏を待ってんだよ』『どうせお前ら男子軽音部のなまっちょろい演奏は二時世代音芸部バンドの前座程度しかならないんだから、ちゃっちゃと始めてさっさと終われーっ!』などと言う実に癇に障り、くだらなくつまらない野次が返って来る。
三岳部長も先輩らもそれに圧倒するが、俺はすぐセッティングに取り掛かる。
けれど今そう業務連絡をしただけで、心臓が熱くバクバク鼓動を刻んでいる。
考えてみればいつも俺は路上ライブするときはアコギ以外の機材なんて一切使わないし、ソロでは何度かライブハウスとかで喋ったり演奏することはあってもこう和となるバンドを組んでマイクを使って人前で話すこと自体が、生まれて初めての事態だった。
「ははっ、まったく熱川はいつも驚かせることをしてくれるよな。まあ、気楽に気楽にさ、お前はお前のできることをしろ。俺らの原動力みたいな熱川があんまり強張って硬くなっちまうと、こっちまでこの多くの人前で緊張して体が縮み上がっちまうよ」
どうやら俺が硬くなって人前で緊張してると思ったのだろう。
先に楽器のセッティングを丁寧に終わらせた三岳部長が、俺の抱く緊張と恐怖をほぐそうといつも通り後輩を思いやる優しさのこもった軽口を叩く。
だけど俺は、別にこの状況に恐怖も緊張もしてはいない。
爆発して歌を奏でるそのときを、今か今かと息を潜め待ち望んでいるぐらいだ。
俺はそう思いながらも楽器のセッティングをし、真剣に最高の音作りに励む。
セッティングの準備をし終えると、いよいよ、そのときが訪れた。
目の前にあるマイクスタンドを荒々しく掴む。
すると当たり前のことだが近づきすぎてしまったせいで、腰もとに垂れ下がったテレキャスターがぶつかり、がちゃりと金属音とノイズを立てた。
俺はすぐにその金属音とノイズを指版に指を置いて静ませる。
目の前には波が押し寄せてきたみたいに大勢の観客。
俺の実力だけでは絶対にできることのなかった端から端までの客がいる。
そんな十人十色といえる観客が、近いんだか遠いんだかよくわからない。
なんだ、距離感がヘンだぞ?
マイクスタンドに掛けられたマイクの電源をONにすると、背中の中央からぞわぞわとなにかが音もなく出現し思わず鳥肌が立ち、全身へと広がって血の水滴に波紋を伝えていく。
世界がスーッと静かになって俺の中に入っていくような不思議な感覚。
俺は空気を命一杯吸い、止めて、目を見開いては吐き出す。
よしっ! 準備はできた、後は俺の出せる実力を出してやるぞっ!
「男子軽音部、俺たちの演奏で爆音を出すぜっ!」
そして、とうとう、"鐘撞大祭"で俺らのバンドライブの演奏が始まった。
俺はテレキャスターを弾き前にあるマイクに向けて歌を歌ってるときも、脳裏で考えた。
バンドを初めて組んだ俺の感想としては、そう悪くない演奏だったと思う。
少なくとも、今まで男子軽音部の練習する期間でこの男子軽音部のメンバーで練習してきた耳では、そう聞こえたし出来もよかったと判断できる。
演奏するカバー曲が『The Beatles』だから俺のいった爆音とは程遠い演奏だったとしても、俺は歌詞もコード進行も間違えなかったし観客からも目を逸らして演奏ってなかったし、出来としては充分いいモノだと感じる。
だけれど、中庭の客席にいる観客たちの反応は裏腹に芳しくない。
人気バンドの演奏を聴いて熱狂し喜々するにはほど遠く、その人にとってはよくない演奏でも道場でにこやかにカバー曲を聴いててくれるのはまだいい方で、演奏をガン無視して隣の友達や知り合いと楽しそうに談笑してたり携帯をいじってたりアプリゲームをやってる姿も見受けられる。
しかめっ面で演奏を至極つまらなそうに俺を眺める女子もいる。
特に後ろ客席の方は、どうあがいても絶望的にステージへの集中力が低かった。
俺の姿を眺めて煙草をふかせたり、チラチラと雑誌を読んで見てるヤツもいる。
ふざけんな……俺の歌を、ギターの音色を、バンド全体のサウンドを聴けよぉ!
俺の声に出せない叫びは心の中で静かに、寂しく木霊する。
ライブハウスみたいに演奏するときスポットライトのみで周りが薄暗いならまだいいのだろうけど、こう野外で晴れ渡った青空と燦々に輝かせる太陽がいる空の下では、最後尾の1人1人の表情や仕草までもはっきりと見えてしまう。
自慢じゃないが視力が2.0以上も視力があると言われる俺の双眸に映る景色には、俺の思い描いていた理想とはほど遠く、今日ほど胸糞悪くて残酷で救いようがない現実を突きつけられたと思ったことはない。
あ、今後ろのヤツが手で覆わずあくびしてやがるしガム噛み始めやがったぞ!
ちくしょう、なんでこう上手くいかないんだ人生ってのはよぉ……。
カラオケで曲を流したり家の中にあるパソコンで動画開いて曲を聴きながら、ただ自分が楽しく面白く歌って楽曲に合わせて楽器を弾ければいいとは、明らかに意図もわけも全然違う。
俺は今、この特設ライブステージの上に立ちこの目の前に広がる客席の人たちのために一生懸命歌って弾いてるんだから、こうして足を運んでライブを見に来てくれた彼らが心の底から喜んでくれなければ、俺の目指しているソルズロックも今こうしてバンドで演奏している事実もなんの意味も成しやしないんだ。
そいつは練習で路上ライブや稔の両親が経営している喫茶店でご厚意でアコギライブに、スタジオに入ってケンや稔に結理が知り合いとか少し呼んで人前で歌ったときとも、また違った感情だった。
そういう拭えずになんとも言い難い気持ちが、プレッシャーを後押しする。
昔っから1つの真相心理を持ってるが、"歌"とは、心理状態に出やすいモノだ。
こういう恐怖に陥っても動揺を出さず、決意を込めて歌わなければならない。
そう、ライブというのはすごく恐ろしくて恐怖を憶えるモノだと思った。
音楽のライブとは『LIVE』というし、生きる『LIVE』ってリブとも言う。
人が生きるには必ずこう言った恐怖に打ち勝って、未来に進まなきゃならない。
そんな道徳的なことを今、絶望に身を包まれそうな状況で、思い知らされた。
視界の端で、ケンが心配そうな顔をして俺を見ているのが見えた。
きっと、ステージ脇では二時世代音芸部の連中も演奏を聴いているのだろう。
瞬間、俺は、お粗末な演奏をして幻滅する彼女らやケンの顔は浮かばなかった。
ただ、燻む太陽の光しか出せない惨めな俺に、寂しい目で見る未来が浮かんだ。
ご愛読まことにありがとうございます!




