59曲目
心の中で今すぐ"抱きたいっ!"と願う不純な思いを頭を振って消す。
俺はそんな貪欲で極悪な汚らしい強奪者なんかじゃないんだから……。
だから今しがた浮かんだ動機・欲求・感情など苦渋の決断ですごく葛藤する。
「えーっと、で、な、なんだっけ? ……あ、ああ、たしか初めてバンドとしてライブをすることにどんな気分でいるかだっけか?」
出した答えはバンドライブの動機を選んだ。
肉体精神共にうろたえた俺は稔の質問を反芻する。
「あ、うん。だって熱川君は今まではずっと、たった1人で音楽と向き合って作詞作曲したり、アコースティックギターだけ掲げて路上に立っては歌ってたりしてたじゃない? だから、あのときの心境を境界線……って言うのかな? 熱川君が新たに音楽と寄り添って、0からリスタートするバンド活動生活の第一歩となる文化祭ライブじゃない? えと、だからその、どんな気分かなって。ソロとバンドだと勝手が違うから、緊張したりする?」
説明するときもそちこちでわたわたする稔の仕草が可愛い。
彼女の言うソロとバンドの勝手が違うってのは俺自身よく知ってる。
初めて男子軽音部でバンド合わせしたときも、俺はよくトチ狂ってた。
けれど、今はそんな不安はどこ吹く風といった感じに清々しい。
「いや、緊張はしないな。早く弾いて歌いたくてたまらないよ」
「へえ、やっぱ頼もしいなぁ。ふふっ、でも頼もしくて大きく見えるのは当たり前だよね。あんなに引き詰めて緊張で張り詰めてた控え室の中で、いきなりアコギを持っては奏音ちゃんの暗い気持ちを拭う為だけに洋楽のカバーを歌って活況に変えちゃうほどの度胸があるんだもん。それに比べたら私なんてもうさっきからずっとドキドキしてるもん……」
稔は綺麗な花束を抱くように豊満な双丘を覗かせる谷間を押さえた。
それがまるで煌びやかな教会の中で天に祈りを捧げているように見える。
しかも、最後の"ドキドキ"ってのがとても俺の心にキュンとさせてくれる。
ああ、やっぱり、稔は紛れもなく美しく燦々と輝く俺の女神であり天使だ。
あのとき街の路上で出会ってからそうだが稔と話していると、どんなに苦しくて辛い気持ちでもスーッと落ち着いていき楽しいとか嬉しいとかの気持ちが新たに汲み直されるのを感じる。
少し落ち着いたところで、俺は改めて稔の瞳を見つめた。
「なあ、稔」
「うん? なぁに、熱川君?」
俺の言葉に稔は反応し、ジッと見つめ返す。
「お前と出会えて本当によかった。俺はあのときお前と出会ってから始まり、結理や奏音に続いて柳園寺に南桐とも知り合って、音楽の楽しさと面白さとなにかを変えられる力の存在を改めて教えられたんだ。これが俺のバンドとして生きてく記念すべき大きな一歩だ。そして、これをきっかけにソルズロックの先駆者となりロック界をスターダムに駆け上がる――最終的に着く生き様の終着点であり再誕点では、万物あるバンドよりも熱く魂を揺さぶれるほどのロックバンドを組んで、太陽よりも燦々に輝いて世界を照らしてやる」
頭の中で考えてることが無意識に口から零れる。
意思を固めるように右手をグッと握り、最高の笑みを出す。
いつもと変わらないけど、どこか少しだけ違う自分を稔に見せる。
「うん、頑張ってね。私も応援してる。……だけど熱川君って、私が病気持ちで病院生活してたときに知り合ってからもそうだったけど、そのたとえすっごく好きだよね? ギラギラとか燦々とか、太陽みたいとか太陽よりもとかって、熱川君と話しているとほとんど出てくるんだもん」
「ああ、そうだぜ。一番明るいし熱くてカッコいいからな。俺はソイツと同じように、いやソイツよりも超えるほどの輝きを手にして一番ギラギラして生きたいんだ。意味やへったくれは関係なく、俺が俺であるためにはそれが一番わかりやすいし、俺好みの答えであり目標なんだから」
「えへへ、そっかぁ……」
稔は少し困ったような、それでいて曖昧な笑みを浮かべる。
俺がこの話を稔とするときは俺の勝手な考察だけど、必ずと言っていいほどにいつもどこか寂しそうでありながらも、子猫のように俺に着いて行こうとするような顔をしている気がするな。
もしかして言葉にしないだけで稔は、いつも俺が魔法の呪文みたく言う"ギラギラと輝く太陽みたくなる"だなんて、まるで絵を書こうと言われて落書きを描いてる子供みたいな夢だと思っているのだろうか?
そう思うと、稔が評判いい保母さんで俺が保育園児みたいに感じる。
だが俺は太陽になりたい、太陽みたいに燦々と輝き世界中を包みたいんだ!
俺の思い描いた歌詞と作曲で、相棒のギターとバンドで熱気にさせるんだ!
そうしたら稔だってきっと、輝く俺に振り向いてくれるはずなんだからな!
そう心の中で思いを書き殴ると、居ても立っても居られない。
溜まりにたまった俺の中の気持ちが燃え滾り、爆発したいと願う。
「だから煩わしかった"眠り姫死病症候群"……。"クラインレプシー・シンドローム"にすら気持ち1つで打ち勝ったお前の、生まれつき盲目だったその見えるようになった両目をしっかりと開けて、俺の雄姿を見ててくれっ! そんなしがらみの鎖をかけて、運命から目を背けて眠れる森の美女だったお前を解き放ったように……俺はまたお前のために燦々と空高く輝いてみせるからなっ!」
「えっ? あ、うん。頑張ってね」
熱気に圧倒されてポカンとする稔はそう言う。
俺の熱意が空回りしているがそれでもよかった。
口に出して、心に刻んだ信念と決意さえ曲がらなければ、夢は叶う。
俺をそんな気持ちに蘇らせてくれたのは、間違いなく稔だから……。
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