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LIFE A LIVE  作者: D・A・M
First:Track Rock Today Wake Up Tomorrow
6/271

5曲目

 夜に彩られた都会の景色をスポーツカーの車体が空気を割き突き進む。


 なんでいきなり『鐘撞学園』の話が出てくんだよ? わけわからん。

 しかし、筋金入りのロックバカってのはいい。すっげぇ気に入った。

 けれどガサツで乱暴で気性が荒いってなんだ、熱い魂が抜けてるぞ?


「えー、嘘ホントなの~っ? 私の友達で、超セレブでめっちゃお金持ちの子がそこに通ってたよ。確か聖書とか礼拝とかする……ミッションだかカトリック系とかの学園なんでしょ?」


「うっそ、この子が? うわ~、見えないねー」


 不機嫌そうに目を細め明らかにイライラが見え隠れしている俺の顔をまじまじと眺めながら、助手席や後部座席にいる姦しい女の人らは黄色い声でキャピキャピとほざいてやがる。

 あー、なんて耳障りで聞くに堪えないノイズなんだろうか。


「いや、別に鐘撞学園がお金持ちとかばかりが通う金持ちの学校ってわけじゃないっすよ。標準値だって中の中か、はたまた中の下ってところだし。……俺も一夜漬けしたくらいで受験に望んだら、普通に合格できたよくわからない学校っすよ。大体、実家の金の話だったら俺なんかより田所先輩の方が」

「ぷっ――だっはははははははっ。ああ、そうだったそうだった! 陽太、お前んちは親も共働きで働いてる癖にどこよりも貧乏で、あの汚ねぇ澱んだ音ばっか鳴らせるテレキャスターもアコギも路上ライブで得た僅かなお金とじーさんばーさんがやってる山の手伝いの駄賃を貯めて買ったんだもんなっ!」


 田所先輩は金の話に入った途端、快活に笑い出す。

 俺が使っているエレキギターもアコースティックギターも確かに汚い。

 もう俺が小学校の低学年の時からいつも弾いて使い込んでいる楽器だからな。

 別に悪気があったり喧嘩をふっかけるつもりはないのはわかっていたが、それでもかなりムッとし面白くない気持ちにさせられる。はっきり言って気分を害した。


 まあ、そりゃそうだ。

 田所先輩が使ってる機材はどれも高級で新品ものばかり。

 ライブを控えた日々で使うスタジオも学生じゃ出せない高額のとこだ。

 田所先輩と俺を比べたらまさに天と地ほどの差が出てくるのは当たり前だ。


「別に、貧乏なのはどこもフツーのことですよ」

「ああ、すまんすまん。もしかして怒っちゃったか? だったら謝るわ、ごめんな陽太。そうだよな~……ウチと他の家と比べたら、どこも貧乏になっちゃうもんな。この前だって俺、新しいボーカルマイクとギターも買っちゃってよぉ? メンバーからも羨ましがられたぜ」


 田所先輩は、むかついた俺の態度すらも楽しそうにし笑いの種にする。

 やっぱり昔の印象とかけ離れている。この人誰なんだろうか?

 本当に俺の知っている先輩の、田所赤兒、だよな?


 俺が知っている田所先輩と言う人は、繊細で気優しく、いつもオドオドしてて自身が無さそうなとこが見えたりするがそれを絶対に他人には知られまいと明るく振る舞ってクラスのリーダーまで勤めていた優秀な生徒だった。実際田所先輩の実家は父が日本を代表する政治家で母が金融会社の女社長と言う絵に描いた金持ちだったけれど、むしろ人とは違うと思い込んでコンプレックスにしていた。

 間違っても、道を踏み外しても、こんな風に権力を振り舞うことはしなかった。


 見ててわかるが、何か自信と目標が鮮明に見えている。

 今の田所先輩は人生バンド活動まっしぐらって感じがひしひしと伝わる。

 それは別に悪いことじゃないが、今の彼を見て、俺は好意的には思えない。


 多分、このカッコいい車……なんでもCN9Aとかランサーエヴォリューション4のRSだとかの車種らしいが、自分のライブ活動で得た多額のギャラと親から支援されたお金で衝動的に買ったんだろうけど、そういった自慢するだけに買っただけですよって伺える態度も俺は心底嫌いだ。

 権力をちらつかせて、領域の違う人間を毛嫌い蹴落とす独裁者紛いな思考。

 やっぱり、もう俺とは違う人種に変わってしまったんだな。


 そうか、もういい。

 もう十分だ。今すぐ車を降りて、さっさと家に帰りたくなった。

 こんな下らないことを聞かされるのなら、ギター練習してた方が有意義だ。


「で、どこへ向かってるんですか? 楽器店? スタジオ?」

「まぁまぁ、すぐにわかるって」


 俺の疑問なんか対して耳に入らずあしらうような感じの顔だ。

 まだ打ち上げで酒を飲んでもいないはずなのに、顔が紅潮し酔ったような気分で機嫌がすごくよさそうな顔で窓から見える流れる景色を鼻歌交じりで眺めている。


「いいか陽太。お前のやってる音楽は独りよがり過ぎて周りが見えていないんだ。一人の世界で爆音を掻き鳴らしているだけで、そんなのはただの騒音だ。バンドってのはこれまた違うんだ。感性も、快感も、波も、風も、世界全てを変えるぞ」


 車のスピードで映り変わる景色から目を戻し、田所先輩は前方の上部に付いているルームミラー越しに後部座席に座る俺を見た。

 彼の目はすごく自信と熱情に満ち溢れ意思の固い眼差し。


「俺も学生の頃はオドオドしてちっとも人生面白くなかったけど、いざライブハウスのステージに上がるようになってからさ、本当になにもかもが変わって最高の生き甲斐を得たんだぜ? だってさ、口論するしか能が無い偉そうな大人が、うちでデビューしないかとかCDを出して全国に君たちの歌を届けようって輩が何人も頭下げて来るんだぜ? はっはぁ、爽快だよなっ!」

「へぇ~っ、田所先輩。メジャーデビューするんすか?」


 仏頂面を決め込んだ俺もさすがに少し驚いた。

 だって、田所先輩には申し訳ないが、さっきのライブステージを見て楽曲を聴いてもそんな実力があるバンドにも思えないし例えメジャーデビューしてプロのバンドマンたちと肩を並べても、圧倒的な差を見せつけられて小心し切ってしまうだろうと思ったからだ

 たしかに見栄えはいいけど、それだけだし歌にも演奏にも関係ない。

 見栄えが良いなら女にもモテるし、ホストとかすればいいのにな。


「ああ、多分な。まだ、デビューするための条件面と報酬面とかでうまく折り合ってないけれど、一番いいところが来たら即契約するつもりだ。バンド活動も起業だからな、俺は別に金に困って無いけど……あって損は無いしよ」


 田所先輩がそう言うと、助手席と後部座席の女三人が驚きの黄色い声を上げた。

 仏教とかの念仏をヘッドフォンさせられ大音量で聴か流されたムカつく気分だ。


「ああ、あまり周りには言わないでくれよ。秘密にしておきたいからな」

「別に噂を広める気も無いですし黙っときますよ」

「そっか、あんがとな。けどよ陽太、才能ってすげぇな。つまらない人生を漫画やゲームにアニメのような展開に変えてくれるんだぜ? しかもそこに金の力が加わればまさに鬼に金棒だ。っは、最高に気分がいいぜ~っ?」


 俺はある単語を聞いて酷く心が痛む。


 才能。

 凡人の俺には無く、兄貴や稔にある能力だ。

 圧倒的な歌唱力に緻密に練られたパフォーマンス。

 少しばかり楽器に触れればやったことないのにすぐできる。

 曲のフレーズを聴けばアレンジもできるし、自分の色に染める。

 俺は才能という言葉を聞いてから次に思い浮かんだのは……。


『陽太、お前は音楽に向いていない。さっさと辞めろ』

『"Stagnant Suns"……お前にはこの異名がお似合いだ』


 声を掛けられた事務所のクソッタレ先輩とドぐされ社長の言葉だ。

 俺の脳内に何度も何度もリフレインするから、勢いよく頭を振る。

 女どもはソレを見てウケる―とか言ってるがどうだっていい。


 今だに田所先輩は才能があるから人生が変わるだとか努力は無意味だとか楽しそうに言っているが、俺にはその才能ってのもメジャーデビューという"本当の意味"がうまく理解できない。

 田所先輩がこんなふうに歯が浮いて気分も高揚して行こうとしてる場所がどういう場所なのか、そんなに嬉しくなるほどギターも歌も上手くなれるいいところなのか、凡人の俺にはどうしてもいまいちピンと来なかった。


 本当なら、黄色い声で騒音を巻き散らす女共みたいに無邪気で面白おかしく、いやむしろそれ以上に心の底から喜んで祝福をしてやるべきなんじゃないのか?

 なのに素直に喜べないし浮かれもしない。

 祝福する気も無く無邪気に応えてもやれない。


 なんなんだ、この感覚は?

 もしかして俺は田所先輩がメジャーデビューできることに嫉妬しているのか?

 田所先輩が根っこから変わり、つまらない人間に成り下がっちまったからか?

 俺が記憶の中で知っていたこの人とは違ってしまい、心底幻滅したからなのか?

 エロくて頭の悪そうな女にモテてていい気になってる(ように見える)からか?

 多額のギャラと実家の金を湯水のように使って、人生を謳歌してるいるから?


 俺はうつむいたまま言葉を出さずに黙りこくって、自分の気持ちを見極めている。

 一体なにが正解でなにが不正解なのか、真相がはっきりと見えてこなくむず痒い。


「おい陽太、俺の話は聞いてたろ? 俺、今音楽界に現れた旋風の貴公子と言われるまで凄いんだぜ~っ? もう、凡人共とは違う土俵に立ってるし、普通なんかすでに通り越したんだ」

「はいっ? 普通じゃないって?」

「そうだとも。俺は今、世界全てが宝石みたく輝いているんだ。嘘じゃねえぜ」

「輝いている……っすか。いいっすね」

「そうさ。だから、お前も路上ライブするのはいいけど一人じゃ駄目だ。オリジナルを作詞作曲するのもいいけど一人じゃいけねえ。早くバンドを組んでライブ活動をバンバンはじめた方が良いぜ? 俺もさ、音楽をはじめてボーカルをはじめて、それこそ【THE:ONHAND】をはじめてライブハウスのステージに上がるまでは、自分の内に隠されてた才能に全然気付けれなかった」


 田所先輩は口に咥えている煙草を車の座席にある灰皿に無理やり捻じ込む。

 そしてもう一本同じ銘柄の煙草を取り出し、口に咥え、ライターで火を付ける。

 また女共の香水と彼の煙草のコンビネーションからくる甘ったるい臭い発動だ。

 俺にはそれが心底気持ち悪いし、不快で理解ができない。


「お前もきっと上手く波に乗って行くよ。この俺が太鼓判を押してやるさ。ははっ、だからいつまでも、世界のはじっことかちっぽけで平坦な方で日々を生きてる必要なんかこれっぽっちも()えんだよ」


 子供が描いた夢を空想の中で見るような発言は、昔の田所先輩そのものだった。

 そんな裏表もなく取り繕ってもいないで自然体に接する田所先輩の言葉を聞き姿を見ていたら、ほんの少しだけ、素直になって彼の人生を祝福してもいいかもなと思う気持ちに結構させられた。

 何年間か連絡もしなくて久しぶりに会ったらずいぶん見た目も中身も変わっちまったと思うけど、話してみると実際はそれだけで本質のとこは全然変わっちゃいないんじゃないか。

 人間なんて、奇抜な見た目と薄っぺらな中身だけじゃわからない。

 心の中にある変わらないモノがあるかどうか、それで決まるんじゃないか?


 俺だって中学生の頃と比べて見かけだけなら、田所先輩とギター練習をしたりスタジオでタイマン式コード速弾き勝負をしたりカラオケで好きなバンドの曲を熱唱したりして遊んでたころに比べてずいぶんと印象が変わっちまっただろう。

 なにしろ、初対面なのに性格が曲がりに曲がって馴れ馴れしい女共がこぞって手を伸ばして触りたくなるような、真っ赤色のツンツン頭だし。

 だけど、中身も心中にある熱意そのものは全く変わっちゃいない。

 変わりたいと願っても、そう簡単に変われるほど人生は甘くはないんだ。

 田所先輩だって、心の根っこが少し腐っただけで中心部分は変わってないかも。


「陽太、もうすぐ着くぞ。お楽しみはこれからだぜ?」


 ……そんなふうに、肯定的で前向きに考えようとしたのが不正解だった。

 神様、俺たちの姿を見ているならどうか言いたいことがあります……。

 神も宗教も信じちゃいないが、天から覗いているなら言わせてください。

 愚かな凡人の戯言(たわごと)で口が悪いのを、どうかお許しください。




 ――才能なんか、クソくらえだ、馬鹿野郎。




ご愛読ありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します。

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