58曲目
ライブが始まる寸前にある緊張感と圧迫感。
今思えばあんなに生命を感じることは無かったです……懐かしい。
文化祭ライブ本番になる僅かな時間。
共演者たち全員に活気とやる気の炎を灯せた。
俺がそんな共演者たちと、強敵となる二時世代音芸部バンドが嬉しそうに楽曲の話や魅せ方をどうするかなどの話で盛り上がりながらお菓子をつまみジュースを飲んでいる光景をぼんやりと傍観していると、さっきまでは熱気に包まれてたからわからなかったが、ふと鼻先に甘くていい香りがかすめた。
「熱川君。初めてバンドで演奏できるライブ、どんな気持ちかな?」
「えっ、おうわっ!?」
俺は今起こったできごとにヒドク驚く。
そう、ライブ衣装に身を包んだ稔が傍にいたので、俺は慌てて飛び退いた。
いや、俺と稔との距離そのものは驚くほどのものではなく1メートル前後くらいであり、それは友人や知り合いと話すならごく当たり前の距離だが、俺には例の2から3メートルは離れることと体に触れないという約束がある。
俺がビックリするのは当然だ。
俺は落としそうになったアコギをギタースタンドに立て掛ける。
そしてもう1度近距離まで音もなく近づいていた稔に顔を向ける。
「お、おい稔! 近づきすぎじゃないか!」
「えっ? あ……あーつい、うっかりしちゃってた。ゴメンね」
はにかんで舞い降りた天使のように微笑む稔。
ちくしょう、こんなに可愛いのに触れられないとか雲かよ。
「い、いや? 稔からわざわざ近づいてくれたから俺は全然構わないんだが……」
うっかりに無意識で今みたいに近づいちゃうって、本当に俺恐怖症なのか?
もうそんな、わずらわしくて邪魔くさい恐怖症も克服してんじゃないのか?
まあ、そんなことはいいか。
それにしてもいい香りだったよな。
目に見える範囲では結理もケンもいるけどそんな2人が居る中でもあんなに近づいたのは本当に久しぶりだったから、稔の手に取りたい飽和された存在感と彼女から出されるいい香りを感じるのもすごく久しぶりだったのかもしれない。
「本当にゴメンね? それにしても、熱川君いますごい驚き方をして椅子から飛び跳ねたもんね。そんなに結理ちゃんに叱られるのが怖いんだ? 熱川君にも怖いモノってあるんだね」
「違ぇよ、別に結理が怖いとかヤバいってわけじゃないぞ。俺だって未だにこうなっちまったのは心残りだが……だってこれはケジメだからな。俺は稔と約束をしたんだから」
「ふーん、そっか。熱川君ってやること全部爆発的でなにするのか全然読み取れないけど、案外律儀で理解者だったんだね。約束事を守るそれもロックなの?」
「もちろん、ロックであり俺の目指すソルズロックだ。たとえ俺にとってわずらわしくて邪魔くさいと思えることでも、それすらも真っ赤な決意を立てたギラギラの太陽で照らさなきゃ意味を成さないからな」
「そっか、そうなんだね? えへへ……」
俺の傍から小鳥のさえずりみたいな稔の笑い声が届く。
なにがそんなに笑えておかしいのか、稔の顔を覗くとくすくすと笑う。
少し説教してやろうと思ったがくそう! なんて可愛くて愛らしいんだ!
今すぐ稔の体に手を伸ばして力強く抱きしめ寄せてキスをしてやりたい!
だが、もし仮にもそんなことをしてしまったら、今度こそ結理からこぴっどく叱られた挙句半径10000メートルで稔の前には絶対に姿を現すなと事実上の立ち入り禁止とか言われかねない。
そんなバカげて泣き狂いそうになる目に合うのはまっぴらなので、稔を抱きしめたいよからぬ独占意欲を消し去り、ここはグッと衝動を押さえて必死にこらえる。
ああそうだ、俺は好きだとしても、稔のストーカーじゃないんだからな。
「も、もちろん、お前が俺の音楽精神のカッコよさと再度自分の道に歩み出した生き方……そんで俺自身に異性として好きだって言うんなら、それは俺も望むところどころかバッチ来いなんだから、もしそういうことならできるだけ早くそう言ってくれよ。そうなれば、もう距離も触れないとかなんて気にしなくて済むんだからさ。そうすりゃ俺も稔もHAPPYで飾れるぜ!」
稔の姿を見たら、俺は思わず考えてたことを口にした。
どうやら思ったことは無意識に口に出してしまうようだ。
「もう、そ、そんなこと、今急に言わなくても……」
稔は困り戸惑ったように顔を赤らめてうつむく。
しかも両手を後ろのお尻部分で合わせて体を左右に揺らす。
ああクソっ! やっぱり俺が好きな女神で天使な稔は可愛すぎる!
「いやいや、俺はいつも稔にはそう言ってるぞ」
「ええ、そ、そうだっけ……?」
俺は反動的に椅子から立って稔の前に立つ。
稔はキョトンとしたように顔を赤らめたまま上目遣いで見上げる。
その瞬間、顔がかあっと太陽みたく燃え熱くなるのを感じる。
胸がドキドキと鼓動を刻み全身を血が沸騰して駆けめぐっていくのがわかる。
全身から汗が吹き出し、顔に出たソレを腕で拭い燃え滾る熱さを押さえる。
だがこのままじゃ、結果を顧みずに勢いで抱き寄せてキスしてしまいそうだぞ!
外から差す太陽の陽と蝉の鳴き声が共演する中……。
俺の中でそういった、不屈の闘志にも似た感情が疾駆する。
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