57曲目
静まり返る中、アコギの音が響き小宇宙を支配する。
ここ控え室の教室で、ここには機材となるモノも無い。
あるのはただ乾いた生音が出せる楽器の、アコギのみだ。
突発的に不思議なことが起こった光景を、共演者全員は黙る。
それも二時世代音芸部のメンバーも、ケンもそうだ。
疑惑、曖昧、興味、神妙、一驚、真偽。
そういった感情や思考を読み取れる表情と視線があちこちにある。
そんな中、俺は気にしないようにし好きな洋楽を即興で弾く。
けれど俺は"Sum41"同様に"Zebrahead"の曲も何度も繰り返し聴いた。
それにこの洋楽バンドの復興元気ソングでもある"Get Nice!"は、数ある楽曲の中でも俺が一番好きでよく聴いていたから歌詞もカードも覚えている。
手に持つ代わりの相棒のサウンドホールから奏で唄われるE♭からA#のコードへ、A#からCmのコードへ、そしてCmからA#へと。
アコースティックギター独特の乾いた弦鳴りが響き、体に伝わる。
カポ無しなためバレーコードなのに、自然と血が疼き、頭を振る。
イントロとなるコード進行を3、4回繰り返してから、歌詞を唄う。
A cheap thrill, new pill, take a ride。
(安上がりなスリルにおニューのピルもあるからドライブしようぜ)
It's a fresh kill, keep still along the side。
(お前は仕留めたばかりの獲物……じっとしてな、俺はいつでも傍にいるから)
It's all uphill, that shit will make you cry。
(つらい上り坂ばっかで、苦しいことばっかで泣きそうだよな……)
If you fly on by, if you do I'll die。
(君が空を飛べるって信じてるよ、君がやるなら俺がやられる)
Aメロを弾き歌ってても他の共演者も稔たちもポカンとしている。
未だになにが起こってるんだ、コイツはなにしてんだって顔つきだ。
俺がE♭のバレーコードを4分の4拍子で3ループほど繰り返し弾いてからA#バレーコードを弾いているとき、そこでお菓子を食べてナプキンで手を拭いていたケンが座りながらも手拍子をしてくれ、知ってる歌詞の部分から間違えてもお構いなしで歌に加わってくれる。
俺がまず1人の人間の感情を動かせたことに心の中で喜びを持つ。
ライブ本番前で休まなきゃいけないのに、俺の心は楽しく面白くなる。
And we can hit the ground running until we start to bleed!
(イヤなことを口にし愚痴る前に、しっかりと行動に移そうぜ!)
and Stay up all night never fall asleep!
(一晩中起き続けろ、眠気に襲われんじゃねえぞ!)
If the world caves in, just count to 3, go……。
(世界が崩壊したら、3つ数えて行くぞ……)
「「1,2,3 go!」」
曲のBメロに入るとケンも心熱くなり、共にカウントダウンを口にする。
イントロとそう変わらないコード進行を今度はダウンピッキングでミュート気味に弾いていると、回りにいる共演者もやはり"zebrahead"のこの曲を知っていたのか次々に口に歌詞を俺と共に歌っては、ケンと同じように速いペースの手拍子をしてくれる。
サビに入る前の"Oh"と続いていく声々もすでに最初に控え室にて頭おかしいと見られた俺1人で弾き語りを始めてたのに、今ではほぼ控え室で出番を待っている共演者たちが掛け声を上げてくれており、二時世代音芸部のメンバーである稔もBメロからおたおたしながらも口ずさんで参加してくれ元気付ける対象になっている奏音もネガティブな顔つきから次第に変わっているのが目に見えた。
それを見た結理と柳園寺に南桐の3人はお互いに顔を見合わしてから、突発的で爆音アコギ生ライブと化した控え室の教室について状況把握に勤しむ。
そして少しだけやれやれといった呆れた表情を3人とも感情に出してから、必死に自分たちのメンバーを元気づけようとして弾き語りをしている知り合いの頑張りを汲み上げ、手拍子と口ずさんだり歌えるとこは歌うことに参加してる稔と奏音とともに混ざり拳を上げたり手を上げたりしてくれた。
一気に湧き上がる控え室の会場を見たケンは嬉しそうに俺の方を見る。
俺は横目で見てはニヤっと笑い返し、一種のコミュニケーションを取る。
周りから"Oh"の掛け声を聴き、サビに入るためのF,G,G#,A#を2回繰り返す。
そこで俺はもう、文化祭ライブで本番のときに出す力の温存は止めた。
確かに今力を蓄えて、ライブ本番でドカンと一発かました方がいいだろう。
けれど、今こうして1人心細く本領発揮ができないというのなら、関係ない。
最高の熱くて楽しくてカッコいい文化祭を迎えるために、俺は歌うんだ。
文化祭本番でのライブはどうすんだとか、体力温存しとけよとかきっとある。
明日は明日の風が吹く、そんな志でいいし本番もただ全力で臨むだけだ。
だから、1人の寂しい気持ちを拭える好機がある今も、歌うんだ。
Somebody stop this world from spinning!
(誰かこの世界の流れを止めてくれっ!)
Because we're never givin' in。
(俺たちは絶対に諦めないからな)
And I can't stop from believing。
(信じ続けて見せるからな)
We will rise again。
(もう1度立ち上がれるってな)
「「「「「hey, hey, hey!」」」」」
サビ部分にある掛け声が入るところが見事にぴったしハマる。
特設ライブステージの会場は幕は開けてないのに、熱唱同然の盛り上がり。
ただ1つの乾いて大きな音しか出せないアコギをより超すほどの声々の波。
最高な笑顔と最高な喜々した感情を魅せる共演者たちと、二時世代音芸部のメンバーたち、そしてケンと突発的アコギライブを始め知り合いの悩みも悲しみも拭い去るために全力で歌う俺。
音楽ってのは、社会的地位も権力も左右される能力だ。
プロのミュージシャンや音楽家に作詞家や作曲家にPA。
それぞれが特質した能力と才能があるからこそ、世間に認められる。
けれど、今まさにこの状況かは才能も能力も無く生み出された螺旋である。
その発端となり中心となってるのは、紛れもない、才能も能力も無い男だ。
Somebody stop this world from spinning!
(誰かこの世界の流れを止めてくれっ!)
Because we're never givin' in。
(俺たちは絶対に諦めないからな)
And I can't stop from believing……。
(ずっと信じているよ……)
We will rise again。
(もう1度立ち上がれるってな)
We will rise again。
(もう1度立ち上がれるってな)
「「「「「「「「 We will rise again! 」」」」」」」」
まるで一種のお祭りで今まさにでっかい花火を打ち上げたような感覚。
AメロBメロサビとバレーコードで味付けも何もない普通の演奏なのに、人と人が喜びをわかち合い概念やしがらみに囚われずにバカみたく歌を歌い手を叩きリズムで心躍り、1つのことを成し遂げてゴールできたような快感と称賛が控え室の教室に一斉に広がり言葉の波紋を伝えていく。
拍手喝采と度重なる賞賛の雨あられが吹き荒ぶ中、結理が俺に近づく。
「はははっ、ちょっと陽太。アンタなにいきなりトチ狂ってんのよっ」
結理はそう言いながらも嬉しそうな笑顔で俺の背中を叩く。
別に痛くもなければ苛立つこともなく、ライブ終わりの心地よい疲れだ。
まだこれから文化祭ライブ本番が待ち構えているのに、なにやってんだ俺。
「奏音!」
緊迫し張り詰めてた控え室から一変した教室内で俺はそう言う。
拍手と口笛などで爆音ひしめいていたが、稔の傍に居る奏音は聞こえた。
俺の方へと振り向くと、その顔にネガティブさは無くなっている。
「文化祭ライブ本番……これで心置きなく本気で演奏り合えるな」
「は……はいっ! 陽太さん。素敵な歌を、元気をありがとうございます!」
奏音は俺にそうお礼を言い両手を前に出し頭を下げる。
ご愛読まことにありがとうございます!




