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LIFE A LIVE  作者: D・A・M
First:Track Rock Today Wake Up Tomorrow
57/271

56曲目

「あの、お兄さんも陽太さんも、お菓子とジュースいかがですか?」


 おお、売り子がきたぞ売り子が。

 奏音が気を利かせて声をかけてきた。

 天才少女のくせに見た目相応の小さなことに気がきくヤツなのだ。


 しかし、俺は本番前のために敵と馴れ合うつもりはないぞ。

 さっきの3人と接してるときはその、なんだ、あれだよあれ。

 そう、好敵手との戦闘開始宣言みたいなヤツだよ、うんそうだ。


 俺がそう固く意味のわからない意志を決心していると……。


「じゃあ、僕もちょっとお菓子を食べさせてもらおうかな」


 ケンはさっさとあっちの策略にハマり、稔たちと合流する。

 なんたることだ……ちくしょうケンめ、この俺を裏切ったな。


「陽太さんもどうです? お菓子もジュースもおいしいですよ?」

「ああ、悪い奏音。俺は止めとく」

「ああ、そうですか。お邪魔してしまいすみません……」


 奏音は残念そうな顔を出しては丁寧に頭を下げた。

 ケン同様に気が優しいけどあまり人前で目立つタイプじゃない引っ込み思案の奏音が、せっかく厚意で女の即席パーティーに誘ってくれたのに悪いが、やっぱりそういう軽い気分にはなれない。


 確かに俺も修行僧みたいな硬い頭の考えはよくないとは思う。

 だが、今回の文化祭ライブが初バンドであり、スタートなんだ。

 生半可な気持ちで挑めば、足をすくわれて苦い思いをするかもしれん。


「もう、何言ってるのよ~」


 苦笑しながら、悩んでいる奏音を優しくなだめる稔。

 ああ、あんなふうにお姉さんぶる稔の可愛さもまた格別だ。


 …………いや、いかんいかん。

 こんなときに煩悩にまみれてしまうのはよくない、煩悩退散だ。


 しかしどうも、二時世代音芸部(にじせだいおとげいぶ)バンドでのギターセンスバッチグーな天才少女こと奏音は本番がせまるにつれてネガティブになってしまっているらしく、何度か今回の文化祭ライブ参加の辞退をほのめかせていたらしい。


 確かに奏音は人のことを大事にし、誰彼構わず優しい子だ。

 しかしそれが枷になり責任感を強く感じ、不安になってしまってるのか。

 天才的な楽器センスと完璧なパフォーマンス能力を備わっていても、メンタルは年相応の大人しい引っ込み思案の1年生だから、仕方がないことだ。


 むしろ、あんな小さな体でこんな大舞台に出ようとしてるんだ。

 稔たちやケンもすごく褒めてるし、俺も奏音の実力と意思は尊重する。


「ちょっと奏音ちゃん。そんなに緊張してないでリラックスリラックスっ! あんな特設ライブステージの上に立ててたくさんの人の前で、初代時世代音芸部(しょだいじせだいおとげいぶ)バンドの名を受け継いだ新たな二時世代音芸部(にじせだいおとげいぶ)バンドとして大舞台に出るんだからさ。私たちを押しのけての代表メンバーなんだから」


 奏音を励ましているのは、二時世代音芸部(にじせだいおとげいぶ)バンドから漏れた女部員か。

 レギュラーを勝ち取った奏音をイヤミったらしく言う所か、褒め称えている。


 女同士の派閥闘争というのは荒々しくすさまじい決戦があると風の噂で聞く。

 今は控え室の教室内で二時世代音芸部(にじせだいおとげいぶ)バンドの正式メンバーや他の共演者たちがいるから褒めているのだろうが、これが火種となる原因となり、嫉妬がらみで血みどろな人間関係の大渦に奏音も巻き込まれて生きていくのだろうか……などとおぞましく想像してしまい身震いする。


 俺は素直にすごく思う。

 才能というのは、あったらあったで因果なモノだ。

 それなのに人は、才能というのを欲しがる欲深い魔物だ。


 しかしあんな状態の奏音にも勝てたとしも、俺は全然嬉しくない。

 全力で文化祭ライブで対バンするなら、やはり本気で演奏()り合いたい。

 さっき奏音はバンド漏れした女部員から言葉で励まされていたけど、それもあんまり効果が無いかなと思えたし、なら同じ言葉でも俺は歌詞(ことば)で元気づけてやる。


 あのとき、病気持ちの稔の霞がかった人生を救ってやったように……。


 俺は控え室である教室内を少し見渡す。

 すると共演者の中で1人、音楽室から借りたアコギを持ってるのを見つけた。


「あの、すんません。ちょっとそのアコギ、貸してもらえません?」

「えっ? あ、ああいいよ。よかったらチューニングしとこうか?」

「いや、大丈夫っす。自分耳でできるんで、あざっす」


 そんなやり取りをしアコギを借りてすぐにチューニングをする。

 耳で1つ1つ聴き、上からEADGBEとレギュラーチューニングを完了させる。

 いきなり楽器を鳴らすと他の共演者も、稔たちも俺の方に視線を向けている。


 俺は右ふとももにアコギの外側ボディを置き、右手を前にかざす。

 サウンドホール付近にピックを構えて、もう1度、教室内を見渡す。


「ああ、えっと……いきなり悪いっすねっ! 俺の知り合いである女の子が所属しているバンド『二時世代音芸部(にじせだいおとげいぶ)』で、ちょっと本番前でネガティブチックになっちまってる子がいてな……見かねた俺が少しだけ元気づけようと思う。この中で『Zebrahead(ゼブラヘッド)』の"Get Nice!"って楽曲の歌詞を知ってる人いるか? いたら掛け声だけでもいいから頼みたい。もちろん無視してくれても構わない。俺が俺自身でやろうと決めた自己満足だからさ」


 俺がそう教室内にいる全ての人にそう力強く宣言する。

 するとシンと静まり返り、皆が皆"なにをするんだ"という表情だ。


 刹那とも思える時間で静まりが木霊する。

 俺は賛同する者がいないことを確認し、稔を見て、奏音を見る。

 そしてアコギの指板軽く浮かせブラッシング気味に弾きリズムを取る。

 数回空ピッキング気味のソレをプレイしてから、イントロの出始めとなるE♭のバレーコードを入れては、そのまま洋楽カバー曲のド頭から入る。




ご愛読まことにありがとうございます!

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