55曲目
自分の目指すモノと先人の築いた伝説の出来事は極まれに似てる。
俺がそうしみじみとらしくないことを考えてるとき、不意にあることを思った。
「なあ結理、こんなこと聞くのもあれだけどよ。お前の兄貴……榎本幸之助って、今でもその近くのゴミ捨て場に捨てられてたベースを弾いているのか? お前の姉貴の、榎本香織さんが1から100までリペアしたのに、未だガムテープとかで補強気味に張られてるあのベースをさ」
俺は疑問に思ったことを口に出して結理に聞く。
因みに今出した榎本香織という人は結理の姉貴だ。
お淑やかでケンみたいにのんびりしているが、しっかりしててしかも美人。
頭が良く勉強も出来て、楽器の構造などを独学で勉強して音楽の追及をしてる。
今は確か稔の両親が営む喫茶店兼楽器スタジオの非常勤リペアラーをしてるな。
喫茶店と歌姫的看板娘である稔と楽器スタジオの女神である結理の姉貴。
その2つの可愛くて評判のいい子がいるためか、喫茶店は大繁盛だと訊く。
「えっ? うん。ベースも弾いてるけど、最近はギターも始めてやってるみたい」
「へ~、そうか! お前の兄貴も社会人になろうとしてるのに、やっぱり心は変わらず生きてんだな。しかしやっぱり、ロックで楽器の主人公と言えばギターだな、ああ。俺の目指すソルズロックを完成させるには、ソロでもバンドでも花形を決められるギターが無いと始まらねぇっ!」
俺がガッツポーズを決めては熱く思いを語る。
シンガーソングライターをしてたときも共に居てくれた相棒。
ギターこそが俺の武器であり、熱い魂の増幅器であり、カッコよくさせる。
だからこそ、俺はそんな6本の弦で熱く弾き歌えるギターが大好きなんだ。
「別に、アンタが勝ち誇ることじゃないでしょ? 熱苦しいからやめてよね」
「な、なんだとっ!? 熱くて楽しくてカッコいいのどこがイヤなんだ!」
「あははっ、まあまあ結理ちゃん。陽ちゃんの熱さと外の熱さが交わっちゃうとこうなっちゃうのは知ってるじゃない。でもさ、結理ちゃんのお兄さんもお姉さんも、本当に妹思いで優しいと思うんだけどな。2人共ここの卒業生でOBだけどさ、しょっちゅうお土産やベースの弦や道具とか、それに誕生日プレゼントとかも買ってくれるじゃない。今時そんな兄弟姉妹はいないと思うけどな」
「ケン君。言っとくけどそれは家族として当然のことだと思うわ」
ケンが適切で気心知るフォローを入れても、結理はプンプンと怒ったままだ。
腕を組んではソッポを向き、頬を膨らませては怪訝そうな顔を浮かべている。
やれやれ、まったく気むずかしくて扱いづらい女だな。
別に家族だからって必ずそういう贈り物を送るのがしきたりじゃないだろ。
男の俺はそう思うけど、結理は女だからそういったことを考えるのだろうか?
けれど俺は、今の結理を見ているとなんとなくだが、寂しそうに見えるのだ。
人の気持ちを汲み上げ、苦しみを拭える歌詞を書き、楽器と共に伝える。
才能の無い俺の学べるものが"Sum41"ととある邦楽バンドから教えられたこと。
まだまだ荒削りで学ばなきゃならないことは多々あるが、少しだけわかるかも。
そんな俺の隣で結理の言葉を訊いていたケンが問う。
「そう? んーでも、僕なんて、奏音にそんなにしてあげたことがないけどな」
「そりゃケンは普段から優しいからいいのよ。奏音ちゃんだってそんな優しくて爽やかな雰囲気で接してくれるお兄さんが居てくれるだけでありがたいと思ってるわよ。でもね、あたしのお姉ちゃんはともかくとしてあの甲斐性なしは、普段から当たり前のように迷惑をかけたりどうでもいい余計なことまで持って来ては悩ませてくれるんだから……それくらいの埋め合わせをするのは至極当たり前のことで……あっ! ちょっと稔! 待って、それあたしも食べるーっ!」
ケンの疑問に対して自分の兄貴の怠惰さとだらしなさを愚痴っていたが、その中に僅かばかりのツンデレを言って実に恥ずかしそうだった。
しかしそれもつかの間、控え室となっている教室で稔たちが中庭の特設ライブステージ辺りの売店で買ったであろうお菓子の袋を開け始めたのをめざとく見つけると、結理は自分の兄の体たらくさを話そうとする途中にもかかわらず即座に向こうへ行ってしまった。
あいかわらず、やること成すことロックで女神に愛されてるな。
まあ、ああいうのは見ててなんとなくわかる。
女ってのは、菓子とかスイーツとか好きだもんな。
だが、自分に素直で行動するのは実にいいことだ。
俺が結理の突拍子さを見てると、傍にいる柳園寺と南桐も動く。
そんなお嬢様風ながらも親近感を出している2人も、嬉しそうに微笑んでいる。
「それじゃあ熱川君。今日はよろしく頼むわね? 期待してるわよ~っ」
「そうですね柳園寺さん。では熱川さん、お互い悔いのないよう頑張りましょう」
「おう。こっちも負ける気はしねぇけど、楽しく面白く熱い演奏をしようぜ?」
「「ええ(はい)」」
俺が2人の言葉にそう熱く答えると、嬉しそうに受け答えし場から離れる。
向かった先は結理と同様、稔の空けたお菓子袋に一直線だ。
お嬢様コンビもどうやらお菓子を欲しいと話の途中で思っていたのだろう。
他のライブ共演者がいるのもかかわらず二時世代音芸部バンドの連中は、みんなして、教室にある机を引っ付けては机の上にお菓子を広げてジュースを置いてはガールズパーティーを始め出した。
売店で買った菓子をつまみながら、ジュースを飲み、楽しげに談笑している。
今か今かとライブ本番を待ち僅かに張り詰めた空気の最中、見た目はアイドル同然で可愛らしい彼女たちのそんな姿を見て、場がかなりほんわかし多種多様なバンドマンたち男女関係なしに笑みを零したりするのが目に見えてわかる。
それを無言で後方遠くから見つめる俺やケンがまるでバカみたいだった。
すると姦しい和の中から小さい子がこちらに気づき、とことこと近づく。
俺は口元を手で覆いその中で小さく笑う。
そんな小さな歩幅でちょこちょこ近寄ってくるリスみたいな可愛い少女を見て俺はやっぱ、のんびりで気心知れて健気な子なんだなと、俺たち仲間はずれでも救おうとする優しさは昔と同じく感じた。
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