54曲目
「あ、そう言えば結理ちゃん。今朝はお兄さんの車で学園まで送ってもらって来たんでしょ? 同じく文化祭で廃部を告げられて壊滅寸前だった初代時世代音芸部を1から立ち上げて、音楽界に旋風を巻き起こしたベーシストの1人だった榎本幸之助さん……彼は今日の文化祭ライブ、見ていくのかな?」
俺の口争の的にされ困った顔で、ケンは結理に話題を振ってかわす。
すると結理の顔つきが人を小馬鹿にする快晴から曇天に早変わりする。
「それが、自分はこれから就職活動があるから文化祭ライブは悪いが見れないとか言って、そのまま車で帰っちゃったのよね。……ったくあの人は、実の妹が自分と同じ楽器を演奏するようになった晴れ舞台と、自分の将来を決める就職、天秤にかけたときどっちが大事だと思っているのかしらね」
「う~ん……それは、やっぱり自分の将来を決める就職なんじゃないかな?」
「もう、ふざけんなしっ。そんなの実の兄としてあるまじき感覚だよ」
結理はとても不貞腐れた感じで自分の兄をけなす。
おいおいお兄さん、実の妹からこんなに言われてますよ?
就職は大事かもしれないですけど、晴れ舞台は見てやってもいいんじゃないか?
今まさに結理の不機嫌さで兄と妹との実絆が音を立てて崩れようとしている。
俺が結理の考えを述べたことに少しだけ賛同していると、不意に人気を感じる。
「あ、たしか結理さんのお兄さんって、あの初代時世代音芸部の?」
俺たち3人の近くに近づいたのは、先ほどの柳園寺と南桐だ。
そのメガネをかけて凛とした南桐が、羨望の眼差しで聞く。
「ああ、コウミさんでしょ?」
柳園寺はなにやら意味深にニヤニヤと笑う。
お嬢様風な人と言うのはなぜこうも秘密のありそうな振る舞いをするのだ?
まあ、いいか。
結理には性格の捻れた兄貴とその2人とは真逆な清楚で綺麗な姉貴がいる。
そんで今となってはまともな人になったコイツの兄貴というのは、鐘撞学園内でひっそりとあった廃部寸前だった時世代音芸部バンド創立時にベーシストをやっており、その兄貴と同じ年の姉貴さんも同じく創立時から楽器リペアラーとして活動していたお2方だ。
俺も子供の頃に何度か結理の兄貴がベースを弾いているとこやライブを見かけたことはあったはずなのだが、なにしろ小さい頃だし当時から自分の音楽を追求することに必死だったためかそこらへんの記憶がおぼろげだ。
俺が結理の兄貴が演奏する姿を見たそのときはバンドとしてではなく、何かスポーツマンかモデルっぽい感じの爽やかな格好をしてたような覚えがあるようでないようで、本当に歯痒い感覚にさせられる。
そこでこの腹黒お嬢様方が意味深な笑みを浮かべる理由がわかる。
俺の曖昧でまったく形を成してくれない記憶ではそうなのだが、当時の初代時世代音芸部バンド時代ではなんと、見た目が整っていて女にも見えるというふざけた理由で女物のコスプレをさせられてライブステージ上でベースを弾いていたらしい。
その見た目は本物の女よりも女らしいのにだが男だとのせいで、本名は榎本幸之助という男の名前なのに、伝説的な活動を続けた初代時世代音芸部バンド内では『コウミ』とかいう女らしい愛称で呼ばれていたそうだ。
根っからの変態気質を持ち合わせた女装趣味だったのか、それとも場に流されただけなのか、はたまたなにか事情があったのか、その辺は外部の俺にはよく知らないし本人もあんまり知られて欲しくはないのだろう。
だが、パートであるベースはけっこう上手かったとの話を訊く。
しかもそのベースもゴミ捨て場からの拾い物だというからすげぇよな。
拾った当初は音も出なかったらしいから、結理の姉貴が直したらしいが。
時世代音芸部バンドやってたジャンルもパンクロック。
そんでもって練習してたのも即席でできたガラクタとガラクタ同然の楽器。
そんな無から生み出した楽曲らは、さぞ最高にイカしたモノなのだろう。
けれどそれは別に聴いていなくても、わかりきったことだ。
そうじゃなければ伝説を語り継がれてはいないし、人々の記憶は残らない。
どうでもよければすぐに忘れるし、音楽なんて社会の規模として浸透されない。
けれど俺やコイツらみたいに、音楽と向き合い、夢や希望を抱いて演奏する。
見ろ……この俺(私)を見ろ、世界よ俺(私)はここに居るぞ! と。
それこそ、だだっ広い世界中にちっぽけな自分の存在を照らすかのように。
俺たちは0から踏み出し、練習し積み上げ、音楽を人々に魅せて聴かせるのだ。
伝説の初代時世代音芸部バンドと、無名シンガーソングライターの俺。
ガラクタからできたパンクロックと、努力から積み上げ生まれたソルズロック。
どこか共感できるとこがあり、学びたいと思えるとこがあるな、と静かに思う。
ご愛読まことにありがとうございます!




