4曲目
ライブハウス前から田所先輩の車に乗り込んでから数分後。
田所先輩が俺が車内に乗ったのを確認した直後に、一気にアクセルペダルを踏み込んで都会の道路内に侵入しては颯爽とスピードを上げてテールランプの光で既に深淵になった闇を切り裂いて行く。
備え付けのカーステレオからは曲が流れ始める。
どこかで聴いた覚えのある曲だけど、曲の名前がどうも思い出せない。
パンクロック系のギターフレーズなどは聞いたらすぐにわかるのに……。
俺は流れている曲に対して必死に脳内検索を掛けて考え込む。
色々と知っているバンドや聞き覚えのあるバンドの名前をつらつら上げる。
その時、一つのバンド名と、とある男性の名前がパッと思い出す。
(あ、この曲。ああ、そうだ。確か『ディタミネーション』ってロック調の曲で、バンド名は【Starlight:Platinum】って正統派ロック系バンドで……バンドリーダーの【ネット】、そうだ。俺の従兄弟で一流ボーカリストの【天川熱斗】が作詞作曲したんだっけ。そういやアイツもいきなりバンドを始めて活動してったら、いつの間にかインディーズデビューしてあっちこっちにバンドメンバーと遠征はしてはまたライブ活動しているんだっけな。今はプロとして活躍しているか、はたまた未来ある歌手を目指す奴らを世話しているかのどっちかだろうな)
一つの疑問が解決でき、俺の考えていた悩みの種も摘み取れた。
「おい陽太、お前まだSum41が好きなのか?」
「はい、あのバンドは曲も音造りも……全てがマッチして最高っすからね」
「それは良いけどさ。たまには別のアーティストも好き好んで聴かないと、感性が古くなっちまうぞ? それに作詞作曲で手掛ける曲自体だってSum41寄りのパチモンにも成り下がっちまう。それじゃお前の言う音楽じゃねえだろ」
「…………」
話しに合わせていたら、思わず聞き捨てならないことを聞かされた。
田所先輩は俺の好きなバンドがあーだこーだと見事に人の気も知らずに吐き出してくれたんで、後輩とはいえ俺は反論したかったけど黙っていた。
後部座席に乗り込んで座った俺の隣に、同じく後部座席に座っていた二人の女の片割れが密着するように平然と座っていやがる。
短い丈で作られたスカートから突き出た膝小僧が俺の足にこつんと触れて体温が伝わり、別に反応していないのに女性のなんらかな闘争心に火が点いたのか生足を俺の足に擦りつけたりしてくるが、正直に言って迷惑極まりない。
鼻先に、香水のむせかえるような甘ったるい匂いに俺は酷く億劫になる。
「わあ~、頭の毛短くてジェルで固めたようにツンツンだぁ~! しかも真っ赤ですっごく可愛いじゃ~ん。ねねっ、この髪の色ってダブルカラーなの? 赤メッシュじゃないよね?」
全身から酷く濁った不機嫌オーラを全開に発しているはずの俺の態度にも物ともせずガン無視して、隣のピンク色待ったなしな淫乱染みて不快感MAXな雰囲気を漂わせてくる女の人が断りもなく俺の髪へと手を伸ばす。
「あっ? なにしてんだ、勝手に触んじゃねえよ」
隣の女が伸ばす手をかわしながら抗議を立てる。
その時軽蔑の目を向けるが、それも虚しく無駄に終わってしまう。
前にも両隣にもいる女たちは、可笑しそうにケラケラと笑いやがる。
……ああ、すっげぇムカつく。
はっきりわかることは、人をバカにしていやがる。
まさに性根が腐っており装飾品や着飾った服すらもどす黒くさせる。
いったい下品で気味の悪いコイツラはどういう連中なんだ、マジでウザすぎる。
その場の空気に流されてうっかり車の中に乗ってしまったことに後悔した。
バンドのイロハ、面白い、と言った田所先輩の言葉につられたわけではない。
あんなに気が優しく誰に対しても人当たりが良く、それでいて音楽のことになると誰よりも熱くロック魂を燃やして熱弁し、俺みたいな吹き溜まりにも壁無く接してくれていた田所先輩。
そんな昔とあまりにも違う田所先輩がなんでこうなったかに、好奇心半分、不審感半分、と言ったところを興味本位で確かめたいと僅かばかりに思ったからこの車に乗ってしまった。
ああ、やっちまったな俺、面白いと思うんじゃなかった。
「本当にこの子、初々しくて可愛いよね。カジクンのお友達なの?」
助手席に座っている女の人が猫の様に丸く甘ったるい声で言う。
今女が言った"カジクン"ってのは、【THE:ONHAND】のバンドでは『KAZI』と自他共に認める愛称を名乗ってたり言われたりしているからであろう。
田所先輩の名はもちろん、『田所』だ。
ちなみに、下の名前は『赤兒』と言う。
フルネームで【田所赤兒】と言い、普通の苗字で変わった名前だ。
「ああ、まぁね。古い知り合いってとこかな?」
田所先輩がかっ飛ばして運転するスポーツカーが赤信号で徐々にスピードを緩めて停止線の前で止まり、そのまま運転席に座っている彼は着ているジャケットのポケットに手を突っ込んで弄り、タバコを取り出し慣れた手つきで一本の煙草をスッと出して口に咥え込む。
そしてもう片方のポケットにも同様に探りライターを取り出して火を付けた。
車内に、煙草から発せられた煙が立ち込み、もの凄く煙い。
しかし田所先輩の吸ってる煙草の匂いは煙臭くなく、妙に甘ったるい。
女が浸けた香水の匂いに、さらにその甘ったるい煙草の匂いが加わる。
俺は煙草も酒も香水も麻薬も嫌いなので、次第に気持ち悪くなってきた。
「そうそう。筋金入りのロックバカでガサツで乱暴で気性が荒そうに見えて、そいつかなりいい学校に通ってんだぜ。ほら、鐘撞学園って知ってる?」
青信号になり再び車が動き始めると、田所先輩はそう付け加えた。
少しだけ開けた車の窓から入る風だけど、妙に心地よく感じれた。
ご愛読まことにありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。