46曲目
俺は奏音が真に受けて二度の騙されを見て笑った後、疑問を聞く。
「で、本当はどうしたんだよ? あんな奇態めいたことまでして……」
「あ、えっと。実は、玄関の鍵をこの辺につい落としちゃいまして……」
奏音はそう言って、足元の豪華な玄関先へ視線を送りそのまま彷徨わせる。
すでにすっかり夕焼けを彩っていた陽が山の向こうへと落ちてしまい、深淵の闇に沈んでいるその辺りは、たしか綺麗な玉砂利が一面に敷いてあるはずだった。
その豪華な家でしか見られない玉砂利と闇の中に紛れて、手から滑り落とした家の玄関のカギが行方がわからず未だに見つからなくなってしまったらしい。
「ほらぁ、上流階級で金持ちぶって玄関に玉砂利なんか敷いちまうからいけないんだ。こんな暗い中小さいカギを見つけるのはそりゃ至難の業なんじゃないか?」
「あう……す、すいません」
玄関に玉砂利を敷いたのは自分のせいじゃないのに素直に謝る。
やはりケンの妹である奏音は素直ないい子で、俺もそこを気に入っている。
だから昔ケンと知り合って奏音とも友達になってから可愛がっている(と思う)。
謝ってからもう1度奏音は玉砂利だらけの玄関外に座り込んでカギを探す。
性格は素直でいい子なんだが、どうも消極的で弱弱しい。
玄関のカギ紛失と相まって、一種のなぞかけにも思えてしまう。
奏音の性格と説きまして、紛失した玄関のカギと言うってか、やかましいわ!
それになんだが昔の稔みたいに今にも消えそうな灯で照らされてるみたいだ。
なのに楽器を持つとプロ顔負けな演奏するのに、その熱意はどこ行ったんだ?
まあ、こうなっては仕方がない。
音楽的天才で非の打ち所がない可愛い子のために、俺もその場にしゃがみ込む。
玄関外の地面に這いつくばって目を凝らして辺りをくまなく探ってみるが、玄関先の地表近くはもう暗すぎて、俺のいい(方の)視力をもってしても話にならずお手上げ状態を知らされた。
まるで目隠しで超鬼畜難関の即死ゲームをやらされてる気分で、むず痒い。
「うむ、こいつはカギを探すにはちょっと暗すぎるしこのままじゃ手に負えないな。なあ奏音、家に帰って来たときに誤って手から滑り落ちた玄関のカギ、覚えている限りでいいんだけどどの辺に落ちたかわからないのかな?」
「気が付く前に手から滑っちゃって、落ちるとこ見られなくて……」
「2人共、ちょっと待ってて。すぐ玄関の電気を付けて来るから」
ケンは自分用として持ってるカギで玄関のドアノブに差し込み、カチャリという音と共に玄関のドアを開けると、そのまま家の中に入って電源を"ON"にして明かりをつけた。
暗闇を照らす明かりが点灯されてから俺は周りを見ると、家の玄関先に付けられたドアの前には奏音の学生カバンと、そしてギターケースが立てかけてあった。
この奏音も、見かけによらず女子軽音部の部員であり希望でもある。
そりゃ、あれだけギターテクニックも多彩でセンスも良ければ期待されるわな。
俺はそう思いながらももう1度玉砂利で敷かれた玄関先の方へと視線を戻す。
「お、見つけた。なあ、これじゃないのか?」
暗かった視界が明るくなると、すぐに玄関のカギは見つかった。
奏音が地面に這いつくばって探していた場所とは全然逆のところに落ちていた。
俺の声に反応しこちらを振り向いた奏音が嬉しそうに飛び跳ねこちらに近づく。
「あ! はい、これです! 陽太さん、本当にありがとうございます!」
「見つけたのは俺だけど、ちゃんと兄さんにもお礼を言っておけよ? 玄関のドア開けて明かりを点けてくれたのはケンなんだし、俺はただ明るくなった視界でカギを見つけれたにすぎないんだ。ほらよ、もう落とすんじゃねえぞ。ケンはのんびりしててふわふわしてるからしょうがないが、奏音はしっかりしているようでどこか天然で抜けてるからな」
「ちょっと陽ちゃん。僕の評価のそれは、ちょっとヒドイんじゃないの?」
「事実だろうが」
俺がケンとそんな変わり映えのしない会話をしていると奏音はうつむく。
「はい、すみません……」
見つけた玄関のカギを手渡して言った言葉を気にしているのか、奏音はお礼を言ったときの笑顔から一瞬にしてしょんぼりとしてしまい心細そうな雰囲気を漂わせる。
本当に奏音はケンの妹なんだな……と俺はそう思い頭を指で掻く。
「おいおい、そんなに落ち込むなよ。玄関のカギは見つかったんだから万事OKでよかったじゃねえか。それに、これからも困ったときは兄貴であるケンか友達の俺にでも言え。伝説の志を受け継いだ二時世代音芸部の正式メンバーに選ばれた音楽界天才少女が、玄関の前で見えるパンツを気にもせずに地面に這いつくばったりしてはダメだぞ? 不審者に見つかったらなにされるかわかったもんじゃない」
「うぅ……あ、陽太さん。その呼び方止めてくださいって前言いましたのにっ」
さっきまで怒られてシュンとする子猫みたいな表情を出していた奏音は、その"天才少女"という言葉を聞いてから真っ赤な顔に一変して抗議してきた。
けっこう喜怒哀楽が激しくてわかりやすい子なんだな。
それに事実天才少女のくせに、そう呼ばれるのをヒドク嫌っているのだ。
まったく、あのクソ兄貴の暁幸にも彼女の爪の垢を煎じて飲ませたいものだ。
両手を前に出し怒っているはずの奏音を見て、思わずはにかんで笑っちまう。
俺は奏音の素直で、謙虚なところが見てて面白く、学べるとこだな……と思う。
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