45曲目
俺が不意にそんなことを考えていると、ケンの家が視界に見えて来た。
今まさにあの東海大地震などが発生したら景気よく全部がぶっ壊れそうなうちの日本家屋と比べると、なにからなにまで全然違うお洒落で小奇麗な一軒家。
ケンの家回りにはよく大富豪の家みたいな柵もあって、もうなんかパネェ。
それは周りにある家々を見ても一目瞭然で、すごい存在感を見せつけてる。
だが、すでに周りは深淵に包まれた暗闇なのにまだ家や外観には電灯がついていなくて、外と同様に薄暗く闇に沈んでいる。
もしかしてまだ誰も家に帰っていないのだろうか。
なんだか焼けに珍しいな……俺はなんとなく思ってたら、その豪華で彩られた小奇麗な玄関の前で、その可憐な華みたく可愛らしい見た目で音楽に関しては天才少女でケンの妹――奏音が、なぜか地面にはいつくばっていた。
えっ? なにしてんのあの子……っと、俺は目を疑い言葉を失う。
「あれっ、奏音だ」
のんびりとしてたケンもやっとそれに気づき、俺たちはちょっと離れた歩道から歩む足を止めて、その奇行をジッと眺めていた。
目に入れてもおかしくないとケンの親父さんが言ってた通り可愛い妹は、地面に四つん這いになって、一生懸命アスファルトの固い地べたを小さい手で撫でているのだが、正直言ってこの暗い辺りと相まってか非常に不気味だ。
「なあケン、お前の自慢の妹はいったいなにをしているんだ?」
「さ、さあ? おかしくなっちゃったんじゃない?」
のんびりとした口調でサラッとひどいことを口から滑らす。
おかしくなったって、まるで狂ったギターを見ていうように言うなよ。
ケンは基本的に優しいんだが妹に対してはちょっと容赦がない。
さっき教室で奏音のことを話したときも喜ぶどころか、心配してたし。
まあ、それだけ兄妹仲がいいということなのだろうか。
そう思うと、俺と暁幸の双子兄弟仲は絶望的に悪いんだなと比べてしまう。
ともあれ、うら若い女子でしかも鐘撞学園から誕生し一気に伝説まで上り詰めた時世代音芸部の意志と楽曲を継いだ二時世代音芸部のメンバーにその天才的な楽器センスを買われたコイツの妹が、四つん這いというよくない態勢で地面をまるで赤子を撫でるようにイイコイイコしているのは、正直お世辞にもいいとは言えないし奇態にもほどがある。
世間体とかもあるだろうし大事なことなので、早いとこアレを止めてやろう。
俺とケンは止めた足を動き出して、ケンの家の傍にいる彼女のもとへ近づく。
「おい、お前こんなとこでなにやってんだよ?」
「ひえっ!?」
俺がそう呼びかけると、奏音はビクッと体が震えその場から飛び上がった。
すげぇ、まるでバネ仕掛けのカエルのオモチャみたいにも見えるし、最近流行りの少年向け漫画雑誌"週刊少年バーニング"で長期にわたって連載されて若者に大人気なアドベンチャー漫画"旋紋使いの霊妙なOPEN THE GAME"で出てくる能力の1つみたいなことをしやがった!
音楽界の天才少女はまさか旋紋使いだった……っ!?
「あ、よ、陽太さん? こ、こここ、こんばんわっ」
こちらを振り向いた奏音の顔が、夜目にも赤らむのが見てとれた。
前からもそうだったし奏音がすぐに恥ずかしがって赤らむのは今も健在か。
のんびりとしたケンの妹らしく、控えめで基本人見知りな優しい性格なのだ。
俺も奏音の評判はよく聞くし、1年生の中ではけっこう男子にも人気がある。
それも踏まえて女子からも人気があり、コイツの周りは人で一杯なのも常々だ。
「ちょっとどうしたのさ、こんな暗い中……それも家の前で」
「あ、お兄さん、ごめんなさい。それが、あの、その……」
実の兄であるケンの問いにも奏音はしどろもどろにする。
それに奏音は未だに赤い顔で俺の方をチラチラ見ては気にしている。
おお、これはいい……だったらここはなにか言ってからかってやろう。
「おい奏音、そんな四つん這いなんてカッコしてるから、思いっきりパンツ見えるぞ? 鐘撞学園の女子生徒が着る制服のスカートは基本短いからなぁ……風が吹いたりしゃがみ込めばそりゃもう見えちまうわな」
「えっ? ……きゃぅ!」
俺の爆弾発言を聞いた奏音が慌ててスカートを手で押さえる。
地面に四つん這いの姿勢を保ちながらもいきなり動いたもんだから、そのままバランスを崩してしまい奏音は地面に向かって倒れてしまった。
あ、本当にパンツ見えちまった……ああ、水玉模様か。
「イタタ……」
「はははっ、いや悪い悪い。今のは冗談だ」
倒れて姿勢を直せない奏音に近寄りソッと手を貸して起こしてやる。
俺の方を赤らめた頬のまままぶたを少し落とし、残念そうな顔をする。
「えっ? 冗談、だったんですか? そんな、ヒドイですよ……」
奏音は恨めしそうに俺を見上げた。
背が低いから俺を上目遣いで見上げる感じで、なんとも可愛らしい。
こんなふうに素直で健気な反応をしてくれるいい子だから、学園内では人気だ。
稔もこんな冗談を言うとすぐに真に受けてたが、最近はガードが固くなった。
結理の入れ知恵のせいだろうか……まったく、余計なことをしてくれるぜ。
「はは、ごめんごめん……ああ、それともアレか。もしかして泥棒の下見かなにかか? おいおい、可愛い顔とちんちくりんな見た目して考えることは大胆で悪いことをしようとしてるんだな。よし、それならこの俺が手伝わないでもないぞ。俺は謙虚だからな? この家はそりゃもう金銀財宝に近い莫大な金でありふれてそうだしな。ああ、安心しろ。取り分は7:3で多い方を奏音にやるから」
「え、ええっ!? もう陽太さん、違いますよぉ……」
俺の冗談を、またもやすっかり真に受けて恥ずかしそうに否定する。
この奏音に軽い冗談すらも通用しないし、すぐに信用してしまうのだ。
それが実に楽しく面白くて、ついつい俺は奏音に冗談を言っては反応を見る。
こんな素直で可愛い妹がいるケンを、少しだけ恨めしそうに思えてしまう。
ご愛読まことにありがとうございます!




