42曲目
俺がケンに自分の好きなバンドの良さを伝える言葉をぶしつけに遮るように、ぶっきらぼうで人の気持ちを考え無さそうな声が背後から銃弾のごとく飛んできたんだが、ものすごく不愉快だ。
「あぁっ?」
ああ……ったく、どこの誰だよと一瞬だけ思った。
しかし掛けてきた言葉の声色を訊き、俺は思わず寒気がする。
これからものすごくいい話をもう一度熱意を込めて熱弁しようと思ったところだったのに、いきなり横やりをして話の腰を折られてしまい、すこぶるいい気分はさせてくれない。
しかも人の名前を名指ししてから続いてフルネームでこんな街の衆人環視の中で言われたことに不機嫌丸出しで力一杯振り向くと、やはりと言うべきか……売れっ子の芸能人よりも整ったきれいな顔とでよくある美男子が好みそうなサラサラヘアーをしたヤツが、こっちを指差しながらモデルみたいな足取りで歩いて来るのが見えたくないのに見えた。
周りで学校帰りの女子学生や会社帰りのOLまでもが、そいつを振り向く。
そいつが過ぎ去るときには『イケメン』とか『好みのタイプ』とか聞こえる。
それで俺の不愉快にさせられた気持ちをさらに輪をかけて不機嫌になった。
そいつが俺のキライなヤツで、絶対に認めたくはない存在だったからだ。
「おいおい、随分と派手で面白い頭をしてるじゃねえか? 目立ってるぞ!」
そいつはそう言い終えると笑いに堪えれず腹を押さえて気さくに笑う。
いや、俺よりもお前の方が十二分に目だっているだろと大声で言いたい。
イケメンのモデル匹敵のド派手なルックスに、しかも夕食の買い出しやら学校帰りで遊びやら仕事帰りとかやらのごった返した衆人環視の中を全然気にしない大声を上げながらこちらを指差して歩いて来るから、イヤでも注目を集めている。
俺は前にここらでも弾き語りをしたことがあるが、ソレより目立ってるぞ。
「あれっ? ……たしかあれ、熱川暁幸くん?」
ケンがソイツの姿を見て呟く。
「おいおい、俺を苗字で呼ぶのは止めてくれ。暁幸でいいぜ」
暁幸は苗字呼びをすぐに訂正し、指を出して"チッチッチ"とする。
その行為をなんの前触れも羞恥心も無くやるコイツがすごくキライだ。
そう、コイツの名前は熱川暁幸と言い、俺の双子の兄だ。
顔つきは双子だからほんの少し似ているが、性格もルックスも思考も感性も、なにからなにまで全然違う。
今俺の家族はちょっとしたいざこざがあり別居中で、お袋と共に暮らしている。
コイツも親父のことは心底嫌い、お袋と暮らしてから苗字をひどく毛嫌いする。
そして、俺にとっては気に食わないのは家族事情のそれだけじゃない。
鐘撞学園の同じ学年、そして元男子軽音部だったヤツだ。
ただ、俺と同じ時期に入部したのにも関わらず1ヶ月もしない1年の春のうちに"ここのヤツと俺とじゃ天と地ほどのレベル差があって気に入らねえ"とか抜かしてさっさと辞めてしまった。
宝石と石ころが同じジュエリーケースに入れるか? とも言ってたなコイツ。
すぐに部活を辞めたし俺の住んでいる熱川家にこそ遊びに来ても、父と別居中の母のとこに住んでいる暁幸のとこには遊びに行く用事も件も無いから行かないということもあって、すっかり記憶から忘れ去られていたに違いない。
だが、俺はよくコイツのことを覚えている。
双子だから兄弟だからとかそんな生ぬるいことじゃない。
俺はコイツの態度も見た目も楽器の腕も凄くて、全てがキライだったからだ。
コイツは"自分の神がかったスタイルと楽器の腕が世界一"だと考えている。
それがまず気に食わないし、所かまわずその美貌で女をナンパしてるクズだ。
それに見ての通り、とにかく派手で目立つのが好きなヤツだ。
第一同じ1年生として音楽と疎遠気味だった俺と同じく入部した男子軽音部を身勝手に辞めたのだって、別に興味も無いし詳しくは知らないが、なにやら先輩の対応や仕草なども含めて演奏のレベルが気に入らないとか抜かしながら部員の前でも関わらずケンカをしてその勢いで辞めたらしい。
あの温厚で気優しい先輩やそれに何乗もかけて菩薩様かとも思える三岳部長も巻き添えになって、暁幸の身勝手でふざけた文句にさすがに腹を立てて、そのままケンカに勃発させたというのだから相当な頭でっかちなヤツだ。
ああ、それとあの隅っこにいる短髪でほっそりとしている黒髪短髪のヤツが、そのときこの身勝手極まりない理不尽な理由で辞めたコイツといっしょに男子軽音部を辞めた穐月宗介ってヤツだったかな。
たしか男子軽音部にいたときは明るくて気さくなヤツだった気がする。
まったく違うタイプに見えるのに、なぜかこの2人は仲が良く親友らしい。
ともかく、双子とかいう事実だって俺は毛嫌いしているのに暁幸のそうナチュラルにセンセーショナルで俺みたいにエモーショナルでエンジンにニトロ積んだような性格とは波長がまったく合わないし、楽そうでバンドで一番土台となれるカッコいいパートだからってふざけた理由でベースを選んだのになぜか長年ベースを弾いているヤツよりも上手くて、難しいフレーズやパターンがあっても何気なくさらっといいアレンジもしては演奏もきっちりとこなしやがる。
決して天下一天才ではないが、苦手なモノがなくなんでもそつなくこなすヤツ。
そんでもって泥臭い努力とか頑張るは大キライで、天性的な鬼才を持っている。
バッチリ努力で夢を一度実現させた経験がある俺が一番キライなタイプなのだ。
そういうところは実の双子なのに俺とコイツはまったく相容れない。
しかも見ての通りモデルやイケメン俳優にも引けを取らない整った容姿で、学園内の1年から3年までの女子の間でもコイツの噂で盛り上がれるほどの大人気を誇り、こいつがいるところにはいつも女がゴロゴロと湧いている。
今も相変わらず宗介と共にだが鐘撞女子生徒たちに囲まれている。
なんだ? ハリウッド俳優に群がるファンかなにかかよとも思わされる風景だ。
さっきからずっと"暁幸くーん"だとか"こっち向いてよー"だとか、猫撫で声で甘えているしムカついて少しだけ顔を見ればみなそれなりに美人なのだが、稔の方が1極倍ぐらい可愛いしスタイルもいいし性格も天使か女神なんだぞ。
だから俺にとっては稔がいるから、そんなの全然悔しくなんかねーわ。
ケンとのCDショップでCD巡りに思わぬエンカウントで萎える俺だった……。
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