40曲目
「チッ……クソがっ! やってらんねえや! 合わせんのはやめやめっ!」
怠惰めいた感情になる俺はケンに断りも入れず急に演奏を止める。
すると廊下から聞こえる部活動をしてる生徒の声がちらほら聞こえる。
ちょっと遅れて、ケンもアルペジオを弾いていた手を止めてこちらを向く。
その顔はのんびりとしのほほんとはしているが、明らかに不満げである。
「あっ!? もー、ちょっと陽ちゃん。なんで演奏やめちゃうのさ? こっちはせっかく調子が出て楽しくなってきたのに……陽ちゃんがこういった音楽は聴くことはあってもあんまり好きじゃないのはわかるけどさ。僕は『The Beatles』好きなんだしちょっとは気をきかせてくれてもいいじゃない」
「そう、それだよそれ。ケンがあんまり楽しそうにギターを弾いているから腹が立ってきたんだよ。お前本当にアルペジオ弾いたりゆったりとしたコードバッキングは上手いからなんか癪でムカムカしたんだよ!」
「はぁ、なにそれ? ちょっと言い分が理不尽すぎない? ……あ、わかった。陽ちゃん嫉妬したんでしょ? そうだよね、陽ちゃんは『The Beatles』みたいにゆったりとした感じのロックはあんまり好きじゃないから、文化祭で男子軽音部で演奏するカバー曲がこれになったのも自分自身で認められないんでしょ?」
ケンはいきなり演奏を止めた俺の理由をズバリ言い当てる。
その百発百中に言い当てた彼が、まるでシャーロックホームズに見える。
さすがに保育園の頃から今まで長い付き合いで親友なだけのことはある。
それも合わさって、ますます腹正しいが的確に言われぐうの音も出ない。
俺は必死に言葉を探して言い返そうとするが、まったく浮かばず断念する。
「おおっ……うぐっ、ああそうだよ、お前の言う通り嫉妬してんだよ! お前は楽しそうに弾いてるからいいよ、けどな、俺が音楽と触れてて楽しくて面白くなきゃ俺がつまらないだろ! 俺は俺が楽しい音楽を、太陽を象徴させるソルズロックをやりたいんだ!」
言い返せずにもはや開き直ってそう言ってやった。
余りにも理不尽で、さすがに俺も言ったことは言い過ぎたとは思う。
けれど俺が心の底から楽しめない音楽を強いられるのは、やはりイヤだ。
ケンはソレをキョトンと見つめて、数秒後、思わずプッと吹き出した。
「あっははははははっ! もう、本当に陽ちゃんらしいや~」
「なに笑ってんだよ、これは笑い事じゃないんだぞ。俺は本気で言ってるんだ」
俺が眉を中央へと寄せ、気に食わないといった表情で物申す。
しかしケンはそれを見て"わかってる"と保母さんみたく、柔らかく答える。
ケンはこういったことがあってもすぐなんでも笑い事にし場を和ませる。
これだけ見るとわかる通り、どうしようもない爽やかな癒し系イケメンなんだ。
現にこいつは結構学園でもこの爽やかさと見た目でけっこうモテるのだ。
しかしなぜか告白してくる女を丁寧に降ってしまっているらしい、なぜに?
それも踏まえてよくわからないヤツだし、本当、やってらんねーわ。
「あ、じゃあさ、陽ちゃんの楽曲を合わせるのならいいでしょ?」
ケンはまた爽やかな笑顔を出しながらそう提案してくる。
上げては落として、また上げて気持ちを汲むのが本当に上手いなコイツ。
しかも俺の歌詞ノートを勝手に手に取り、パラパラとページを捲り曲を探す。
「ほらほらっ、そんなしかめっ面しないで……この曲を演奏ろうよ」
そう言ってケンが俺の歌詞ノートから1つのページを開き俺に見せる。
タイトル――『Hoffnung”A”Leben』、生命への希望という意味の曲だ。
俺はその楽曲を見て少しだけ焦り意味を考えてしまい、思わず狼狽える。
ソレは俺が稔が悩んでいたり、悲しんでいたとこを励まそうと思い綴った曲だ。
まだ誰にも聴かせたことがないし、第一声をケンに聴かれるってのも癪だ。
「それはダメだ」
「えーっ? なんでさ。歌詞を見るとすっごくいいのに……」
「だーっ! 止めい。いいからっ! だったらコレを演奏ろうぜ!」
曲の雰囲気もわからないのにいきなり双奏しようとか、アホかこいつ。
俺は恥ずかしさを消し去るため手で強く左右に振り、馴染みのある曲を指し示す。
タイトル――『DREAM SKY』、安直だが夢の空という俺の思い入れがある曲。
「あーこれこれっ! 僕もこの曲好きだな~、熱くて心がポカポカするし」
「うっせ! 女みたいな感想言ってないでさっさとギター構えろよっ!」
俺はすぐさまアンプのチャンネルを"Marshall"にし、重低音ある音を作る。
ケンが聴く曲は大体爽やかでのんびりとしたのが多いが、これは好きらしいくましてやあの口も悪く性格のひん曲がった結理でさえ高評価するほどであり……稔とその二人からの感想を訊いた俺は初めて誰か一人のために綴った曲で心を動かしたことができたことにもう一度自信をくれたのだ。
ありがたい、ただただそれしかソイツらに対する言葉が浮かばなかった。
「んじゃ……行くぞ?」
「うん、バッチ来いだよ」
俺はギターを構え、ケンに目くばせすると、同様にギターを構え待つ。
深呼吸をしてから全身の無駄な力を抜き、一気に空気を吸い目を見開く。
放課後の音楽室にはロック寄りのアルペジオが流れ、ロックコードが流れた。
ご愛読まことにありがとうございます。




