39曲目
居なくなった先輩や同級生のことを考えるのもバカらしい。
だったら手に取れた練習時間を、ケンと双奏した方がいいか。
「ケン、お前はアルペジオを続けてくれ。バッキングからダウンで刻む」
「うん、わかった。けれど僕も今のアルペジオにちょっと付け加えるね」
俺とケンはそう言い、その後もう一度目くばせを取って、同時に頷く。
バッキングからミュートのかかったダウンピッキングに変わり乾いた音にさらにブツブツというような音が加わる中、アルペジオの方もゆったりとするのは変わらないがコード進行に合う音を選んでまた違ったスパイスを投入される。
やはりあんなヤツらと合わせるより、ケンと合わせる方がずっと有意義だ。
もともと、俺は、この男子軽音部に全然馴染めていない。
俺が廊下を歩いて音楽室に向かうと中から楽しそうに音楽以外の話で盛り上がっているが、いざ俺が勢いよく扉を開けて入ってみるとその話はピタッと止まるし、俺がテレキャスターを掲げて先輩らと合わせていると音楽室の雰囲気がまったく違うものになるのは自分でも気づいている。
まあ仕方ない。
俺も最初から男子軽音部とは馴染むつもりもないし、どうでもいい。
そりゃそうだ、この部には人生を賭けて本気でロックをやってるヤツなんて、ソルズロックの完成を目指す俺や感化されこんな俺と一緒に音楽をやってくれるケン以外にいやしないからな。
先輩らや同じいい子ぶってる2年生に、三岳部長もそう思っているだろう。
陽太、お前なにそんなムキになって音楽やってんだよ、とか。
こんなの本気でやってても、将来なんの役にも立たないだろ、とか。
そんな世界中に存在する普通人間と同様のことを考えて、普通を望んでいる。
俺からすれば、ヤツらは思考も違うしましてや人種も違う。
俺にとって当然のことが、連中にとっては常識じゃなく異端だと思い込む。
それは向こうも同じように、俺は普通の人間じゃないと思い込んでいるだろう。
とにかく、この面白みもない男子軽音部では俺だけ浮いている。
そんなことは3年生の先輩だってわかっているはずだし、毛嫌いしている。
そんな中ケンは俺の気持ちも理解してくれるし、先輩らの意見も尊重する。
だから先輩や他の2年生もケンには寄り付き、俺からは遠ざかる。
それがこの部では当たり前の規則であり、曲がらない真実なのだ。
それなのに、どうして俺を文化祭のメンバーに選んだのか?
確かに俺は昔から音楽をやり続けてたし、こうして再開して音楽をしてる。
ボーカル志望が俺だけだったとしても、俺が特別上手いってわけじゃないしどちらかというと、路上ライブで機材も無ければアコギ一本であってもライブハウスでちゃんとしたセッティングをされたマイクで歌うかのごとく出せる声量と荒削りなコード弾きができる程度だ。
だったら嫌でも誰かがボーカルになって適当に歌えば、文化祭のライブはバカにされてももっと穏やかで楽なかたちでやりすごせるはずなのに。
意味がわからない。
俺の中ではそう曖昧な答えばかりがリフレインする。
そうなると俺の体に無意味な力が入り、コードもおかしな音がする。
しかし意味のわからなさにまた激情が溢れ、怒りに満ち溢れようとしている俺にはその狂った音を聞き取れずに、はたから見ればボーっとしている。
「陽ちゃん、コードが変にチョーキングされてておかしいよ?」
すぐに音を聴き取ってくれたケンに注意されてハッと気が付く。
「悪い、続けようぜ」
俺はそう謝ってからもう一度楽曲に集中してコード弾きにとりかかる。
それにしてもこの大反響を湧き上がらせる予定の文化祭で出すカバー曲が、全然俺好みの音楽じゃないしなにより全然熱い魂を高ぶらせるには力が足りないものであり、俺はなぜこの曲が選ばれたのか不思議でならないのだ。
もちろん俺だってこの楽曲とバンドは有名だから知ってはいる。
けれどなんで文化祭に選ばれたんだよ、まさか『The Beatles』だなんて。
ケンはこのバンドの大ファンで大好きだから、心底嬉しそうに弾いてるぜ。
俺は楽曲が決まったときに抗議したけど、ほとんど俺の意見は通らなかった。
俺はほとんど部活動に顔を出していなかったから知らないが、文化祭で演奏する楽曲は最初『The Beatles』と上がっていたらしく、その他の先輩や同級生たちもこぞって自分たちのやりたい楽曲を上げては没上げては没とされていたらしい。
俺の楽曲もケンが代わりに上げてくれていたが、多数決で没にされた。
せめて俺の一番好きな『Sum41』とか、その他にも『Green Day』とか『Foo Fighters』とか色々とカバー曲候補に挙げてくれたらしいが、全部が全部"どうせ陽太が目立ちたがって歌いたいだけだろ"と全員から一蹴されてしまったとも前に訊かされたっけな。
クソッ! なんだよソレ、腹正しいっ!
実に滑稽で、つまらない。
そう一度考えると、塾とか予備校とかでくだらない勉強をしに帰って誰もいない音楽室の中で2人きりで文化祭で演奏する楽曲を合わせているのが、急にバカらしくてたまらなかった。
ご愛読まことにありがとうございます!




