3曲目
稔と話をしてすこぶる気分の良い瞬間を一瞬にして台無しにされた。
いきなり耳を劈くほどの爆音で現れては、絶え間なく吹かされるエンジンが喧しくなんだと思っていると車の運転席側にある窓が開き、その運転席に田所先輩の姿があった。
「いやー悪い悪い、陽太。待たせちまったな」
俺はスマホを落としそうになるほど、正直度肝を抜かされた。
「えっ……あの、これ田所先輩の車っすか?」
俺は戸惑いながらも口に出し人差し指で差す方向を見て疑う。
しかし田所先輩が運転席に座ってハンドルを握りギアも手に添えているんだからそうだろうし、いかにも田所先輩が好きそうなタイプの高そうなスポーツカーだ。
たぶん、いや確実にそうであろうが、疑問をぶつけないと気が済まない。
「まぁな。ここ都会だし色々と足を使わないとめんどうだし、こういった車がないとなにかと不便だしさ。最近【THE:ONHAND】でのライブ活動も頻繁に増えてギャラで儲けてるんで、思い切って買っちまったんよ」
「へぇ~! すっげえ良いセンスっすね。カッコいいっすよマジで!」
『あの、熱川君? あれ? もしも~し、聞こえてますか~?』
俺が浮かれていると電話越しから困ったような声が聞こえてきた。
田所先輩の車自慢によるウキウキ声すらも掻き消すほどの効力だ。
あ、そうだ。
稔と電話で話をしている途中だったっけ。
向こうも色々と予定とかあるだろうし、長電話も迷惑だろうしな。
「稔、本当に悪い。またあとでかけなおすから、一回切るわ」
『え? あの……え、ちょっ』
俺は言葉を聞く前に電話を切ると、無造作にジーンズのケツポケットに戻す。
稔には悪いが、この車見た目も馬力も超イカしててカッコいいんだもんな。
めちゃくちゃ金が掛かって色々と苦労しそうだけど、めっちゃ欲しい。
いつか俺も本当の音楽ができるプレイヤーになって全世界に俺の音楽を聴かせて、悪い話リピーターやスポンサーからギャラを貰いに貰ってこんな車を買って、稔を助手席に乗せてどこか遠出でドライブデートに行きたいもんだ。
「田所先輩、すっげー走る時に邪魔そうな羽が後ろに付いているんですね。しかもドアの側面にステッカーみたいなものを張り付けてたり、ものすっげー燃費の悪そうなカッコいい車じゃないっすか! うわー、俺こういうの好きなんだよな!」
「あはは、そうだろそうだろ? お前の褒め方もの凄く変だけどそうだろぉ~っ? ……いや、あのさ、この車が凄くイカしてるのはわかったからあんまりベタベタと触るなよな。指紋が付くし、この前洗車したばっかりなんだよ。それよりいつまでも俺の車を見てないで早く乗れって」
「ええっ!? いいんすか? おお、ラッキー!」
自分好みのスポーツカーに乗り込めることに浮かれて車の中に乗り込もうとして、車内に乗り込もうとする俺と運転席にいる田所先輩以外にも人影があるのに気が付いた。
後部座席に、色っぽく誘う様な服を着ている女の人が三人も乗っている。
田所先輩の隣にある助手席に一人、後部座席に二人乗っている状態だ。
またもや喜々した感情が一気に奈落に落された気分を味あわさせてもらう。
「はっ……誰っ?」
瞬時に険しい表情に早変わりし訝しみながら尋ねると、後部座席で座っている三人の女の人はまるで小さい子供に笑いかけるみたいに、淫乱で節操のないお姉さん的な笑みを浮かべた。
確かに見た目と体つきからして俺よりも年上っぽいけど、子ども扱いされているみたいでなんだか気分を害されてしまい少しも面白くはない、ぶっちゃけウザい。
それになんか夜の街並みと合わさっているせいか、妙に淫靡な笑い方だ。
なんだコレ、カンジ悪いし気持ちが悪い。
稔なら絶対こんな淫乱で下品な笑い方はしない。
「あっ? ああ、うちのバンドの熱狂的なファンなんだってさ。いやぁ~、俺も鼻が高いぜ~っ。こーんな可愛い女性のファンを作っちまうなんて、俺らのバンドは罪多きこと……おい陽太、良いから早く車に乗れって」
「はっ? いや、でもこの人達は? 音楽をやる者には関係ないでしょ」
そうだ、これでは話が違う。
俺は今日、田所先輩にバンド活動のイロハを、路上ライブと原始的な作詞作曲しかしたことがない俺にじっくり語って聞かせてくれるんじゃなかったのか?
なのになんでエロっぽい女たちが平然と車に乗り一緒じゃなきゃならないんだ?
今だにその理由がわからず軽蔑そうな視線を出してる俺に、田所先輩は意味深な笑みを口元に浮かべると、アゴをしゃくって戸惑いを隠せない俺に促す。
「おい、おいおいおいおいおぉい陽太よぉ。お前はなにか勘違いしてないか? お前は言ったよな、今日はバンドのことで相談があるって言ってたじゃねえか。だから今日はバンド歴も長く実績もある俺がバンドにとって一番大事なことを手取り足取り教えてやっからさ。……なぁ?」
後部座席でゆったり背もたれに背中を預け妖艶な臭いを放っている女たちに同意を求めると、女たちもそれに対して疑問すらまったく抱かずに笑顔でうなづいた。
はっ、なんだこれ、意思疎通できてますってか?
なんだか田所先輩と女たちの考えている意図がまったくわからない。
俺だけ蚊帳の外に置かれたみたいでおもしろくなく、興味も薄れていく。
とはいえバンド活動のイロハを教えて貰わんと、収穫無しで終わってしまう。
「いやいや、だからこの人たちは関係ないっしょ。俺は……」
「陽太、理由とか意図とかそんなんどうでもいいからさっさと乗れって。お前名前がまさに【太陽】のくせに一々どうでもいいとこでグズグズすんなよな? 良いか陽太、幸運の女神ってのは前髪しかないって言うぜ? ブツブツ念仏みたいに戸惑ってていざ幸運の女神様が通り過ぎた時に気づいて、パッと手を伸ばした時には時すでに遅し。グズグズ迷ってたらせっかく訪れたチャンスも掴み損ねるぞ?」
田所先輩は嫌に正論染みたことを言うと女たちもクスクスと笑い出す。
ああ、なんだおい、ムカつく笑い方をしやがって……。
そんな風に煽られたら、俺だってイヤとはもう言えなくなる。
それに少しムッとしてしまい、逃げ場を全てシャットアウトしてやった。
「そうっすか……じゃあ、ちょっとだけなら」
結局、俺は田所先輩のスポーツカーに乗り込んだ。
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