29曲目
28曲目で過去編終了です。
ここからまた現実モードです。
投稿遅くなり申し訳ありません。
「あ……ああ、悪い。脅かすつもりはなかったんだ。本当にすまん」
俺は結理の横暴な横やりで稔との距離を取らされた。
そのときなぜか走馬灯のように今までの記憶が蘇り、思い耽った。
落ちぶれて不貞腐れ腐敗した人生を歩んでいた自分がもう一度0から音楽を始めようとした理由に、稔の病気と男性恐怖症の真相など色んな記憶と感情が蘇り呆然としていたが、やっと我に返れた。
「う、ううん。そんなに気にしないでよ熱川君。私の驚き方も大げさだったかもしれないしちょっとくらいなら別に平気だし、だからそんなに決めた規則に厳密じゃなくても……」
「あのね、稔の優しさは私だってわかるけど、そんなのよくないよ。第一そういうのを今後も認めていくと、この年中発情の猿よりも恐ろしくて夜も眠れない恐怖を刈り立てるこいつはどんどん近づいてちょっかいかけて来るんだから」
「おい結理、なにいきなり人を野蛮人か原始人にしたて上げてるんだよ。言っとくけどな、俺にだって節度はあるし常識だって持ち合わせてんだよ。今のだってちょっとうっかりしてただけだし、ちゃんとお前たちと規則だって理解している……あー、ほんとうにゴメンな、稔。怖かったろ?」
俺はもう一度ちゃんと向き直り謝る。
これはやっぱり俺が悪いし、なにより稔の哀しむ顔を拝むのはゴメンだ。
だったらこちらがちゃんと悪いと理解して、頭を下げ、謝るのが礼儀だ。
けれど謝られている当の稔はそのことにまるで困ったように首を左右に振った。
「もう、本当に大丈夫だよ。熱川君、なんだかずっと私に謝っていることばっかりだよね……君はそういった感じじゃないし、もっと自信を持ってた方が合ってるんだから元気を出してよ。それに2から3メートルとか体に触れないようにとか言ってるけど、そんなに気にしないで。普通の距離なら男の人と話してても全然平気だし、触れるって言っても変な意味じゃないならあんまり気にはならないかな。それに、熱川君とかみんなと一緒に音楽を語ったり演奏したり遊びに行ったりするときは、私すごく楽しいんだから。ほんとにあんまり気にしなくていいんだよ」
稔が小さく微笑む。
ああ、女神様ってほんとうにいるのかもしれないな。
それは最初こそ天にいただろうが地面に舞い降りて来てくれたんだ。
女神様は姿を変えたものの、その美貌と優しさは変わらなかった。
「稔……」
女神様は誰かと俺は人に問われば、間違いなく稔と答える。
それに天にまします俺らを見守り幸せを振りまく天使の存在も信じる。
だってそうだ、そう答えるしかないじゃないか。
マジでこの子はなんて健気で素直で愛らしい生き物なんだろう。
この腐敗して澱み翳んで汚い色に染まり切った世の中で、こんなに可愛くて全てを照らす天照大神に近い生き物がいるなんて、俺は実際に目にしているのに関わらず未だに信じられない。
本当はあんなことまで仕出かして、もう二度と話もしたくないし顔も見たくないと悲痛と怪訝な視線と共に言われても仕方がないのだ。
それなのに、こんな一点の曇りも無い笑顔を俺に向けてくれるなんて。
普通なら罵詈雑言を言うぐらいのレベルでも、許してくれるんだ。
天使の羽が生えた女神は、俺の目の前に笑顔を出しているからだ。
「えっ……嘘、稔はあれかな? 全ての男性の悪行を寛大な心を持って許すとか、その中でも諸悪の根源である陽太の存在を認め全てを受け入れるっていう修行かなにかをしているのかな?」
俺が天使の稔から受けた恩恵に歓喜の感情に動かされ心も体も震わせていると、悪魔……もとい結理が真面目な顔して横やりを剛速球で入れてきやがった。
その顔は俺にはどう見ても人間の皮を被った悪魔にしか見えなかったが。
まったく、こいつはなんで稔の優しさを素直に褒めないんだ。
「おい結理、どういう意味だそれは。俺の存在を諸悪の根源みたいに言うな」
「いや今私はちゃんとそう言ったわよ。てかその通りじゃないの。ね、稔?」
「えっ……う、ううん。そ、そんなこと……ない、よ?」
結理の"ニシシ"と笑う悪魔のような笑顔の理由は、深く考えないでおこう。
稔の声も少し震えて視線を逸らしたのも気になったが、深く考えないでおこう。
いいか、俺はそういった自分に理不尽なことを考えるのはイヤなんだ。
「いや、違う! 俺が諸悪の根源だとか節操のないエロ猿だとかも違うし、変な意味で近づいたわけでもないんだ。理由はちゃんとしている、それは稔の異変だ。その目はどうしたとただ訊きたかったんだよ俺は。おいどうした、真っ赤じゃないか?」
そうだ、俺は別に稔へとうかがわしい気持ちで近寄ったわけじゃない。
俺は稔のことは大事にしたいし、変な気持ちだって……ちょっとはある。
いや待て、さっき稔に近づきすぎたのは真っ赤な目が気になったからだ。
今度は近づきすぎず体も触れぬように注意しながら、俺は稔の目を指し示す。
「えっ……あれっ? ほんとだ。稔ちゃん、目が真っ赤だよ?」
「嘘、稔。私にちゃんと見せて。ほら、目……ほんとうね。どうしたの? 公衆の面前でいきなりエロスに覚醒した陽太に襲われそうになったから怖くて泣いちゃった? わかるわー、私も陽太にそんなことされたら思いっきりグーでぶん殴って逃げ出せるわ」
「おい、誰が誰を襲ったんだよ誰が。この俺を『誰』という言葉をゲシュタルト崩壊でもさせる気か? 俺は大事な稔にそんな不純なことをするわけがないだろう。それにお前を襲うくらいなら、購買の揚げパンに恋い焦がれた方がまだマシだ。結理、そうやってテキトーなことを言うのも大概にしろよ?」
俺はいきなり結理からパーで顔部分をフルスイングされて体がぶっ飛ぶ。
そして俺の胸倉を掴んで前後に揺らされてるのを見たケンと稔が止めに入る。
数分後、俺も結理の頭にチョップを入れたりし牽制した後、動作が収まる。
まったく、コイツがバカげた発言をしたせいで余計な時間を食ったじゃねえか。
気を取り直して、再度稔の目のことの話へと入るが当の本人は呆然としてる。
「えっとね、なんの話だっけ? あ、私の目のことなんだっけ。これはただ寝不足なだけだよ。ほら、昨日ほとんど寝てなかったから……ふぁ~あっ」
そう言ってるそばから、稔は可愛らしく小さなあくびを噛み殺す。
人前で大口を開けてあくびをするなんて、女子力のカケラも無さそうなタイプとは到底遠い存在の女の子なのだが、相当眠いらしい。
「寝不足~っ!? おい、ダメじゃないか。稔は人よりもたくさん寝ないとダメなヤツだっただろ。それにお前は元々目が見えなかったり虚弱体質だったりもしたんだから、ちゃんと体はご自愛しろよ」
「そうだよ。確か稔ちゃんは1日8時間は寝るって言ったよね」
俺とケンはそう言うと稔ははにかむように笑い、バツが悪そうだ。
ちくしょう、俺もケンも注意しているのになんでこんな可愛いんだ!
俺が思うに稔みたいにのんびりとしてぽわぽわしている感じのタイプは、1日8時間なんて物足りないだろうし、人生の3分の1はきっかり寝ていないと活動もロクにできなさそうでダメな"急焦"タイプな気がする。
俺が見るのはろくでもない夢や起きて見続ける夢に今まで起きて来たできごとの夢ばっかりするが、稔みたいな子は毎晩想像力豊かでマシュマロみたいに柔らかく幸せで祝福に満たされた夢を見て寝ているに違いない。
そういうファンタジーでメルヘンな夢そのものが、稔を稔に着飾ってくれる。
よくわからないが、そんな気がするし俺自身そう願いたいんだ。
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