269曲目
陽太にとっての門出となる新曲披露!
世界よ! 俺の歌を聴けぇーーっ!
最後の最後まで、俺のやり方は変わらなかった。
学生カバンの代わりにアコギケースを抱えて、廊下を走る。
すれ違う同級生や先輩に後輩を尻目に、ただ真っすぐ走り出す。
並みならぬ気迫を感じ取る人々がすれ違った瞬間に振り向くが、そんなことを気にしてしまったら俺のやるべき道がもっと先のモノになってしまうと瞬時に思い立ち、前に出て行く足を止めることはなかった。
「おい陽太!? ちょま、どこ行くんだよ!?」
「こら陽太ッ! お前、授業はどうするつもりだ!」
廊下を走り抜け、背中越しから聞こえる同級生と先生の声。
それも1つ2つなんてもんじゃなくすれ違うたびに掛けられた。
それでも俺はただサイコーの気分から出る笑顔のまま玄関まで目指す。
今までたくさん自分の想いが空回りしたことを汲み上げるため。
これから先の人生を、サイコーのソルズロックを世界中に轟かせるため。
そして……最愛の感情を持ち続けいつの日か、必ず、迎えに行く人のため。
俺は――
「みんな。授業なんてくだらねぇモンより、サイコーの歌を聴かせてやるよ!」
関連性も無いし唐突に告げられたことに対し、学校中の人間がポカンとする。
それすらも関係なしに俺はひたすらアコギケースを抱えたまま、玄関口を出た。
俺の奇行めいた馬鹿さ加減を見たいがため、窓から身を乗り出したり窓の内側から校門の近くを見に行く生徒たちや、生徒として明らかに可笑しなことをしでかしているのを注意するために俺を追跡しようとする先生を『面白そう』という客観的で直感めいた考えを持つ生徒たちに阻まれ、仕方がなく窓から身を乗り出して俺の姿を目で捉える先生方こそが……俺の観客の一部であった。
学園の外に出て校門近くまで走り着き、すぐアコギケースを地面に置く。
中に入っていた大切なアコギを取り出し、ストラップを肩掛けし立ち上がる。
素早くチューニングを済まし緊張する気持ちを深呼吸で抑えて学園を見据える。
そこには学園の様々な教室から俺を見据えている生徒や先生方、そして……。
目の前に移り出す景色を少しずつ上へ上へと向け、しっかり見据える。
そこは屋上で、なぜかガールズトークに華を咲かせていたであろう。
榎本結理と、大一葉稔がいつもと変わらない表情で見降ろしていた。
きっと彼女たちも俺がこういう結末を迎えることを予想と確信を持ってたであろうが、俺自身もなぜか、彼女たちがああやって学園の屋上から俺の姿を見ていることを予想できていたような気がした。
ま、難しいことは抜きにして今現状の景色を見れたことに感謝しよう。
晴天の青空を下で決意を形にしたギターを抱えて、大勢の前で歌を歌う。
世界中に革命の如く爆誕させる『ソルズロック』の門出には良いきっかけだ。
俺が俺であり続けるために必要な楽器に向けて、右手を弦に対し振り下ろす。
コードの中でも一番大好きな『E』をドカンと掻き鳴らし、乾いた音が広がる。
倍音が空気の中に溶け込んで広がること数十秒経ってから、息を吸い吐き出す。
己の身体一つと、弾き慣れたアコースティックギター。
押し寄せる風を背中で感じながら、サイコーの笑顔を出す。
さあ――俺らしい舞台が整ったんだ。ぶつけてやるぜ!
「宇宙よ! 銀河よ! 太陽の音を聴けっ! 爆撃機よりも破壊力のある爆音で、心音にお届けするぜ――TRY ALIVE!」
変哲も無く、どこにでもありそうな楽曲名を口にした。
新たに出来た俺の曲であり、現在休止中ロックバンドの曲でもある。
世界中に存在する人々の悲しい想いを汲み上げるための、太陽の曲を。
I Can You Can We Canて、"馬鹿"と指を差されたって。
燻んだ目で気付けよ――俺たちは『自由』さ。
灰色の空の下、寒い風に晒されたって、太陽を見上げろよ。
そして強くガッツポーズ、TRY ALIVE。
カポタストを3フレットの位置で挟み、Keyを"E"。
5度進行で上げたり下げたりするありきたりなコード進行から始まった。
けれども、例え才能が無い陽太でも一心不乱に笑い、音にのめり込む。
バカとかアホとか言われても決してその表情を崩さず、歌と音を届ける。
学園に居る生徒や先生に、屋上で視て聴く稔たちに、晴天に広がる空に。
吹きすさぶ風、飛び立つ鳥たち。
羽を広げてどこに旅立つのだろう?
帰る居場所の、寄り道だらけ、それこそが愉快なんだ。
書いた歌詞もコード進行もこれといって才出るようなモノは無いだろう。
太陽の空の下、俺もお前もみんなも出来るんだ、ガッツポーズで笑え。
そう言ったポジティブシンキング満載でゴキゲンなロックナンバーの独創曲。
この曲を耳の肥えた人や音楽業界のプロが聴いたら鼻で笑われるかもしれない。
ましてや路上ライブでドカンと一発キメても、誰も見向きもされないだろう。
歌詞の中に出てくる言葉を聞けば聞くほど、好みが別れると感じる。
ロックに飢えている人間は共感するだろうが、そうじゃない人には……。
『偽善者がっ! 現実から目を背けているバカ野郎』
多分、いや、確実にそう言われるのがオチに違いない。
でも、それでも良いんじゃないかって今では思える。
俺の心の中が爆音に轟かされ、鼓動が早くなり、気分も高揚されている。
『人』の心を動かすにはまず自分自身が楽しまなきゃ、きっと変わらないんだ。
人生に置いて大事な人に、人生に置いて大切な友人に、来るべき未来のために。
世界中のどこかで膝を抱え身を震わせ、泣いてるあなたに向けて作詞作曲した。
虚無の中から拾い集め、繋ぎ合わせ、有るべき形にしたオリジナルだから。
強大な暴風に晒され、今にも落ちそうな弱気に駆らされ。
余裕がない顔を見せてしまっても、バカの楽観さを思い出せ。
ロックバカな俺が、世界中に太陽の光を浴びせる方法はこれしか無い。
金も地位も名誉も才能も無い俺には、これから先の人生、ロックしか無い。
それも俺の、俺たち『Sol:Down:Rockers』のソルズロックしか道は無いんだ。
Don't Mind Be Happyたって、人に鼻で笑われたって。
澱んだ心で気付けよ――君らは『自由』さ。
鉛色の世界中、敵ばかりでも構わない。
隣に1人でも傍にいてくれる人、それだけで、強く生きれるさ。
腐り切った人生をもう一度取り戻そうと突き進んで、ここまで来れた。
道端の小石程度にしか認識されなかった俺の歌とギターを、認可されている。
ああ、そうだ……俺には音楽とロック以外、なにも無かった。
才能も、夢も希望も、友達も片手で足りるくらいしかいなかった。
けれどこのゴキゲンでバッチグーな真夏の季節で、俺も周りも変われた。
弱気になって落ち込んで、今にも倒れそうになった時でも頑張り続けれた。
"シンガーソングライター"として1人で活動してた時には感じれなかった確信。
目にも見えて感覚でも分かるのに『それが当たり前』だと決めつけていたのだ。
ソレに対しての感謝も情も、分かっていたフリに成り下がっていたのだろう。
だけど、もう心配することも気に病むことも無くなった。
今の俺にはソレの有難みと、これから先の人生の支えと理解しているから。
脳裏に浮かんでくるのがオリジナルの歌詞と共に出るのが、みんなの顔だった。
愛らしいあの子も、憎たらしいアイツらも、バカが出来るみんなの笑顔だった。
だから、スタート地点に来れたのは他でもない――
(ありがとう。ありがとうよぉ……みんなっ!)
ロックと青春を謳歌し合えた――友達への感謝の気持ちだった。
もっと叫べ、もっと騒げ、もっと楽しめと心の中で願い歌う。
その鼓動に共鳴するかのように、学園内にいる人々が掛け声を上げていく。
注意をする先生たちすらも飲み込むような生徒たちの熱気と活気で満ち溢れる。
せっかくこの世界に新しい革命を起こせる楽曲が出来たんだ。
それを今この場で演らずにいつどこで演るってんだ?
過去でも未来でも無い――今、この瞬間だからこそ演るべきなんだ。
「おいこらっ! 陽太。貴様、今すぐ歌うのを止めなさい!」
「なに言ってんだ! 陽太ーっ! ハチャメチャにやっちまえー!」
しばらく学園に戻ることのない俺の奇行めいた路上ライブを罵詈雑言とも言える先生方の注意がする中、まるでそれこそが燃料であるかのように生徒たちは面白がるのと、どこか期待と快感を感じるような言葉たちで埋め尽くされていった。
なるほど、火に油を注ぐと言うのはまさにこのことなんだな。
その言葉を聞き入れた俺はエンジンがさらにかかり、フレーズを歌う。
大好きなロックを形にし、諦めない決意と大切な目標の想いを乗せて。
未来をしっかり向き合い、弦を弾き、音と歌を奏でる。
今この瞬間に巻き起こっている光景は、"あの時"と全く同じだった。
アニメやゲームにラノベなどの展開と思えた"あの瞬間"と変わらない。
永遠に凍り付いた時間の中で、自分の病気と向き合い続けていた彼女。
その冷めきって諦めた心に火を灯すように伝える弾き語りを出し切った。
終わったと同時に万代な拍手と歓声、底知れぬ注意と怒声が混じり合う。
ハチャメチャな展開になってる学園内を、俺は身支度しながら眺める。
喜怒哀楽の変わりようが激しい人々の中で、ほとんどが笑顔になってた。
ただそれだけ。だけどそんな当たり前なことを引き出せたことが嬉しい。
音楽で今にも崩れ落ちそうな人に手を差し伸べられるってだけで良かった。
本当に……。
「こら! ま、待て陽太っ! 止まれ、おい止まれごらぁー!」
体育の先生が生徒のバリケードを押し退け、とうとう学園の外に出て来た。
それでも俺のクソッタレなオリジナルに感化された生徒たちが止めに入る。
「気にすんな! お前のしたいこと演って来い、陽太!」
「なにするのか大体想像つくけど、ま、一生懸命に頑張れよな!」
「そうだそうだ。それこそ、世界を照らす本物の太陽のようによぉ!」
目の前から飛び交う生徒たちの熱き声援と希望を紡ぐ言葉、言葉、言葉。
俺はそれぞれに親指を立てて笑い、屋上の方を少し見上げ、嬉しく笑い飛ばす。
大事な人と何だかんだ気に掛けてくれた悪友に顔を見せて、踵を返した。
さよなら、なんて陽太は言わない。
いや、太陽のような彼は決して言うはずがない。
彼が言葉を返してくれる皆に言う言葉はそう――
「――またなっ!」
そう高らかに腹から大声で告げてから、俺は全速力で走り出した。
見上げた空の向こうには、燦々と熱い光で照り付ける太陽がいた。
ご愛読まことにありがとうございます!




