268曲目
翌日、俺は予定通り、職員室に出向いて退学届を提出した。
修道服に身を包んで厳つい面持ちで椅子に座ってる牧野先生は、学園でも問題児としてハチャメチャしてた俺から受け取った退学届けを静かに見つめ、更なる難しい顔を出しては深いため息をついた。
他の教員も横目で眺めてる中、俺は引かずに一歩前に出る。
「そういうわけなんで、すいません。俺、この学校から去ります」
素直にロックな頭を深々と下げると、また1つため息が聞こえた。
俺が手に負えない問題児だったから引き留められはしないだろうし、何より自分の人生に置ける目標だからと言って人に迷惑極まりない行為を散々して来たんだから、先生方も俺がこの学園から消えるのは朗報に近い出来事なんだろう。
だから、下げたくない頭を上げてここからすぐ出ればそれで終わりだ。
先生の言葉も聞かずに職員室から去ろうとした。
その時、後方から確かな言葉を背中で受け止めた。
「やれやれ……本当に、あなたはという子は。母の優しさを無下にするマザー〇ァッカーでクソッタレで。猪突猛進ながらもノーフューチャーな生徒でしたね」
「はい。本当にすみませ……はいっ?」
その瞬間、俺の中で疑問が巡りまわる。
周りで作業をしてる先生方も唖然としている。
いやいや、今のは一体どういうことだ?
とても牧野先生とは思えないようなクソッタレな言葉使い。
聖女のような人間を目指している先生の言葉とは、到底思えない。
俺がギョッとして先生を見ると、手には聖書を持ってはとあるページを開いてはうなだれるように首を振って悩んでいる先生は、眉間にいっぱいのシワを寄せたり口をへの字にして、神経か即効性の毒でも喰らったような顔をしていた。
どうやら自分の口から出た言葉に嫌悪感を抱いているらしい。
「え~っと。先生、今クソッタレとか〇ァッカーとか言いました?」
俺が今しがた聞いた言葉をオウム返しすると彼女はうなづく。
それも自分の言った言葉を信じがたく、力無くうな垂れて、だ。
「ええ。そもそもこれがあなた方みたいなロッカーの使う日常的な言葉なのでしょう? やれやれ……私にはやはり理解できませんし、信じがたいことです。なぜこんなおぞましい言葉をわざわざ好き好んで使うのでしょうか? 全く以てけがわらしいですね」
だが、そのおぞましいとかけがわらしいという言葉たちを、先生はおそらく、聖人のような優しさを大事にする人生にてたった今生涯ではじめて口にした。
本当に信じがたいことだし、何より俺自身の耳を疑った。
そんな言葉を言うだなんて、いったいどういう心境の変化だろう。
鳩が豆鉄砲を食ったような表情で見てると、またため息をつかれた。
あれっ? なんだ、俺がおかしいのか?
俺自身が全く似てるパラレルワールドに招かれちまったのか……。
「これでも私は一教師です。だからこそ……例え汚い言葉だからと言って食べず嫌いはいけないと思ったのですが、やはり気の迷いだったようですね。理解に苦しむだけですもの」
十中八九としてあり得ない話だが、仮定が思い浮かぶ。
それはもしかして、牧野先生は、問題児でいつも頭を悩ませ続けてしまった俺のことを少しでも理解しようとしてくれたんだろうか? ……と。
いや、ここまではっきりだともしかしなくてもそうなんだろう。
「神の御心のままにをモットーに教育に励んでいる私にはとても理解し難いことです。しかし……話によると小さい頃から”音楽”や”ロック”というモノに打ち込んで実行してきたあなたは、そういう観点が大切となる世界へ進むと決めたのですね?」
牧野先生は目を逸らすことなく、一身に俺の目を見据える。
もう……退くわけにもしり込んでしまうわけにもいかないんだ。
「……はい、もう心に決めたんです。そしてこれから先の人生、絶対に気持ちは揺るがないですし変わりもしません」
俺の決意を再確認し、牧野先生はもう一度大きなため息をついた。
「きっとそれは世間からはみ出されたろくでもなくて理解し難い世界だと思いますが、熱川君。学園人生の中でもずっとアコースティックギターを持って来ては作詞作曲したり、弾き語りをしたりと。音楽に夢中で素直な心を持つあなたにとっては素晴らしい世界で、目標となる夢なのですね?」
「はい、そうです。それこそが俺の望む……命が尽きるまである人生で叶えたい夢であり、太陽なんです。牧野先生にも今はそのことを毛嫌いして理解しなくても、いつかきっとわかってもらえると信じてます」
俺が拳を握って力説すると、先生は首を振る。
どうやら俺の熱意は先生にとっては空回りしてるようだ。
だけど……。
「残念ですが、私はそういったことには無頓着ですしこれから先も理解したくありません。ですが、人はそれぞれ考えがありますし人生も違います。あなたがそれを決めたということなら、私にはもうなにも掛けるべき言葉はありませんね」
牧野先生は、諦めたように俺から目を背けては俯いてしまう。
机に置かれた退学届けを受け取って、机の引き出しにしまう。
もう一度顔を上げてはこちらを向き、威厳ある顔つきを向ける。
「熱川陽太。この退学届けは保留にします」
思いがけない言葉が聞こえ、一瞬にして俺は驚きの顔を出す。
だけど俺がその事に対して反感を買おうとした。その時だった。
少しだけ厳つそうな目つきがほころび、優し気な雰囲気を感知する。
「問題児が旅に出たい……仕方のないことです。とにかく、体に気を付けて無理せず頑張りなさい。あなたのようなろくでもなくてクソッタレで手を焼かされ続けた生徒でも、鐘撞学園の生徒であるんですから。学業を"諸事情"で休む間、自分の目標に突き進みなさい。私としては、ちゃんと学園から卒業してもらいますから」
今の話を聞いてまとめてみるとこうなる。
自分勝手に決めた退学は認めないから保留、俺の目指している世界と目標は『神の御心のままに』を志している自分には理解し難いけどそういう生き方も素晴らしい、俺自身の夢に一生懸命つき進んでいいからちゃんと学園に戻って来い……ってことになるわけだ。
俺が脳裏で考えを整理してると、先生は俺の顔を見上げる。
「主はちゃんと見守ってくださいますからね。……ファッキン」
自らおぞましい恐怖に襲われ、愚かすぎるとも考えているだろうそのパンクロック用語を、牧野先生は俺の顔から目を背けたと同時に身体を震わせながらもまた口にした。
彼女にとっては、主の考えから背く行為で忌み嫌うその言葉を。
俺にとっては、なによりの激励となり決意を固めるその言葉を。
夢を叶えろ、それが駄目でもあなたには仲間も帰るべき場所がある。
大好きな稔も、今の牧野先生の背中からも言われているような気がした。
それに鐘撞学園の2年生として最後の最後になって、生活指導などで何度も何度も怒られては内心忌み嫌われてたであろうこの先生のことを決してキライになれなかった理由も、わかった気がした。
なんだかんだ言って、俺ってやっぱり人を見る目があるよな。
本気かよ俺、超パネェーじゃんってか?
「牧野先生! どうも、ありがとうございました! 夢を叶えて来ます!」
そう言いながらしっかりと頭を下げてから力強く顔を上げる。
そして俺は背中に背負っているアコギのケースを背負い直し、すぐさま地面を蹴り駆け出しては職員室から飛び出していく。
こうして、俺の青春のあり余る学園生活は一時的に、みんなよりも少しだけ早く終わりを告げて新しい門出が動き出した。
ご愛読まことにありがとうございます!




