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LIFE A LIVE  作者: D・A・M
Third:Track To Chain To Feather To Sun To Chasers
268/271

267曲目

 今まさに目の前で大人の階段を上りそうな展開に入ってる。

 まるで意識がゆめうつつのままでいるかのように、写っていた。


「熱川君、これで学園を辞めるのやめたくなった?」


 魅惑ながらもどこかぎこちなさそうな声色でハッと我に返る。

 同時に目に飛び込んでくる光景がすべて現実のものだとハッキリする。


 思い切った行動に勇気を振り絞って稔は恥ずかしそうに言う。

 辞めるのやめたくなったとか、やけに頓智の聞いた言い方だな。

 そんなバカげたことすらも考えれないほど、頭がテンパっていた。


「そ、そんなわけないだろ。俺の決意は揺るがれると思うのか!?」

「じゃあね、こうしたらどう? 私たちが付き合って、恋人同士になるの」


 恋人同士になる、と、魅惑的な旋律を聴かされて一瞬にして崩壊しかねた。

 稔の言葉はなんていう強大な破壊力と、追撃性が募るのだろうか……。


「はっ? 稔、お前いきなりなにを言ってるんだ?」

「だって、今まで何回も私に告白してさ、本心からずっと恋人みたいなことをしたいって言ってたじゃない? なるよ、私。熱川君の彼女に……そうしたら熱川君も、もう、私を置いてどこにも行かなくなるんじゃない?」


 意識が絶たれ気を失いそうになる、それほどの強い鼓動。

 心臓がバクバク鳴り響いてアンプから流れてる音みたいだ。

 恋人になろう、そう言えればどんなに気が楽なことか。

 一緒にいよう、そう口に出来たらどんだけ幸せなことか。

 でも……。


「そういうわけにはいかないんだ。すまん稔、俺はもう……」


 口ごもってから数分経つが、その先の答えが出ない。

 自分の言葉なのに、自分の口なのに、上手く出せない。

 喉元につっかかり外へと出たくないと無意識に選んでる気がする。

 ……もどかしい。そう自分に嫌気を差していた時だった。


「そっか。うん、わかったよ」


 先ほどとは打って変わって、稔が少し笑う。

 曇天から覗き込んだ太陽の光が差し込んだ、そんな感じだ。

 少しつらそうにはにかんで、俺の顔を見下ろす。


「さっきのセッションで全部わかっちゃったよ。熱川君の気持ちも、これから先どうして行きたいかってことも……やっぱり熱川君は、音楽に、ロックに生きる人なんだね。太陽みたいなロックを世界中に届けたいからこそ、ここまでかたなに貫き通してくってのもさ。わたしの大好きな熱川君なんだもん。だからお願い――今は、今だけはなにも考えないでよ。わたしはあの時からずっと熱川君が好き、熱川君もわたしの事が好き。それがわかっただけでも良かったよ……例え離れ離れになっても、心を通じて愛し合えるなら、それでいいよ」


 俺は稔の上に身体を預けると、上から手を伸ばして俺の首を抱く。

 彼女特有の甘い体臭が、しっとりと俺の胸も心も満たしてくれる。


 本当に不思議だ。

 未だにわからないが、稔にこうして体を寄せ合い抱かれていると、どうしてこんなに落ち着いてしまうんだろう。

 渇き切って消失しそうな心が、こんなに満たされた気持ちになってしまうんだろう。


「えへへ~、すごく落ち着くなぁ。今までずっと2から3メートルも離れていたのがウソみたいだよね?」


 いつも通りの笑みと柔らかな口調で稔は俺に問う。

 僅かにだが、俺も小さく頷いて目を細めてしまう。


 稔も俺と同じ気持ちで時間と空間を共有してくれる。

 俺にはわかる。

 ずっとモヤがかかり欠けていた半身と、とうとう出会えた気持ち。


 でも、だから、俺は焦り出し優柔不断に堕ちそうになる。

 小さい頃の稔にしてしまった犯行に人生の罪としてふさぎ込んでいた気持ちと、今日という日までずっと持ち続けていた願いを叶えてまで振りほどくことに罰かもしれないと思っていたのに、ふとここで満足してしまいそうになる自分の意思の弱さに。


 今この瞬間にある幸せを掴んで満たされてしまったら、これから先の未来に出てくる欲求に対してもうなにも求められないじゃないか。例えロッカーとして音楽の追及者として成功しても、もっといつも飢えていたい。

 だからその真実から手をほどく。満たされたくない。




 ――俺には、まだやるべきことがあるから。




「熱川君……キス……」


 稔が俺の顔へと髄っと近づき、瞳を閉じて唇を寄せる。

 魔力でもあるかのように、意識とは裏腹に吸い寄せられる。

 そして……。


「稔……」


 瑠璃色と黒色の入り混じった空間の中。

 身を寄せ合う俺たちは、優しく抱き合ってキスをした。

 稔の柔らかくて甘い香りを漂わせる匂いの世界で、俺という存在が形を無くし溶けてしまうような、そんな気がした。


 お互いに唐突のセッションを快く披露しては、曲を歌いギターを弾いて汗まみれだと言うのに、べっとりと引っ付くTシャツもこうして稔とくっついていてもまったく不快じゃない。

 体が温まったせいか、稔の匂いが強く漂っていた。

 一呼吸するたびに心が安らぎを手にし、快感も共有する。


「もぅ……なにクンクンしてるの? ちょっと、匂いかがないでよ~」


 稔が俺の行動を察してか首をブンブン振って軽口を叩く。

 そんな仕草を超至近距離で見るのもまた乙だな、と俺は思う。


「無理。稔の匂いがいいから悪いんだぜ?」

「え~? やだもー」


 拗ねたのか、トロンとした顔つきの稔が俺に背を向ける。

 昔からそうだが、ヘソを曲げて拗ねても稔はすごくかわいい。

 背中を向かれても、俺の胸は太陽の光みたいにあったかい。


「稔のそばにいると、なんだか心が落ち着いちまうな」


 脳裏で考えてたことを口にすると稔がこちらを振り向く。

 その一つ一つの動作が可憐で、清楚で、目を奪われてしまう。


「そう? ……なら思う存分さ。落ち着いていいよ。少し落ち着きなよ」


 そう言って、稔は少しあくびをする。

 明るく振る舞っているが相当疲れているようだ。

 まあ、あんだけ楽しそうに歌ってたら疲れもするわな。


「眠かったら、少し寝たらどうだ?」

「えへへ、たしかに眠いよ~。でもね……わたしが寝ちゃったら、熱川君はこのままどこかへ行っちゃうでしょ?」


 稔が確信めいた言葉を吐いた瞬間、ギクリと鼓動が高鳴る。

 そうかもしれない、でも今は、今だけは……。


「んっ? いや、そんなわけないだろ」


 平静を取り繕いながら稔の目を見て言葉にした。

 稔とこうして寄り添っている時間だけは、酔いしれたい。


「本当かな」


 疑いながらも、稔は目を閉じる。

 俺が考えていたよりよっぽど眠かったんだろう。


「うん。わたしも寝るから、それじゃあ、熱川君も一緒に……ねっ?」

「えっ……俺もか?」

「うん。1人じゃなくて、2人で寝るなら幸せだもん」


 ずっと好きな子から『幸せ』と言われる。

 これほど祝福される言葉はないんじゃないか?

 一瞬だけ口ごもってしまうが、天井を向いて考え込む。


「そうか……うん。それもそうだな」


 俺は、抱き付いてる稔の隣でスッと目を閉じる。

 彼女に気づかれないように、ソッと目を閉じたふりをする。

 女子軽音部の暗い雰囲気にさらに暗闇がかかり、黒色に染まる。


 ………………………。

 …………………。

 …………。


 しばらく黙っていると、すぐに隣から可愛い寝息が聞こえてきた。

 腕から柔らかい胸の奥で動く心音が心地いいリズムを刻んでいる。

 彼女がぐっすり眠っているのを察知し、そして、俺は目を開ける。


「稔、ゴメン……本当にゴメンな」


 稔の寝顔を見て、耳元に近づき、そっと囁きかける。

 安息とした時間はもう終わりを告げて、また動かなきゃならない。

 やっぱり俺は、音楽とロックに魅入られた俺なんかがこんな居心地のいいところにはいつまでもいられないし、熱い鼓動が動き続けるんだから居ても立っても居られない。


 熱川陽太は世界一『貪欲』で『強欲』な人間なのかもしれない。

 だってそうだろ? こんなの普通なら考えもしないことだ。

 あの時の路上ライブで運命的な出会いをしたきっかけから始まって、今の今まで心の奥淵で願っていた願いをせっかく欲しくて欲しくてたまらないものを、やっとこの手で幸せを捕まえて祝福をされたっていうのに、なのに俺は決意しちまった自分の意思でそれを手放そうとしている。

 全く以て俺という人間は――愚かの極みだ。


「稔のそばにいると、目標と夢をぜんぶ捨てれるほどに俺はもう満足してしまいそうなんだ。いつまでもずっと、ずっと、稔のそばに居たいという欲求に縛られる人生を送らなきゃならない。それじゃダメなんだ……これから俺はもっともっと、音楽にのめり込まなくちゃならない。だから、ここで満足するわけにも認める訳にもいかないんだ」

「すー……すー……う、うぅん……」


 俺の覚悟し切った言葉を、稔は静かな寝息で答える。

 その澄み切って吸い込まれそうな寝顔を見ていると、せっかく楔を打ち付けた決意が揺らぎそうになったり、いつまでもここを去りがたいことだ。

 俺は、目を閉じて思い切って寝床となった床から抜け出す。


 俺が愛した稔は優しくて、可愛くて、本当に太陽みたいな子だ。

 だからこそ、こうして一緒にいる空間が温かくて満足してたのだろう。

 太陽みたいなロッカーになりたい俺と、太陽みたいな雰囲気を持つ稔。

 きっとそれが、このままじゃダメと思える"優しさの理由"かもしれない。


 さぁ――とうとう俺の出した答えを出す時が訪れた。

 必死に涙が零れ落ちそうになる想いを受け止め、彼女の寝顔を見据えて……。


()()()、稔。俺は俺の……ソルズロックを極めて来る」


 そして俺は、大好きな稔の元を去った。



 大切な時間となる男女の交わりが終わりを告げた。

 暗い部室と静かな空間の中でコツコツと足音だけが木霊する。

 陽太が部室から出て行ってすぐ、稔は目を開けてその方向を見る。


「もぅ……わたしはずっと起きてたよーだ」


 陽太の出て行って開け放たれたドアに向かって、小さく舌を出す。

 稔はずっと寝たふりをして、陽太の出した決意を全部聞いていたのだ。


「熱川君はいつもおしいとこでヘタるんだから……待ってるってのも、よくないのかなぁ? それにカッコつけて言ったつもりかもしれないけど、彼女としてはさっきの言葉。ぜんぜんカッコよくなんてないんだから。ほんと、バカみたい……」


 バカ……と最後に小さく呟いたと同時に、静かな空間に溶けていった。

 瑠璃色の世界と光り輝く星と月で彩ったスポットライトが稔を照らした。

 その時に浮かべていた表情は、明るさと切なさが浮かんだ様に見えた。




ご愛読まことにありがとうございます!

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