264曲目
貴方の中で、響き渡る色。
それはどんな音で、どんな色なのか?
確かめるために……長き旅路へと進む。
星々がひきめく夜空をバックに窓側に背を預ける稔。
俺は女子軽音部の中にある椅子に腰かけ慣れた手つきでギターを弾く。
バンドの初オリジナル曲として、世界中の人々と、稔を想って手掛けた曲だ。
この曲を弾くのは実に1ヶ月ぶりだった。
大事な相棒となるケンの続行不可能、そして来年で3年生となり将来を決めるためにそれぞれの道へ歩み出したアッキーとソウとの顔合わせも少なくなると悟り、夏休み最終日に行われたコンテストが終わって以来まったく弾かなかった。
だが、指が、体がちゃんと俺たちの曲を覚えている。
俺の色と熱が表現できるとかそんなのは当たり前だ。
優勝と仲間との絆のために、死ぬほど練習した曲なんだからな。
それよりも曲を演奏している最中で驚かされたのは稔の実力だ。
1度コンテストのステージ袖で【Hard Air Drive】を聴いただけのはずなのに、今こうして少し近くで聴いただけで、俺の歌に合わせてハモリを入れたり手拍子で裏拍を取ったりしているのだ。
綺麗にハモった稔が、気持ちよさそうに俺の方へと微笑む。
俺もその笑みにつられて、弾いて歌いながら笑ってしまった。
ギターの音が祝福を告げる鐘の音に思える。
稔の歌声が天使か女神の言葉にすら思える。
今、この瞬間もかけがえのないモノに変わりつつある。
そういや、こんな風に稔と一緒に歌うのは何度もあったっけ。
目元を包帯で隠し世界を拒絶している時も病院のベットの上で体だけ起こしている中で俺が弾き語りをしているときに口ずさんだり、路上ライブで健二や結理もいる中で2から3メートル離れたとこで【DREAM SKY】を歌ったり、合宿中にみんなで面白楽しくセッションしてる中で外陣に座ってテレキャスターで弾いてる俺の隣に来ては踊りながら歌ったりと、今思えばたくさんあったな。そんな中でしっかりと音楽とロックを学んで歌うのは地獄のバンド強化合宿のとき以来になる。
そして、稔と2人きりでいるなんてのは2度目だった。
夏休み最終日に迎えた大舞台、あのコンテストのときとまったく同じ心境だ。
こうして無我の境地に立ってはただただ音楽を楽しみロックを出し切って演り合っていると、まるで自分が悟り妖怪にでもなったかのように、相手の気持ちが手に取るみたいにわかってくるような気がする。
俺はギターでカッティングを弾きながら稔の方を見る。
稔は星々の夜空を背にしながら瞳を閉じて歌を紡いでいる。
きっと彼女が閉じた瞳には万物の音色が視えているのだろう。
俺の視線に気づいたのか彼女は1度目を開けて俺の方へと向くとにこやかに笑い、演奏に集中している俺ももう1度だけ気さくな笑みをこぼし、バンドマン特有の目配せが成立してしまった。
稔はまた瞳を閉じて歌い手を叩き、俺はギターを弾き歌を歌う。
太陽同士の俺たちは、ド素人から集まり結成できた中で手掛け上げた曲を初めてとは思えないほどに、それぞれが違うバンドに所属しているのに息と波長がピッタリ合っていた。バカだとかうぬぼれかもしれないが、俺たちはもはや相思相愛なのではと信じてしまいたくなるほどに。
うん、やはり稔の歌はいい、欠点が無くサイコーの出来だ。
シンガーソングライターとしてソロ活動からずっと音楽に身を興じていた俺は、目が見えるようになり生きたいように生きれる稔が薄汚れて世間から逸脱した感じを彷彿とさせるロック……それもパンク・ロックバンドをやるのなんて散々反対していたが、大一葉稔と稔が唄う歌は狂うほどに愛している。
ああ、今1度だけ天に願いが届くのならあのときの時間までタイムスリップして、こうして稔とギターを弾いたり一緒に歌ったり、もっとたくさんしたいから時間よ巻き戻れだなんて都合がよすぎるよな……。
そんなの分かってるよ、俺にはそういった能力も無ければ異世界に転生できる素質も無いし、時間を操るだなんて神様に匹敵するようなチートだって持ってないんだから、今ごろ願ったってもう遅いんだってことはな。
もうこんな風に歌い合うこともこれから先には無いだろうな。
大切なモノは、気づいたときには失っている。
今まで気づかない身近なモノこそ、失ったときに大事さを覚える。
こうして失ってしまうからこそ、それは尊くて儚いのかもしれない。
だが、先のことなんて未来予知できるわけないんだし、悩むように考えて嘆き哀しむだなんてバカげたことをするのは絶対にやめよう。今この大切な瞬間は、たしかに稔はここにいてくれて、俺の奏でるギターの中に染み渡って一緒に歌っているのだから。
未来であーだこーだ、過去があーだこーだ言っても変わりはしない。
大事なのは今、このとき、時間が1秒立つその瞬間こそ大切なんだ。
今メチャクチャ楽しいんだから、今はそれでいいじゃないか。
なんの問題があるんだ? 明日のことなんて知ったことかよ。
病気と闘い続けている英雄のケンだってそんな風に言っていたぞ。
俺の弾くギターとがなるように熱い歌と稔の裏拍で叩く手拍子と天使のような歌声が夜に絡み合い、その太陽の光を象徴とさせる熱い旋律が、キラキラとギラギラの螺旋を混じり合いながらも描き続けて、女子軽音部の部屋中に満ち溢れていくようだった。
音が、歌が、俺たち2人を祝福して、優しく包み込んでくれる。
ああ、だけどもうすぐで幕を閉じてしまう。
終わりたくないと願っても、曲がもう終わりを告げる。
この最高の一時となる楽しい瞬間も、もう終わってしまう。
ロックンロールは鳴り止まなくても、カーテンコールは許されない。
それがきっと俺の、熱川陽太が選んだ運命の道筋に相応しい結果なのだ。
業火の如く熱い太陽の俺が唄う歌とギターに、太陽として本当の色となる薄い黄色で全てを包み込む稔の歌と手拍子で奏でるロックは、暗くても世界中に星々と月の明かりで満たされた空へ段々と吸い込まれ、響奏した色の音は消えていく。
ご愛読まことにありがとうございます!




