262曲目
別れではなく、また会う日まで……。
ひんやりとした空気が学園内の静けさを彷彿とさせたり消えたりする。
暗い廊下から無人の教室に視線を移すと、変哲の無い学生生活に享受する学生らが帰宅する前に学業の一環として綺麗に手入れをし、規則正しく並んでいる机と椅子は英雄から無名まで幅広い戦士の共同墓地を思わせるほどの沈黙。
カツカツと言う甲高い足音だけが静寂の世界に響き渡っている。
俺たちは数分もしない内に女子軽音部の部室に辿り着き室内に入った。
「あ、あった」
ロッカーから、稔がノートとプリントを取り出してしまう。
肝試し特有の『怖~い』からの抱き着きな嬉しいサプライズがあるはずも無く、1週間に最低でも5日は通い続ける学園内で迷うことも無いまま、あっという間に用事は済んでしまった。
そうか、後はもう別れて家に帰るだけ……。
そして、俺は明日この学園から去るんだな。
ま、人生なんてそんなもんだ。
楽しいことは一瞬で過ぎ去り、辛いことは永遠に思える。
時間の流れなんて結局は神様が決めた残酷な規則なんだろう。
「よし、これで……あ、そうだそうだ」
忘れ物を無事入手できて安堵の表情を浮かべていた稔が、なにかを思い出したように、もう1つなにかをロッカーから大事そうに取り出す。
彼女はソレを俺の方へと差し出すと、写真だった。
「これね、この前のバンドコンテストのときに終わり際で取ってもらった写真なんだ。最近、熱川君は学校に来ないからまだ見せてなかったよね? 見て見て」
それは、現像したコンテスト集合写真のプリントだった。
誰か写真が趣味のヤツが撮ったヤツかと思いよく見てみると、どうやら白神郷にあるカメラ屋で現像してもらったものらしく、店名の入ったミニアルバムへと綺麗に収められている
「なんだよ。写真なんて撮ってたのか? 呑気なもんだな」
コンテストのときはお互い敵同士だってのに写真に写ってるヤツらは揃いも揃って、屈託が無くゴキゲンなまでに明るい笑顔を出して写真に、真実の写し物へとうつし出されていた。
こういうのって『昨日の敵は今日の友』ってヤツなんだろうか?
「も~、熱川君。そんなに卑屈にならないでよ~」
稔が軽い口調で俺にそう言ってくるが正直もどかしい気持ちだ。
コンテスト終わりに写真を撮っていただなんてぜんぜん知らなかった。
僅かに面白くない俺は、外の月明かりが差し込む窓辺でアルバムを開く。
周りが夜ともあって暗いが電気の明かりをつけるわけにはいかない。
中々豪華そうな作りで出来たアルバムを手に取りページをめくり中を確認すると、記憶に残され続ける写真には、当然ながらコンテストの主役となった女子軽音部――【二時世代音芸部】の連中が中心に写っていた。
稔が心地よさそうに寝ている姿やホール内でのドリンクを飲んでる光景に本番前の楽屋風景や、本番を迎えた俺たちがステージに立ち客の前でライブをしている際の最終確認となる練習の憧憬と、全てのバンドが演奏し終わってから見事に優勝を決めた後の記念写真。
どれもこれもが『歓喜』と思わせる感情が滲み出ている。
「へ~、俺らが本番真っただ中で演奏をしている間際、本番前に楽屋でずいぶんと楽しそうにしてたんだな。みんなケロッとした表情をしてやがって、さすがコンテスト屈指に注目を浴びて、まさに主人公の貫禄から出る余裕ってやつか」
俺たちがたしかにあのコンテストでサイコーの演奏を出し切った。
だからこそ後悔こそ無いが、上には上がいるってのを教えられた。
コイツらが主人公ってことは当然、俺たちは凡人ってことなんだろうな。
身近に凄いバンドがいて、しかもそれが知り合いなんて早々無いことだ。
1人の音楽を追求する者としてはポテンシャルにもなるが、差が半端ない。
俺は後どのぐらいの距離を走り続ければ、コイツらに、稔に追いつくのか?
もはや見果てぬ目標のように霞んで見えてしまうが、努力は裏切らない。
そう教えてくれたのも紛れもない、大一葉稔の存在だったからだ。
ロックの最大のライバルであり人生の最愛の人、皮肉なもんだよな……。
そんな可愛い彼女は俺の問いに思いっきり否定して顔を覗き込んでくる。
「ううん、そんなことはないよ、顔にこそ出ていないけど内心すっごい緊張してたんだよ。本番前に緊張しないだなんて人は、それこそ、1ヶ月に何十回もライブをしてる人かプロしかいないもん。でも、ライブっていうのはお祭りなんだから楽しまなくちゃ損でしょ?」
威風堂々としてる稔はいとも簡単に凄い名言を言ってのける。
他のヤツが言ったら皮肉に聞こえ気分が悪いが、稔は別格だな。
お祭りなんだから演者も客も一緒に心ゆくまで楽しんで、それで優勝までしてしまうんだから、やっぱり【二時世代音芸部】のヤツらが培った実力から出される底力ってのは大したものだ。
「あ、ほらコレ、コンテストの優勝トロフィーだよ。熱川君、自分たちのライブが終わってからずっと楽屋に居たんだから、見てなかったでしょ?」
呆然と見てる俺の隣でアルバムを覗き込む稔がトロフィーに指を差す。
そこにはトロフィーと賞状を持って、誇らしげにしている稔たちの写真だ。
どいつもこいつも元が良いもんだから写真写りはバッチグーじゃねえか。
「優勝トロフィーって結構ちゃちなもんだな。優勝の栄光を感じ取れんぞ」
「あはは、本当にそうだね。でも、貰った瞬間はすごく嬉しかったんだよ」
俺が苦し紛れに言った言葉にも稔は笑いかけてくれた。
嬉しかった、そんなことは輝かしい写真を見ていてもわかる。
「俺らは演奏が終わってからは力を使い切って楽屋でぶっ倒れてたからわかんないけど、ちゃんと楽屋内からでも稔たちの演奏は届いてたぜ。実物を見れなかったから残念だが、聞くところによれば相当イケてるステージだったらしいじゃんか」
動けるようになった後で彼女たちのステージを見ていたヤツらに聞いた。
説明している際にも熱い想いが伝わってくるほどサイコーだったらしく、それはもうプロ顔負けと太鼓判を押せるほど素晴らしい演奏で、【LAS696】の会場内にいる観客の盛り上がり方も尋常じゃなかったらしい。
「帰り際の観客らが話してることも稔たちのことばっかだったし、なにより笹上さんを含めた審査員も満場一致で、稔たちに決めたんだって? 圧倒的な差を見せつけられたもんだ」
ライブハウスにいた全員が稔たちの色に塗り染められた。
それだけでもう俺たちには手も足も出ない、完膚なきまでの敗北。
もちろん俺も勝負事に負けたのは悔しいが、どこか清々しかった。
ご愛読まことにありがとうございます!




