25曲目
過去編その6
病室内に開けられた窓から夜風が入り込み、炎を沸き立たせるようにまとう。
後悔はしていないなんて嘘に決まってるし、もっと生きたいなら正直に言えよ。
言えないからそんなに苦しんで、見える目も見ようとせずいるなら太陽を見ろ。
俺は出だしのコードメロディーを一本一本、目で視て耳で聴いて確かめながら弾き倒し歌に入る準備をするためにCM7からDM7とフレットに置いた指が滑り込み、最後にEm7のアルペジオへと繋げる。
俺は三回ほど同じ進行をした後、歌を歌い出す。
後悔をしたくないなら覚悟を決めろよ、お前の生きる希望をここに書き殴り。
きっかけが分からないなら空を見上げろ、そこには無限に広がる可能性。
掴めよ、その手で――DREAM SKY。
"C"から"D"へと進行し、"Bm"から"E"の展開系のコードを弾いていく。
路上ライブしかしたことがない俺は、歩いている人に届くように歌った。
だけど今はたった一人の少女の未来を込めて、歌を歌い。ギターを弾く。
その理由は極めて単純であるが、それだけでやる価値はあるし生き様に繋がる。
彼女の目が見え世界を見渡す未来を、これから好きなモノを見つける未来を。
ただただ心の中で強く願い、俺は自分の手掛けたオリジナルを精一杯歌う。
不況の中で何を望む、そんな姿格好悪いぜ。
馬鹿になっていって、ROCKを奏でろ。
そっちの方が、カッコいいだろ。
「やれる」って思えば何事もやれるんだ。
「出来る」って思えば諦めずに出来るんだ。
さすれば開くはずさ明日への扉が、開けよその手で……。
俺が世界中にいる誰かのために作詞作曲をし、コードを書いたオリジナル。
それを命一杯エンジン全開で歌ってる最中、俺は最高の天啓に見舞われた。
1日訪れる度に練習をやりすぎてしまって、周りの音すらろくに聞けやしない。
世界中の誰かに夢と希望を与えるんじゃなく、まったく別のことを考えていた。
それは誰でもない、今目の前で人生を諦め苦しんでいる女の子のことだった。
男とか女とかそんなのがなく、ただ目の前で辛い目にあってるなら助ける。
アニメやゲームとかに登場する"HERO"ってそういう『綺麗事』をするだろ?
俺が今こうしてアコギ一本抱えて病院内でやっているコレとソレは同じだ。
しかし今は妙で、今日会ったこの子と一緒にいるとなぜか胸が熱く騒めき出し、目の前にいる女の子が向日葵のように燦々と笑うと俺も太陽のように笑えるし、雨雲めいた哀しい顔をされると俺も澱んだ水たまりみたく哀しむのだ。
頼む、頼むよ……。
荒削りで不格好で、上手いなんてお世辞でも言えない。
だけど神様よ、今だけはそんな俺にも、人を動かす衝動をくれよ。
命一杯精一杯なにがなんでも救えるって、勇気と熱意を貸してくれよ。
俺は歌っている最中でも包帯を巻かれて視界の見えない彼女を見る。
盲目少女はこちらを向いてなにか言いたげそうに見えるが、黙って歌を聴く。
感情を、この腐敗した彼女の世界に、もう一度人生に彩を与えてくれよ。
俺はそう考え、サビに入る前のコードを強く弾き倒す。
強く願い歌を届けよう、この悲劇に見舞われた盲目少女に幸せを……と。
幼き頃に描いた「夢」を握りしめて、空に向かって投げれば太陽が笑う。
元気全開の笑顔で空に手をかざせ、さすれば心地よい風が吹くだろう……。
後悔をしたくないなら覚悟を決めろよ、お前の生きる希望をここに書き殴り。
きっかけが分からないなら空を見上げろ、そこには無限に広がる可能性。
掴めよ、その手で――DREAM SKY。
今の俺には別に歌で世界を救うとか、そんな大層なことを抱いてない。
もちろん俺自身世界を照らせる、太陽のようにと願うが今だけは違う。
彼女を救う、と決意を胸に秘めた意志でそう歌いコードを弾く。
ただただ彼女の未来のためだけに、一曲入魂と言う意志で、向き合う。
弾き語りをしていた俺は逆に感情移入してしまい、思わず涙が浮かぶ。
荒々しく弾くコード進行を弾き倒し、最後にアルペジオで終わらせる。
余韻で残るギターの音以外は、シンと静まり返った病室と彼女がいるだけだ。
伝えきれなかったのか、弾き終わったときうなだれた俺はそう思い込む。
ああ、なんだろうか……。
一生懸命歌ってコードを弾いて、伝えきれないと突き付けられたんだ。
なのになんで、今まで以上に辛くて苦しくて、泣きそうになるんだろうか?
最初は認めたくなかったし、絶対にありえないとも考えた。
だって、相手はまったく知らなくて路上ライブをしてるときにたまたまばったりと会った今日初めて知り合えた女の子で、そんな感情が俺の中から生まれるだなんて、とても考えられなかったからだ。
でも、そう考えると俺の中で蠢いた疑問が晴れ全てがすっきりした。
最初は、そんなこと絶対にありえる訳がないと思ってたけれどそれじゃ説明がつかないし認めたくなかったが、俺自身が納得行く唯一無二の結論はどうやらたった一つしかない。
そうか、俺は目の前にいるこの子に恋し、好きになっちまったんだ。
一度"恋"したと認めてしまうと急に恥ずかしさと、嬉しさが同時にこみ上げてきて、ただ彼女にもっと人生を生きて欲しいと願っただけの気持ちがソワソワして仕方がない。
「これで俺の、君に向けてできることは終了だ……聴いてくれて、あんがとな」
色んな感情が自分の中で螺旋を描きなにがなんだかわからない。
俺はうなだれた顔を上げないまま、目をつむり歯を食いしばりながら言う。
下を向いて病院の地面を眺めている俺の耳に、小さな拍手の音が聞こえる。
それにハッと体が跳ね、俺は下げていた頭を勢いよく上へと上げる。
俺は目と耳を疑い、もう一度よく目の前を見た。
隣のベットにいる盲目彼女が、静かに、されど笑顔で俺を祝福していたのだ。
「ありがとう……すごく、いい曲を聴かせてくれて、私嬉しいよ」
盲目彼女の包帯越しにある瞳からまた涙が流れ、頬を伝い、地面に落ちる。
そして彼女は自分の目元に巻かれた包帯に手を伸ばし掴み、静かに取る。
両目を一気につぶり、少しだけ肩が震えている彼女は勇気を出して開く。
「うっ……うぅっ……」
彼女は狼狽える。
今までずっと深淵の世界を見ていたんだ、そりゃそうだ。
目が治り視界に広がる風景を見るという恐怖は、俺にはわからない。
だからこそ、俺は歌を歌いギターを弾いて勇気づけることしかできない。
彼女の目がゆっくりと、けれどすぐにまたつむりを繰り返している。
声に出して応援するべきだったが、俺は言葉を出せずにただ黙って見ている。
心の中で頑張れ、頑張れというだけしかできなくても、彼女の頑張りを見る。
病室の天井から照らす蛍光灯の光にビビり、彼女は手を上げて光を遮る。
今彼女は見えるようになった目で病室を見渡し、外を見てから俺をジッと見る。
そこには、先ほどの弱気で臆病な盲目少女じゃなく、世界を手にした女の子だ。
包帯をしていたときも可愛いと思ったが、取るとそれはもう別人で可愛かった。
「君が、私に無かった勇気と希望をくれたんだね?」
少女は自分の寝てたベットからゆったりと立ち上がる。
そして病弱で歩くのも大変な癖に、頑張って俺のとこまで近づく。
アコギのボディに置かれた手をソッと取り、両手で包み込むように手を添える。
「ありがとう……本当に、ありがとね。世界を照らしてくれた太陽さん」
その瞬間、俺の中にある"なにか"が描かれた気がした。
俺の中で確かに音を奏で、旋律を彩り演奏し、全身を流れ出し意識させたのだ。
ご愛読まことにありがとうございます。
このオリジナル曲は著者の自分自身が、始めて作詞作曲した曲であり、生まれて初めて、たった1人の盲目の少女を感動させ人生の後押しへと昇華させることに成功した思い出の歌です。
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