257曲目
彼女の思いをギターに。
決意を胸に、音と共に…。
奏音が自分の髪の毛を丁寧に直しているのを見て、クスクスと笑っているケンが思い出したように俺の方へと視線を戻し、いつも通りの呑気でやんわりとした口調で問いかける。
「あ、そう言えば退学のことなんだけど……ソレ、結理ちゃんたちには言ったの? 稔ちゃんには?」
「いや、お前らが最初だからまだ言ってない」
「あー、やっぱりなぁ。思ってた通りだよ。もし今日僕たちがギターを受け渡す用事で呼び出さなかったら、僕らにも話さなかったんじゃないの? あはは、もう水臭いな~」
「ああっ? そんなことはないぞ」
まあ、そうなったときは、事後承諾みたいになってたかもしれないが。理由が普通の人から逸脱しているとは言え、高校2年生でもう1年と弱で卒業できる最中でいきなり退学だなんて、例え知り合いと言ってもあんまり言いふらすようなことでもないしな。
どうせ公けに言いふらすんならロックのことで言いふらしたいもんだ。
「俺も自分勝手に決めているからアレだが。ま、例えば人としての人道が外れている結理に話したところで、『へ~、あっそ? アンタ、本気でバカなんじゃないの?』って言われるぐらいが関の山じゃんか? そんであっという間に学園内に俺の退学のことをバラすに決まってる」
そう、榎本結理という女はそういうヤツだ。
例え夏休み最終日で大事なバンドコンテストが終わってから性格がほんのちょっと丸くなった感じがあっても、性根はどす黒く他人の不幸でメシを何杯もイケるし、未だに努力賞を取っただけの俺を笑い者のタネにしようと目論んでいるほどの汚いヤツだ。
これでも前よりまともになってるんだから、末恐ろしい女だよな……。
「え~、僕はそんなことないと思うけど……」
ケンはどうやら結理の本当の性格をわかっていないようだ。
おいおい、コイツは感が鋭いときは鋭いのに大体は当てが外れる。
なあ、お前のその両目は節穴なのか? 全く以て意味がわからないぞ。
「そうだって」
今俺の目にはっきりと見えるようだ。
そして、俺の導き出して考えた行動がハチミツよりも甘いだの普段の生活態度がどうだのと、まるで小姑よりも恐ろしい鬼婆並みに小うるさいことを永遠と言われるに決まってる。
俺はそんなの真っ平ゴメンだし、やっぱ言わずに無視だ無視。
「でも、やっぱり誰にも言わないでいるってのはダメだと思うんです。結理さんに言いたくないって言うのでしたらせめて稔さんだけには、退学の件をしっかり話してあげておいた方がいいんじゃないですか? 稔さんは陽太さんの音楽に惹かれて楽器も歌も始めたんですし、なにも言わないってのは可哀そうですよ」
やっと髪の毛が整い終わった奏音がそう心配そうに言う。
奏音に言われるまでもなく、稔には言うべきじゃないかという想いもある。
でも、ソレを言えば未練になりそうな気がするし、固めた覚悟が鈍りそうだ。
稔の哀しむ顔を見たくない、それはあのときからずっと変わらない。
音楽の人生へと突き進んでも誰も俺の歌を聴いてくれない中でたった1人のファンとして歌とアコギの音を目が見えない彼女が聴いてくれて、知り合いとか幼馴染とか言う衝撃な事実を知ってから俺の影響で音楽とギターを始めてのめり込み、いつの間にか俺よりも数段上手くなった俺の初恋相手――大一葉稔と一生の別れを告げるみたいな気持ちになってしまう。
実際そうなることは無いだろうが、そんな気がしてならない。
「でも、なんか一々断りを入れるなんて、なんかカッコ悪いじゃん?」
俺はしこりのように残る疑問を拭うようにあえて明るく言う。
椅子の背もたれにもたれ掛かり両手を頭の後ろに置いて平然とする。
そんなあっけらかんとした仕草に疑念を抱いた2人がちゃんと問い質す。
「もう~、陽太さん。そういう軽はずみに思える問題じゃないんですよ。このまま何も言わずに黙って学園を辞めちゃうなんて、きっと稔さん、絶対に哀しむと思います」
俺らよりも1つ下の奏音が大人の対応で諭す。
おい、お前は俺のお母さんかお姉さんかなにかか?
「うん、僕もそう思うよ。みんなじゃなくてもいいから、せめて稔ちゃんだけには話しておいたら? 陽ちゃん自身、今は全然いいと思ってもさ。後々言わなかったのを後悔したって遅いんだから」
心配そうな奏音の発言へと付け加えるようにケンが静かに言う。
2人の意見も取り入れ自分の中で考え込むが、やはり曲げない。
「ん~……いや悪い、やっぱいいって」
俺は2人の言葉に反して自分の決意を証明する。
なにより、黙って姿を消して新たな道に進む方がカッコいい。
自分の知り合いがいつの間にか活躍してたらロックっぽいじゃないか?
俺がそう考えていると奏音がムッとした表情で確信を突いてきた。
「陽太さん。今、黙って姿を消して自分の思い描いてる新たな道に進む方がカッコいいとか、自分の知り合いがいつの間にか色んなとこでライブ活動をやって活躍してたらロックっぽいとか思ってるんでしょう?」
「えっ……す、すげぇな。なぜわかったんだ?」
しかも俺の考えていたことよりも鮮明だったぞ。
奏音のヤツ、もしやエスパーか超心理学者の類か!?
「ふふっ。もう、そんなのわかります。私だって付き合い、長いんですからね」
「うんうん、そうだよねぇ。陽ちゃんのことなら奏音はなんでもわかっちゃうからね~。なんたって、奏音はソロでシンガーソングライター活動をしているときから陽ちゃんのことが好……」
「わーっ、わっ、わーっ!?」
嬉しそうな顔つきから一転して頬を赤くした奏音はいきなり大声を張り上げると、急いでなにかを言いかけたケンの口を手で塞いだ。
静かで心地よいBGMが流れまったりと過ごせる喫茶店内にて唐突に大声が響いたことにマスターもお客さんもこちらを見てくるが、マスターは人差し指を口元の前にしにこやかな対応をしてお客さん方の顔色も「ああ、あの子たちか」みたいな感じでクスクスと笑われたんだが、俺たちは別に道化師じゃないんだぞ。
だけど、奏音のこんな大きくて芯の強い声は初めて聞いたな。
「お、おおおお兄ちゃんは病気でなんか頭がアレしちゃってるんじゃないですか!? へ、へへ変なことを言うなってお医者さんから言われているじゃないですか~。やだ~もう、あ、そろそろお薬の時間ですよ! すみませーん! マスター、こちらにお水くださ~い!」
手をバタバタさせながらも水のお代わりをするとマスターはすぐにカウンターから身を出して、ピッチャーを片手で持ちながらこちらに近づくとマニュアル通りのセリフを言ってから空のグラスに水を注いでくれて、そのまま生け花の入った花瓶の隣に替えのピッチャーをそっと置いてくれた。
ケンのために持って来てくれたはずなのに、なぜか耳まで真っ赤にしてる奏音が自分のグラスにも水を注いでごくごくと飲んでいるんだが、一体今のでどうしたというんだろうか?
「話が盛り上がっているようで何よりだよ。それではごゆっくり……」
そう渋い声色で呟くとまた他のお客さんの対応へと戻って行った。
俺はその後ろ姿を目で追った後にケンの方へと振り向いて尋ねる。
「なあケン、奏音はいきなりなにを慌てているんだ?」
「ぷっ……あはは、ゴメンゴメン。いや~面白いものを見させてもらったけど、理由を言ったら僕、大変なことになっちゃいそうだから言えないよ~」
ケンは目を細めて、落ち着きがなくわたわたしている妹を優しく見つめる。
俺はまったく理由も意図も読み取れずにわからずじまいだが、まあいいや。
時間が経っても本当に変わらない、子供の頃から見慣れた微笑ましい光景。
やっぱり俺の思っている通りじゃないか。人からしたら身勝手だが自由気ままに自分の決めた道に進むから学園を退学するんだってなっても、別に俺が学園にいるいない関係なしで根っから育まれた大切なことはなにも、変わることは決してないと確信があるんだ。
とても大事で、居心地の安らぎをくれる、大切なことだ。
だが、俺はこれからの人生の選択を決めて、成長し変わらなくては。
あえて辛い道を選択し進むんだ、大切なモノを大切なままでいるために。
それこそ時間の許す限り、1分1秒でも早く、成長しないといけないんだ。
互いに相談することを言い合ってから1時間、3人で他愛のない話をした。
味見深くの見慣れたコーヒーも飲み軽食も食べ終わってから会計をし店を出て、松葉杖と妹の肩を借りて体を支えながら歩いて行く親友の背中をジッとその場で見つめながら、2人の姿が道路の境界線から見えなくなってからきびすを返して、親友の分までしっかりと地面に足を踏み出し歩いてく。
背中に背負ったレスポールの重みと想いをしっかりと受け継ぎ、空を仰いだ。
ご愛読まことにありがとうございます!




