256曲目
熱冷める事なく終わりの無いのが終わり。
始まりのきっかけは単純明快、子供の夢。
彼の目指す道に……終わりは無い。
俺が俺であり続けるために、これから先の人生どうしたらいいか?
子供の落書き染みた考えでも、とてつもなく身近にある素朴な疑問だ。
頭の要領が音楽以外だと悪い俺は自分なりに考え、それまでの過程として作詞作曲や弾き語りに笹上さんのバンドでテレキャスターにてサイドギターでセッションしているとき、それこそ部屋で座禅やら外にて走り込みをしている最中でもずっと頭の中でそのことが過りながらも考え抜いた結果――学園を退学し自分の信じる道へと突き進もうという結論に至った。
そう、コレはコンテストが終わってからずっと考えていたことだ。
今の俺が俺であり続けるためには、学園で勉学を学んでいることじゃない。
もっともっと音楽へと追及するための道筋を追い求め、走り続けることだ。
「えっ? 学園を退学って……そんな」
やはりと言うべきか、一瞬にして奏音の顔つきが驚きの表情に変化する。
奏音が『退学』という単語を聞いてから見る見るうちに泣き崩れそうな顔になっているが、ケンはまるでそう口にするのをわかっていたというように表情を1つも変えずに俺の目をジッと見ていた。
まあ、流石は昔からの親友だ。そんなのずっと前からわかってたんだろうな。
「そっか。きっとそう言い出すんじゃないかなって、僕はずっと思ってたよ。学園で勉強するのも人生に置いては大事だけど、音楽とロックに魅入られた自分にはもっと大事なモノがあるんだってさ」
目の前のケンは相変わらず爽やかな笑みを浮かべて俺に言う。
すごいな、千里眼か心理学でもあるのかってぐらいドンピシャだ。
「じゃあ、ケンの予想通りだったな。さすがは親友、話がわかるぜ」
「そんな……どうして今になって退学を? 私が言うのもなんですけど、考えが少し早とちり過ぎていませんか。卒業まであと1年と僅かなんですよ……?」
全てを見抜いて理解するケンとは裏腹に、奏音は自分のことのように諭す。
彼女が言ってることは正しい、だが、そういうロジックじゃないんだよな。
「世間体がどうとか未来がどうとか時間じゃないんだ。俺が今、そうしたい」
俺も自分でメチャクチャな独自理論を言ってるのはわかる。
普通の人間からしたら『バカ』だとか『アホ』だと決めつけられることだ。
「ですけど、でも……だってそれじゃあ……」
当然のように奏音は納得いかないらしい。
俺とケンを交互に見て、焦り出しおろおろしている。
それでも俺は頑なで、ケンはなにも言わず黙ってる。
「お兄ちゃん、なんとか言ってよ。どうして退学はダメだって止めないの?」
話を静観し清聴ている兄へと不平不満をぶつける妹の図だ。
普通だったら殺伐とする光景だが、日向兄妹だと微笑ましい。
「んっ? だって、僕と同じで陽ちゃんだって、1度こうだって決めたら意見を変えるわけないよ。テコでだって動くはずがない。それに、自分自身で決めた瞬間に即行動に移さないだけまだマシだと思うけどな~。それに僕や奏音が止めても無駄だってこと、奏音だって本当はわかってるんじゃないの?」
「うぅ~。そ、そうだけど……」
奏音はケンにそう言われ、ますます泣きそうな顔になる。
いや、冗談じゃなく本当に今にでも泣き出してしまいそうだ。
まったく、こういう困った顔つきは、子供のころと変わらないな。
それに俺だって軽はずみの考えで決めたわけじゃない。
学生服すらも着こなし似合ってる稔と学園で会えなくなるのは寂しいし、女子軽音部から最高峰ともなる演奏を奏でてくれる奏音ももちろん実力はあっても人間性的にはダメでひねくれ者の結理や他の2人もそうだし、こんな問題児である俺を我が子のように置いてくれた学園から去るのは俺にとっても苦渋の決断だった。
厳しい選択を強いられたとしても、俺がやらなきゃならないことなんだ。
もしかしたらそれが、今大事に抱えているものを捨てて新しいものを手にすることになるかもしれないし、見えるけど見えない大切ななにかすらも手放してなにも得るものが無い選択なのかもしれない。
もう普通の人生には帰れる保証も無い世界に、足を踏み入ろうとしてるんだ。
だけど、無数の星みたいにあるチャンスを取れるなら、全力疾走で挑みたい。
世間で引かれたレールにハマって生きるってのはどうも性に合わない。
人とはこれだけは違うってモノを手繰り寄せて、手にし、自分らしく生きる。
例え難しくても、無意味だと決めつけられても、やってみる価値は充分ある。
「学園を退学するってのは早計な判断だとは思う。だけど、俺には他にやりたいことがあるんだ。そう、それは今じゃなきゃいけないものだし、絶対にやり遂げられないモノ……かけがえのないことだ。だから俺は苦渋の選択として、学園を、母校である鐘撞学園を辞めるんだ」
俺が想いを綴るように噛みしめて言うと奏音が食って掛かる。
普段の彼女からは絶対に見せない、切羽詰まった感じの表情だ。
「でもそれってロックを……"バンド"でってことですよね? それなら今まで通り、学園を通いながらでもいいじゃないですか。陽太さんのことですからバンドと同じく、なにか大切なことがあるかもしれません。ですけどもう1年と僅かで卒業できるんですよ?」
奏音が真剣な表情で責めるように言う。
俺はソレに賛同できず首を振って答える。
「いや、そう言う普通のレールに乗ってたらダメなんだ。俺自身が腐り切って終わっちまう。確かに今のような環境で音楽と面を向けて歩むのも、すっげー心地いいもんだ。けど、今まで通りじゃダメだから、退学するんだ。なんて言ったらいいかわからないけど……ここじゃない、どこかもっと違う音を追求し成長できる場所に、ひたすら走り続ける俺は辿り着きたいんだ。そう決めたんだ」
そう決めたんだ、この言葉はケンが決意した意思と同じだ。
自分のできることを精一杯やり遂げて生きていくという覚悟。
学園を退学し新たなる道なき道へと突き進むこそ、俺の覚悟なんだ。
「でも、でもぉ……」
覚悟の意思を聞いた奏音は今にも泣きそうな顔になる。
音楽界屈指の天才少女のクセしてほんとに泣き虫だよな。
「そんな顔するな。ため息と一緒で大事な幸せが逃げちまうぞ?」
俺は、しょんぼりとして俯いている奏音に手を伸ばす。
健二と知り合って自動的に奏音とも今みたく接するようになってから、昔はよくそうしたように、奏音のその小さくて撫でやすい頭をガシガシとぶっきらぼうに撫でてやった。
年相応の女の子みたく手入れが行き届いている奏音の綺麗な細い髪は、瞬きをする間にカッコーの巣を彷彿とさせるようなボサボサ頭になった。
「わわっ!? え、あうう……ひ、ひどいです……」
進化の段階を積んだ哀しみの顔を出して、奏音が乱れた髪を手ぐしで正す。
そんな、困ってるのにどこか儚げで、可愛らしい華の姿も昔のまんまだ。
そんな慌てふためく小動物みたいな仕草の奏音を、ケンが笑って見ていた。
俺も不治の病と闘い続けている親友の笑顔につられて微笑を浮かべてしまう。
ああ、こんな身近で心の拠り所すらも自分は手放そうとしているんだな……。
親友とその妹の、昔となんも変わらない光景を見ててしみじみと思ってしまう。
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